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 生徒臨時集会 


 午前のホームルームが終わり、昼食が終わると、学院堂に生徒たちが集まってくる。 西園寺咲耶花の通る声が生徒全体に話しかけた。

「生徒のみなさん。 みなさんの噂のとおり、当学院は新学期がはじまってから、なに者かに脅されていました」


「彼らは、この学院のあるものを渡せと再三通告をしてきています。 本日、あろうことか、学院の顔である黒門を車で襲撃される事件がありました。 犯行に使われた車両の中には、最後の通告だとのメッセージも残っていました。 これは強烈な脅しです。 残念なことに学院の生徒が巻き込まれ、今もその生徒は意識がないと聞いています」


「本院の降誕会(ごうたんえ)の準備のために先生方がほとんどいない、この手薄な日を狙っての卑劣な犯行です。 必ずやこの日を狙って、第二、第三の襲撃があるはずでしょう」


「わたし達、白蓮会は、みなさんを守ります。 みなさんもわたし達が戦う手助けをしてください」


「警察は? 助けてくれないの? 」

高等科六年生の生徒が、涙でくずれた鼻声で言う。


「当然、警備はしてくれてはいますが、あてになるとは思ってはいけませんよ」 

《九重ゆみか》が手をひらひらとさせて言った。


「どうしたらいいの? もう帰りたい」 泣き出す生徒もいる。


「そんな悪いヤツラがほしがるものなんか、渡しちゃえばいいのに!! 」

別の生徒も叫んだ。


「ものごとは、そんな簡単ではないのです。 九重、用意して」

咲耶花の合図で、学院堂の舞台、白く大きなバックスリーンに大きな文字が映し出された。



  『(はく)(えい)(すい)(せき)

  

 書記長の九重が、少し舌足らずの甘い声を隠すように、ゆっくりと大人びた声で全校生徒に伝わるように呼びかけた。


「これが、犯人たちが狙っているものらしいです。 この学院にあるそうです。 それを返せといっていますが、私たちには心あたりがありません」

「文字から推測すると、どうも白っぽい石状のもの、大きいのか小さいのかもわかりません。 『永錐』と書かれていますが、文献をしらべたところ(きり)やドリルのような尖ったものの可能性もあります。 脅迫状の文面から察するに、先の待時駅の宝珠(ほうじゅ)窃盗(せっとう)事件(じけん)とのかかわりも強いと思っています。 そうなると宝石類か‥‥‥ ? 」


「いや、『永』という文字から時間に関するもの、時計の類かも‥ いずれにしても、この文字から連想されるもので、この学院で見たことあるもの、心当たりがあるものがあったら、白蓮会に伝えてください」


 白たすきを両腕に掛けた、風紀委員長の《天知ひかり》が拳を前にのばして叫ぶ。

「やつらの脅迫状を見るかぎり、悪事を通すためには、どうしてもソイツが必要らしい! 裏を返せば、絶対に渡しちゃあなんないものだ! そして、私たちが対等に戦うためには、必要なカードだ! ヤツラより先にソイツを手に入れて全学院生徒が一丸となって勝つ!! 」

 

 まるで蜂の巣をつついたように、ざわめく生徒たちの中に、ひとり呆然と立ち尽くす飛鳥がいた。 その右手には制服のポケットの中にある、朝から入れっぱなしになっていた、あの(かすみ)がつまったようなミルク色の小さな塊を強く握り締めていた。


「書記長が言っていたもの、ボクにはなんのことだかわかる。 これが‥‥‥ こんなものが原因で、かのんも、ここなも、生徒全員を危険な目にあわせてしまったってこと? でもでも、なんでそんなものが、ボクのジャケットに入っていたの? 」

その時、ふわっとあの懐かしい花の香りがした‥‥‥。 意識がふぅっと遠くなる。 飛鳥はふらふらと夢遊病のように、喧騒の中の生徒たちをかきわけるようにして学院堂を出て行った。



 

 白蓮会からのスピーチはまだ続く。

「格闘系運動部の猛者たち! 腕に覚えのあるものは、普段の鍛錬の見せ所だよ。 私たちとともに、どうか戦ってほしい! 」

学院堂の舞台右手で、《紫雷ともえ》が、縦一文字に床にたてた竹刀を静かに重く床に叩きつけながら叫んだ。 


「球技部のみんなも、聞いておくれ! わたしたちには作戦がある。 どうか臆せずに助けて欲しい! 」

《風祭純》が舞台左手で、両手をひろげながら、腹の底からあふれるような声で懇願した。

 

 運動部の歴々が、自然に一歩前にでる。 瞳には負けられない勝負を前にした、強い意志が溢れている。

「風神さま 雷神さまの頼みなら、いっちょう、手を貸しますかー! 」

誰かが笑いながらそういった。


「文化部のみんなにもそれぞれの戦いかたがあるよ! 幸いっちゃあなんだが、今日は小学部のおチビさんたちは本院の行事に行っていていない! しかしまだまだ不安を抱えてしまう下級生たちを、どうか力づけてやってほしい! 合唱部や合奏部は、元気のでる歌や曲を。 図書部や絵画系の部は、読書や自慢の絵で力づけてあげておくれ! 他の部のみんなも、それぞれの得意分野を大いに活かして、お互いの不安な心に打ち勝ってほしい! 」


「生徒全員で、この勝負に挑むよ!! 」

《天知ひかり》がそう叫ぶと、生徒全員が、真剣な瞳で大きくうなずいた。


 その時、一人の生徒があのメロディーを口ずさむ。 不思議な韻の心やすらぐあの曲だ。

すると学院堂の中心から湧き出すように、やさしい歌が、ひとり、またひとりと伝播(でんぱ)していった。

「さぁ! みなさん、胸をはって! いつものように、元気に、美しく、そしてそれがこの学院全員の心に行き渡るように! ともに歌いましょう!! 」

合唱部の部長が立ち上がりぎわに両手を指揮者のように広げながら言うと、学院堂全体を包み込むように優しい歌が満ち満ちていった。




 

 学院堂の外では、飛鳥がふらふらと廊下を歩いている。

なにも考えることができずにいたが、その脚は自然に、かのんが眠る救護室へと向かっていた。

 飛鳥が救護室の扉を静かに開けると、かのんが落ち着いたように眠っているのが見えてきた。  腕と膝に貼られたガーゼにうっすらと血がにじんでいるのが痛々しい。 

 

 その隣では加奈子先輩が、やさしい面持ちをしながら毛布を掛けなおしていた。 ふと、入り口でたちつくす飛鳥に気づくと、目はかのんに向けたままで話しかけてきた。


「やっと落ち着いて寝たわね。 大丈夫、心配しないで。  傷はたいしたことないから。 倒れてしまったのも、事故よりも、きっと疲れていたからね。 大事な友達や学校のことで気を張っていたのでしょう。 きっと目がさめたら、いつもの元気な顔をみせてくれるわ」


 そういいながら、加奈子先輩は、やさしくかのんの頬を撫でた。

「ふふふ わたしね、このコを、ずっと前から知っているのよ」

遠い昔を懐かしむように、やわらかな瞳をしてそう言った。


「それはかのんが、この学院に十年も通っているから? それとも、昔から目立つコだったから? 」 真っ赤な目をした飛鳥が聞いた。


「もちろん元気な熱血漢で、小学部のころから、すり傷を作っては、この救護室に毎日のように通っていたわ。 それもそうだけど、わたしね、もっと昔、まだ学生だったころ、このコにそっくりな女の子と会ったことあるんだ 」


「やだ、そんな昔じゃないわよ、ちょっとだけの昔ね」

 加奈子先輩は、コロコロと笑った。


「そのコはね、不思議な女の子だった」

「最初にあったのは、私がこの学院に入ったばかりの6歳のとき‥‥‥。 その子が学院堂の窓から、ずっと空を見ているのを見つけたの。  透き通るような肌をしたその女の子を、最初は人形かなにかだと思っていたわ」


「すると、いつの間にかいなくなってしまって、次にあったのは、高等部になってから。

最初に会ったときと、変わらない姿で現れたその子を、当時は天女様か幽霊かなにかだと思っていたの」


飛鳥は、胸の鼓動がとまらなかった。 記憶の中の、 あの、土手で出逢った少女との瞬間を思い浮かべていた。


「そんなことだから、この子を、かのんちゃんを見たときに、またあの子が現れたとびっくりしたの。 だけど違っていたわ。 この子は元気で朗らかで、生きるエネルギーに満ち溢れている。 さびしそうな表情のあの子とはぜんぜん違う」

「それに‥‥‥  あの子は、まだ、この学院にいるの」


「あのときと変わらぬ姿で、寂しそうな横顔で、いまも学院に棲んでいるわ」


「だって私、つい最近も出会ったもの。 この学院の廊下で。 きっとあの子は、時間を飛び越えて、お釈迦様と一緒にこの学院を見守っている、あのタペストリーから抜け出た、仔馬さんが人間になった姿なのかなぁ」

加奈子先輩は、どこか懐かしむような、やさしい口調で語った。


 飛鳥は我に返る。

「加奈子先輩‥教えてください!  ボク、どうしたらいいのか‥‥‥ 」

「この石を見て! これが、みんなを事件に巻き込んでいるの。 きっとこの石を白蓮会に預けても、事件はとまらない。 この石を欲しいと思っている人がいるかぎり、もっと大きな事件や災厄に巻き込まれるだけ」

飛鳥は、両手に顔をうずめて泣いた。


「あらあら、泣かないで‥‥ こんな綺麗な石が悪いわけないじゃないの。 事故も災厄も、人の気持ちも、きっと時間が解決してくれる。 そう、かのんちゃんのすり傷だって、すぐに治るわ」

加奈子先輩はふくよかな指で、飛鳥の髪をふうわりと撫で、そして両手で頬をもちあげた。


「だから、わかる? 時間に預けるの」


「この石が選んだ、あなただけができることが、きっとあるはず。 よく考えてみて」

すべてを知っているのか、思い切りの慈くしみにあふれたやさしい笑顔で、加奈子先輩は小さく手を振った。


「さあ、いってらっしゃい」


 なにかを悟ったように、飛鳥は救護室を出ると、小走りで学院全体をみわたせる校庭へと向かっていった。

「あの時に土手で出会った子が、加奈子先輩がいっていたコなら、かならずもう一度出会えるはずだ」

飛鳥は訳もなく運命を信じた。 頭の中では、あの時の記憶を何度も繰り返している。 その時、あの少女が去り際に微笑んだ口元が「また遊ぼうね」と、つぶやいていた。 そう、時を飛び越えて、この学院を守る仔馬の化身である、あの少女の力を借りることができれば‥‥‥。 飛鳥は、ある思いをめぐらしていた。



 加奈子先輩は、遠い目をして救護室の窓から、しばらく西の空をながめていた。


「今日も綺麗な夕焼けになるわね」

その言葉と同時にかのんが目をさます。


 まだ、視点のさだまらない目をこすりながら、かのんはつぶやく。

「わたし、行かなくちゃ。 飛鳥が待ってる」

深い眠りから覚め、憂慮を洗いながしたような声が、自然に心のうちからあふれて、こぼれだしたようだった。


「あらあら、気がついたの? 気分はどう? 」

そういうと加奈子先輩はあらかじめ用意しておいた、白磁のお椀に水を一杯いれて、かのんに差し出した。

 

 かのんは水を一気に飲み干すと「ありがとう」といって我に返る。 

朝の事件のこと、途絶えそうな意識の中で担架の上で交わされていた会話。 白蓮会の先輩たちが話していた脅迫状のこと、この学院が狙われていること‥‥‥。 それと、卑劣なものたちからこの学院を守らなければいけないということを!! 走馬灯が回るように記憶がどんどんと蘇ってくるのだった。


「いま、何時ですか!? 」

すべてを察したかのんが、そういいながら飛び起きるようにベットから降りようとすると、加奈子先輩が優しい声でひきとめた。


「ちょっと待って、そこに座ったままでいて」

そういうと、加奈子先輩は、ベットの横のローボードから、キラキラと輝く日輪をかたどった、螺鈿(らでん)の貼られたべっ甲の櫛をとりだすと、ベットの横に腰をおろして、かのんの寝くずれた髪をやさしく()いてあげた。


「あなたなら、もう大丈夫ね」

加奈子先輩はそういうと、少し羨むような笑顔で、かのんのポニーテールのリボンを結びなおしてあげた。  四つ葉のクローバーが二重に重なるような不思議な結び方だった。 

「がんばれるおまじないよ」 加奈子先輩が思い切りの慈しみの声でつぶやいた瞬間、強い風が救護室の窓のカーテンを大きくはためかせた。


 すこしうつむいて、曲げた右腕の手のひらは窓から入りこんだ陽の熱を(すく)っているようにも見えている。 左手には持ったままの白磁のお椀が淡い光を放っていた。  そのとき、救護室の窓からさしたまばゆいばかりの空色からの逆光が、かのんの影を観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)のやわらかいシルエットに映し出す‥‥‥。


「あなたも、いってらっしゃい。  二人なら、きっとうまくいくわ」

加奈子先輩は、そういいながら軽くウィンクをした。 まるで事のすべてを、そして結末をも知っているようないい方だった。


「うん。 飛鳥が、みんなが待っているから」

まっすぐな目をしたかのんがそういいながら、立ち上がる。

「いつもありがとう。 昔から加奈子先輩には、お世話になりっぱなしだね」

「それでは、いってきます! 」

そういうと、振り向きざまにポニーテールの先がくるんと跳ね上がった。 いつものかのんが戻ってきた瞬間だった。


「若いっていいわね」 加奈子先輩は、そういってコロコロと笑いながらかのんが見えなくなるまで見送ってくれた。


 救護室を出て、かのんは、おぼつかない足元に力をこめた。 右足、左足、一歩進めるごとに、いつものようにだんだんと力がもどってくる。

「飛鳥が、みんなが待ってる」 

そうつぶやきながら長い廊下を進み、学院堂へと続く隋道へと進んでいった。





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