学園でまきおこる不思議なおはなしなのです。
挿絵も自分で描きました! 色鉛筆と絵具という超アナログでハズカしいのですが… 絶賛練習中ですっ
『白蓮ものがたり ~たそがれどきのユニコーン~』
三月の土肌が季節の境堺を滲ませていた。 飛鳥はチョッと怒ったような顔をして、はや足で土手を歩いている。
校長先生のうんざりするほどの長い祝辞も、まったくといっていいほど思い出すことができなかった。 仲が良かったと思っていた友達とも、いつもちょっかいをだしてきたアイツとも、なにもかもが無かったように、ただ、いつものように『じゃあね』と言って別れた。
本当に空気のように、さらりと中学生最後の日が過ぎてしまっていた。 もっと、感動的な別れがあるのかと思っていた。 もっと、思い出が続くようなドキドキした言葉があるのかと思っていた。
先生との涙の別れも、友達との十年後の約束も‥‥‥ なにもなかった。
飛鳥は、明日には中学校のあるあの町から、隣町へと引っ越しをしてしまう。 それは父さんの仕事の都合だからしかたないのだけれど、少しでも思い出を紡ぎたいと家族には無理をいって、卒業のこの日まで引っ越しを待ってもらっていた。 それなのに…… 明日という日からのあの町は、自分を除いたものたちだけの時間が流れていくのだろう。 飛鳥は拳をぎゅっと握りながら、あの町の方角へと振り向くことを強く拒んでいた。
そして、たった三駅離れただけのあの町が、この地球で一番遠い町になる。
空の向こうで、雲雀の鳴き声が聞こえる。 巻き上げた風にそよぐ飛鳥のウェーブのかかった前髪が眉をくすぐる。 あとはなにも感じない、そしてなにも聞こえなかった。 その時ふっと空に流れる一陣の風のように何かの影がよぎっていった。 見上げると、やはり高く青い空だけが飛鳥の視界を支配している。 まるで今いるこの場所だけが飛鳥をとりまく世界そのものになって、そのまま静止画の被写体のように固定され続けていくような、不安と孤独が体中を包んでいった。
RPGの勇者が伝説の剣で魔物たちを振り払うようなしぐさで、手にした卒業証書の筒を力いっぱい振ってみる。 この空間を切り裂けば、新しい世界へと誘う扉が開いてくれるのかといわんばかりに、瞳を閉じ、強く思いをこめて切っ先を空に沿わせてみた。
「キュッポーン」
かわいたような間の抜けた音とともに、卒業証書の筒の蓋が抜けていく‥‥‥。
この世界から抜け出すための冒険へと続いていく異世界の扉が開くわけもなく、ただ、飛ばされていった筒蓋がコロコロと小石たちに跳ね上げられるようにして、目の前を舞っていった。
「あー、もう! どこかで読んだ、ファンタジー小説じゃあるまいし、こんなことで、なにかが変わってくれるわけないじゃん! 」
飛鳥は、なんだか笑いがこみ上げてくると、自然と諦めの言葉がこぼれだしてくるのだった。
そのときふと、飛鳥の頬にひと筋の涙が伝い落ちる。 すると、心の中のあの町の風景も、一緒に遊んだ友達との思い出も、古びた写真屋のショーウィンドウの中の印画紙のように、ぼけて、うす黄色にくすんでいった‥‥‥。
涙でゆがんだ視点を正しながら、底も抜けた卒業証書の筒を望遠鏡にして覗いてみる。 これが、この筒から見える円形の世界こそが、飛鳥の現実なのだというかのように。
大空が高く青く澄んでいた。 天と地をつなげるようにまっすぐに伸びた一本の給水塔を目で追ってみると、上下がわかなくなる錯覚に襲われて、意識が空の向こうへと行ってしまいそうなる。 あわてて感覚を繋ぎとめようと、そのままゆっくりと視点をおろしてみた。
円形に象られた世界の中心に、その少女は立っていた。
白く透き通るような肌、潤んでいる大きな瞳は西の方角を、睨むでもなく、ただ一点を、遠く、凛とした眼差しで見つめている。 栗色のポニーテールの後れ毛が、小さな風にさらさらとそよぐ。 華奢な姿だが弱さは感じない。 美術の教科書で見た、どこかの国を救ったという絵画の少女を思い出させた。
時間がとまってゆく感覚が飛鳥を包む。 たった数秒かもしれない。 飛鳥は切り抜かれた非現実の世界の中で、視線が、呼吸が、心が、この場所に縫いとめられていくのを感じていた。
そのとき少女は、一点に見つめる瞳の方角に、ゆっくりと右手を差し出しだした。 射し示すひとさしの指が、生えたての象牙のように乳白色に陽の光を透過させている。 そして、一本の美しい角を思わせるその指先が、円を描くように、まわりの空気を巻き込んでいくのがはっきりと見てとれた。
飛鳥は勇気をだして、筒の望遠鏡から目線をはずしてみる。
その瞬間に少女は、軽やかに、跳ねるように、それでいてゆっくりとした時間の中を走りだす‥‥‥。
そのとき少女は、たしかに飛鳥を見ながら微笑んだのだ。
唖然と立ちどまる飛鳥を誰かが呼んだような気がした。 まわりを見渡しても誰もいない。
気づくと、少女はすべての視界から消えていた。
やわらかな風が吹く。 そのとき、ふわっと甘い花の香りが飛鳥を包んだ。 どこか懐かしくて、どこかもの悲しい香りだ。 これは、なんの花の香りだろう?
飛鳥が花の香りから心をとり戻したとき、つがいの雲雀たちが一斉に飛び立ち、空に浮かぶかしわ手のように、ひらひらと舞い踊る。 まるで、飛鳥の未来を祝賀するの拍手のように、いつまでも、いつまでも続いていた。 振り向くと、この世界のミュート機能が解除されたように、橋向こうの国道からは車たちの大きな喧騒がよみがえってくる。 そしてそれは、これから始まる飛鳥の新しい物語のためのファンファーレのように鳴り響いていた。
長い春休みだった。 あんなに苦手だった数学の予習課題も、英語の単語学習も、国語の漢字の書き取りだって、みんな早々に終わってしまった。 毎日ねころんでテレビを見て、ただただ時間がすぎていくのを待っているだけの安寧で怠惰な日々が続く。 スマートフォンの電源は切れたままだ。 過去から呼びよせる言葉を遮断したかった。 あのときの瞬間が色あせてしまわぬように‥‥‥。
「ボクも、たいがいに天邪鬼だな」
飛鳥はそうつぶやきながら、テレビのニュースに目を向けた。
『お天気キャスターの鈴木さん! 今年はまだ三月の中場を過ぎたばかりだというのに、ずいぶんと暖かい‥‥‥ というよりか暑いくらいの陽気ですね! 』
『そうなんですよ! これはフェーン現象といって、大陸方面から吹いてきた暖かく湿めった空気が、日本山頂にくるとギュ~ッと圧縮されてですね、さらに暖か~くなった風になって、山頂から吹き下ろしてくる。 という現象なんです。 だからですね、今年は桜の開花も例年より三・週・間も早いんです! さらに見てください! 桔梗にナデシコ、葉牡丹、それに金木犀!! 秋の花々も咲き乱れて、もう一年中の草花の品評会ですよ! いや~どうなっちゃうんですかねぇ!! このニッポンは!? 』
ふぅんというような顔をして飛鳥は飲みかけのホットミルクに口をつけた。 湯気の向こうには間の抜けたしゃべりをしていたお天気キャスターと交代して、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたキャスターが、いつもどおりのいつものニュースを、ここぞとばかりに神妙な顔をして話し出していた。
『ハイ。 続いては、今年になって相次ぐ宝石窃盗団の続報です。 昨夜未明、こちらの銀座の名店でも大規模な窃盗が行われました。 正面口からトラック、重機類を突っ込ませてショーウィンドウの宝石類には目もくれず、金庫ごと持ち去るというような大胆な犯行が行われました。 事件そのものの手口の状況から三日前にもおきた、S市の博物館での『ミイラごと装飾物を持ち去る』という予想だにしない手口の窃盗との関連性も見られており‥‥‥
犯行に使われた車両が運輸省登録のない外国籍の車両であることから、国際的にも問題になっている窃盗団の犯行だとの見解が‥‥‥××× 』
飛鳥は、まったくといって興味のない素振りで、イスの背もたれを深く押し下げ、天井を見上げた。 飛鳥の心はここになかった。 脳裏に浮かぶのはあのときの少女のこと。
あの時見た、イタリアの寺院の天井に貼り付けられたフラスコ画のような神々しい非現実だけが心を支配していた。
天井の間接照明のスポットライトの強いキラキラとした輝きを見ながら、飛鳥はなにげにつぶやく。
「宝石かぁ、ボクにはまったく縁のない話だけど、母さんだったらそういうの欲しいと思う?
もーしも物真似ツグミがぁ歌わなかったなーら ウィーウィウー♪ ママのダイヤあげるよー ♪ 」
飛鳥が適当な曲でマーザーグースの歌を口ずさんでいると、眺めるテレビの先に母さんが立っていた。
「もう、家でゴロゴロばかりして変な歌なんか歌ってないで、外の空気を吸ってらっしゃい。 宝石とか、訳のわからないこと言ってないで、お使いをしてきてよ。 ちょうど駅前で、新しい市政のお祭りをやっているらしいわ。 見てきたら? ついでにおばさん家へのお土産を買ってきて。 そうだ、駅ビルのフルフレールのジュエリーゼリーとかいいじゃない? アンタの分も買ってきていいから。 好きだったでしょ?? 」
C県 待時市 待時駅。 二週間前から住んでいる飛鳥の新しい町。
駅前広場に向かう小道は、全国チェーンのHARAJUKU KADANの花々がところ狭ましと並ぶ華やかな通りだ。 花むせるその通りを抜けて中央コンコースに向かい、そこからそれぞれの店舗へと分岐する。 新しく住んだこの町の、飛鳥のお気に入りのコースだ。
中央のコンコースには、待時市 市政百十年を祝う漆黒獅子像が座像していた。 なんでも、はるか昔の時代に、この町の娘に恋をした南蛮渡来の獅子さまが、この町にとどまり続けて富と繁栄をもたらしているという。 嘘かまことか霊験あらたかな像だ。 宝珠に添えた右足は、まるでお手をする黒い狛犬のようで、なんだかかわいらしい。
今日は、新しく就任した市長が、新たな繁栄の願いをこめて像の前で就任式をするそうだ。 今日は本当に、いつも以上に人でいっぱいだ。
通りを行きかう人波に意識が埋もれてしまいそうな中、道々の西洋ランや薔薇やカーネイションの香りにまぎれて、ふと、またあの懐かしい甘い香りがした。 記憶をさかのぼる甘い香り。 飛鳥が胸の奥をぎゅっとさせていると、体の中をなにかが通り過ぎていった。 そして夢の中を歩いているように目の前の景色を断片的に繋ぎあわせながら、その小道を抜けていくと、なぜだかデニムのジャケットの肩口には軽い重さが入り込んでいた。
喧騒が飛鳥を現実に連れ戻す。 中央コンコースでは揉めごとが起こっていた。
「あんたたちが、おばあちゃんに謝るまでは帰さないわよ! 」
凛とした力強さの中に、あどけなさが混じる無垢な声が響いていた。
「なんだとぉ! こっちは急いでいるんだ! そこをどけっ」
男たちの怒号がする。 ざわざわと集まる野次馬の中心に、あろうことか! 飛鳥は目を疑った。 目の前に‥‥‥ あの少女が立っている!
脅すような怒号と、せわしなく肩をふるわせている男たちの前に、少女は仁王立ちになっていた。 どうも数人の男たちが、足早に通り過ぎる際に乱暴にぶつかって、買い物帰りのおばあさんを倒してしまったらしい。 像の前では、就任式のためにやってきた新市長がおろおろしている。 男たちのひとりが、少女の肩にふれようとしたそのとき、正面壁にしつらえた3時を告げるための《 機械仕掛けの時告げ鶏 》の声が、けたたましく鳴り響いた!
同時にコンコースを彩る色とりどりのスポットライトが回転をしながら少女を見つけると、中央に光源を集め、ヒロインの登場を演出する。 そしてそれを合図にして、少女は跳ねるように男たちへと向かっていった。 まるで博物館にあるような、金銀の鏡が貼り付けられたアンティークのオルゴールの円盤の上にそえられているバレリーナの人形のように、少女は楽しげにくるくると回っていた。 しかし少女が踊るように回るたびに、長い手足を相手の急所へとぶつけるものだから、男たちは、ひとり、またひとりと小さなうめき声をあげてうずくまっていく。
ドガの『踊り子』から抜け出てきたような、少女の躍動的な美しさと対比して、男たちのコミカルな動きが滑稽にうつる。 野蛮なはずのその出来事が、まるでミュージカル映画をみているようで、コンコースに集まるすべての者たちが固唾を呑みこみ、こぶしをにぎり、目を離すことができないでいた。
そのとき、ひときわ大きな体躯の男が拳をあげた!
「どうしよう、あの娘を助けなくては! 」
飛鳥は、ふるえる腕に自信がない‥‥‥。 なにも考えることができないままに、思い切りの勇気を持って、その舞台の中へと飛び込んでいくしかなかった。
その瞬間、少女は、ふんわりと宙に飛ぶ。 まるで草花の種が、春のつむじ風に乗って回転をしながら、高く高くと舞い上がるようだった。
そして、空中の頂点に達すると少女の長い脚が大きな男の胸を『ぽーん』と蹴り上げた!
すると、大きな男が両手をあげてくずれるように倒れていく。 目をつぶりながら思い切り飛び込んだ飛鳥が、その男の下敷きになる。 巻き込むように後ろにいた新市長がよろけて倒れると‥‥‥。 あろうことか! 三人の体重にたえきれず、黒獅子像はスローモーションのように‥‥‥。 野次馬の「あーーーー! 」という声にあわせるようにゆっくりと倒れていった。 中央コンコースは、それこそ蜂の巣をつついたような大混乱になって人々は逃げまどっている。
「怪我はない? 逃げよう!! 」
少女が笑いながら、先ほどの荒々しさが考えられないほどの小さな手のひらを差し出すと、飛鳥は目をあわすこともできずに、ただ、その手のひらをぎゅっとにぎり返すしかできなかった。
走り去る際に飛鳥が像に目をやると、いつのまにか男たちは消えていた。
少女は軽やかに跳ねるように走る。 飛鳥もつられるようにして、力のかぎり思い切り脚を動かした。 少し遅れた飛鳥が息を切らして右手を伸ばすと、振り向き様に微笑んだ少女の左手が、またやさしく掴みかえしてくれる。 すると、握られた手のひらから、彼女の朗らかな熱が伝わり、その力をうけて自然と飛鳥の両脚は弾けていった。 飛鳥は、風と一体になった気がした。 まっすぐに続いている市役所通りには、季節はずれにいつもより早く咲いてしまった満開の桜たちが、ハラハラと散り始めている。
永遠を思わせる薄桃色の中を、跳ね回わりながら遊んでいる双子の仔馬のように、桜吹雪のトンネルの中を、飛鳥と少女は言葉もかわさずに走り抜けていった。
どこまで走っただろうか、ここは待時駅の丘を上がった中央公園の時計台の前だ。
「あはははは。 まるで狛犬がのびていくみたいだったね。 それに、みんなの大きく開いた口! 」 飛鳥は息をきらせながら、久しぶりに大声で笑った。
「ちょっとやりすぎたわね。 反省だわ」 少女も微笑む。
振り向いた少女と顔をみあわせると、道行く人波の中にふたりだけの空隙ができたような気がして、飛鳥は緊張のあまりに続く言葉を思い浮かべることができなかった。
「また‥‥‥ 会えるかな? 」 少し背伸びをするようなしぐさをしながら、やっとのことで飛鳥の口から言葉がこぼれだしてきた。
力強い瞳で少女が答える。
「また会える、絶対に。 わたし、そういうことには鼻が利くんだ。 また一緒に遊ぼう! 」
少女はくるっと踵を返しながら、振り向きざまに大きく両手をあげた。
「またね! 」 跳ね馬のように、踊るようなステップで少女は人ごみの中に消えていく。
「またね! 絶対に!! 」 飛鳥も答えた。
道行く人が振り返るほどの大声で返したが、不思議と恥ずかしさはなかった。 飛鳥のウェーブのかかった前髪がフワフワと浮く。 覚めることない夢のような時間をすごし、胸の中にはいっぱいに、甘酸っぱく、こそばゆい気持ちが充満していた。 ゆるむ口元を気にしながら数歩歩いて、ふと我に返る。
「しまった~ 名前聞くの忘れた! 」 帰り際、ふとジャケットのポケットの中に手やると中に美しい石が入っていた。 そんなことなど気にもせず、母さんにたのまれた、おばさんのへの手土産のフルフレールのジュエリーゼリーを買いに、もう一度駅ビルへと向かっていった。
そして、また長い春休みが続いていった‥‥‥。
これからが本番!!まだまだ続きます!!




