#063 ━再会━
(——りがとう。)
「キーンコーンカーンコーン……」
鐘の音が響き渡る。一番大きい音で僕に届く。
フェンスを越えた僕は同時に全身の力を抜き、体を前に傾ける。最期に宙にのめり込む足が見えた。
(は?)
(これで終わりだ。何もかも。じゃあね……)
僕は大嫌いな自分と世界に別れを告げていた。
(なんだこれ?)
(もう一度?)
僕は両足を宙につ──
「待って!」
(!?)
それは聞いたことの無い声だった。
誰かに右腕を掴まれそこから落ちることができなくなった。
衝撃で肩から手首にかけて落雷のような痛みが突き刺さる。何が起きたのかその瞬間では理解できなかった。
上を振り返るとそこには見知らぬ女性が目一杯伸ばした両手で僕の腕を必死に握りこみ、引き上げようとしている。
(どうして。)
「お願い!待ってよ!」
僕は右手で彼女の腕を掴み返し、左手で屋上の端に手をかけた。越えたはずのフェンスをよじ登り、僕はまたこの場所に戻ってきた。
再び母校の屋上へと。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
(呼吸ってこんな感じだっけ?)
(もうわかんないや——)
乱れた呼吸からお互い必死だったことがわかる。
死にぞこないは運命に助けられた。
いや、あのフェンスを越えた僕はすでに死んだのかもしれない。
放心状態の僕に告げられる一言。
「キミ、死のうとしてたんでしょ」
彼女の溢れんばかりの涙が視界に入る。
「気づけなくて……ごめんね」
「……私を助けてくれてありがとう」
(なんだ?助けられたのは僕じゃないのか?)
誰なのか、すら覚えはないだろうし、その言葉の意味はまだわからなかった。
表情を伺いたいが、認識がぼやけていて彼女の特徴を確認できない。なんだろう……この脳が先に進めないような感覚は。
「私はあなたを助けたかった」
(何もかも分からない。)
(どうしていいか分からない。)
「どうしてあなたはこんなことしたの」
彼女が目を見て問う。
僕はその言葉を聞いた瞬間、なぜか涙が出てきた。我慢なんかできない。見知らぬ女性の前なのに。状況もわからぬまま——畜生。
僕はこの心の枷を誰かに気づいてほしかったのかもしれない。
この思いを。この情けなく愚かなシグナルで。
“こんなことをする”しか残されていなかった。
そう思い込んでいた。
間違いだって自分のどこかでは気づいていたのかもしれない。
いつかどこかで言われたいと思っていた言葉を受け止めた僕は、
がむしゃらに咽び泣いた。
馬鹿みたいに泣いた。
息が苦しくなるほどに。
張り裂けるほどに。
ただただ何もわからないけれど。
ひたすら辛かった。
いつまでも何かに追い込まれている気がした。
この出会いから僕は心も体も生き延びることが出来た。
ここから先は前を向いて生きていけるかもしれないとすら思えた。
(単純な奴。)
僕は生まれ変わりたい。
そして今までの辛かったことを彼女に全部話したいのだ。
話そう……今なら……。
僕は思い切っ——
彼女はおもむろに持っていたボトルの蓋を開け、こちらへ振るう。
(!?!?)
「な、何?」
中の液体が僕にかかった。のか?
あ、れ。
今までの記憶が。
「ニオ……。」
たちまち液体が乾いていく。と、蘇った記憶で僕の中はめちゃくちゃになった。
瞳の奥にはトリアンドルスから飛び降りる時の最後のニオのあの顔が焼き付いていた。
(なんで……なんでこうなった?)
「どうしてここに?」
悲しげな表情のニオに僕は聞いた。
「キミを助けるためにここに来た。あんな分かれ方じゃ私の気が済まなかった。私は理由を知る必要があった。どうしても。」
(そっか……)
「聞かせて貰えないかな、私と出会う前のキミのことを——。」
「そんな……」
涙を拭い切れないまま僕は衝動的にやってきた屋上で寝転び、空を見上げて話そうとする。
ここに寝転んだのは人生で二回目だっけ。
もう見れないだろうとと思っていた流れていく朝空の雲が、僕を励ましてくれた気がした。




