#056 ━相手━
「そうか。」
「あの影のような猫はそういう形質がある人の前に現れる。というか、私が確かめたかったから、ここの空間に呼んであげたんだよ。」
(確かめたかった……なんだか意味が篭っているような言い方だ。)
「私は毎日のように研究所の仮想空間で“論談知能”と呼ばれる、高級な人工知能と会話をしている。アーズロイよりもずっと性能と知識を与えられている子だ。私たちが認識するその論談知能の姿はヨリシロと呼ばれ、その人の深層心理によって変わる。自分の理想の恋人、ドッペルゲンガー、赤ちゃん、球体など十人十色だ。その人にとって、姿に違和感無く納得し打ち解けることが出来る仕組みになっている……。そんなところで私は過ごしていたんだ。」
(人の数だけ色んな姿があるのか……)
「私に見せる姿はどんななんだろうと期待しながら初めてそれと対面した時、目の前に現れたのは背中を丸めて座り、寂しく端の方に佇んでいる男の子の姿だった。私のものは幼き日の自分とそっくりだったんだ。」
(自分自身?)
「私の与えられた仕事はラノハクトの抱えている様々な問題解決に向けてヨリシロに質問していくことだった。この星には労働力が必要だと伝えると、奴隷を作れば良いと言われ、我々とは別に額角を無くし、あえて脆く設計した知的生命の作成を提案された。私は言われた通りの質問をするのが役目だったので、もっとヨリシロに対し深くまで質問をしていった。その為には何が必要か、どうすれば生み出せるのか、我々ノロールム人はどう対応すれば良いのか、それはもう細かく、片っ端から当時の上層部に言われた通り質問をした。」
(そんなサラリと答えてくれるの……?)
「自分の質問に自分が答えているようでとても不思議で怖かった。あの監視された二人きりの空間が。」
(話し相手になってくれたりするのかな?)
(仲がこじれたりしないのかな?)
「実現可能で具体的な案が出たのは私たちのペアだけだったらしい。ヨリシロの言われた通りこなし、奴隷の良いサンプルが注目を集めるとAIは更に崇められ神のように扱われた。……結局私たちによって生み出された奴隷が抗い始めると、共にこの星で歩むのを諦め、廃棄が開始された。試作、失敗作も含め全て地球などへ連れていくことになった。私は居場所が無くなると同時に束縛から解放された、気づいたらAIの存在はラノハクトの歴史から消失し、私は惑星から離れ夢を掴み目的地へ向かっていた。」
(だからこんなことになったんだ……。)
「今研究所の論談知能は現所長となり、楽園内の膨大な情報を栄養としてこの瞬間も育っている。楽園が消えると、ここのAIの成長も止まり別の代替システムが生まれない限り、ラノハクトの科学の進化は終わると言っても過言ではない。だから今の地球とはテクノロジーの進化が構造も質も根本的に違う。」
(進化が終わる……)
僕は科学の進化というものは、当たり前に存続されて延々と生活をより良く更新していくものだと思っていた。たしかにそう言われてみると彼らの世界はすごい境地にまで辿り着いている気がする。
「この計画では時間圧延中の地球の物体を知的生命、知的生命の所持物、動物、植物、その他の物体などグループに分けてそれぞれ別に圧延の作用を加えていた。授業の一環として、観測として成り立たせるための枠作りだった。例えば圧延時に、開かないドアがあるとその内側へは入れないし、起動しない電子機器があるとそれが何をするためのものなのか考察が出来ない。そういう都合の悪いものを明確化し、ある程度自然な振る舞いを示す“ゆとり”が必要だった。」
(なるほど、理解は出来る。)
「地球の物体の情報が送られた後、その情報を元に地球へワープ、圧延が開始される予定だった。が、この地球とラノハクトとの移動の間でタイムラグが生じていた。途方も無い距離がある二つの星の間で起きたそれは、僅かな歪みが膨らんでいき想定より遥かに大きなものとなってしまった。具体的には送信されたデータの地球より五秒前の地球にたどり着いてしまった。」
(え?)
「送った情報よりも前の地球って、え?そんなタイムスリップみたいな事、起こり得るの?」




