#055 ━形質━
「……ここに座って良いんだね。」
「あ、はい。」
僕は皆んなの為に椅子を持ち出して並べてあげた。ニオの友人らと出会う前みたいに。
向かい側にはあの三人ではなくハイドさんがぎこちなく座っている。
この場で一息をつくと、ニオが話をし始めた。
「私はこの星に来れると知った時は純粋に嬉しかった。ようやくいつも通りの日常じゃない日を迎えれると思っていた。当日が楽しみで、あの瞬間まで本当に授業だと思い込んでいた。彼と出会えて驚いたし、地球のことをたくさん教えてくれた。先生のノートを読んだ時、思いを踏み躙られて悲しかった、悔しかった。」
(……辛い。)
堰き止められていたニオの思いが突き刺さる。
「でも今話を聞いて私は……記憶も思考も操られていたのかと思うと、どうしたらいいかわからなくなった。正しいことがわからなくなった。何も信用できなくなった。自分自身、ちっぽけで惨めだった。どうでも良くなった。」
(そんなこと……無いよ。)
いつかの僕の感情にそっくりだった。
淡々と話す声に出会った時の元気は無く、聞いていて辛かった。
下を向くしか無かった。
「……。」
向き合わなきゃいけないのかな。
(!!)
突然、喫茶店の床から壁へと真っ黒で平べったい猫が、するりと駆け抜ける。
(何処から……え。)
それは壁紙自体が動いていたり、プロジェクターで投影されているかのように通り過ぎ、騙し絵のように振る舞う。
この奇妙な環境の中ででも、この猫だけ異彩で、はみ出している気がする。
「……なんですかあの猫。」
「かわいい……」
「二人共、この可愛らしい猫が見えるのかい?そうか……」
どうしようも無いような空気感の喫茶店だったのに、その一瞬から僕らの表情は少し柔らかくなった。
壁の向こう側から怪しげな猫がじっくりとこちらを見張っている。
僕はその黒猫に小さく手を振った。気づいているようだが、特別変わった反応は示してくれなかった。
こんな猫現実にいる訳が——
「悪いがもう少しだけ私に話させてくれないか……。伝えたいんだ。被害者である君たち二人に。」
「分かったから。もう好きにすれば……」
彼は姿勢を整えて申し訳なさそうに続きを話し始めた。
「デジャヴ(既視感)、レクレール(根源が不明の閃き)、ディピション(鬱)という地球に送られた地球人の一部とノロールム人の内、“ディスコネクター”という人たちに、三つ一揃いで見られる形質がある。これらを持つ人々に思考統制を行うと稀に記憶の欠片と呼ばれる違和を感じることがあるらしいんだ。私たちはそれを奴隷計画が失敗に終わってしまった最も信憑性のある原因とみている。三つの要素のそれぞれの関係性、及び思考統制との因果を憶測抜きで語るのは私にも難しいのだけれど、ネガティブなものを含む例外的な形質が、完全だと思われていたラノハクトの思考統制を僅かではあるもののすり抜けて抗った事例が存在するんだ。私はそれを非常に興味深く感じた。」
「……」
「死と隣り合わせだった時代を乗り越え、地球の社会でも、その存在は浮き彫りになっていった。」
「だからなんだと思うかも知れないが、私はAIの観測者として、理想を実現させるべく、突き詰めたかったんだ。……たったこれだけの事象がが私をここまで導いたのかもしれない……自分でも不思議だよ。」
「君たちは感じたことがあるかい?そういうの。」
僕は……
「あ、あります……」
必死に忘れようとしていたことを掘り起こされた。
そんな気分だ。




