#046 ━水底━
そこは街が水没していた。
周りを囲うように変なモニュメントが並ぶ。
耳を弄ぶような水の音──。
煌めく水面の向こう側──。
敷き詰められるように──。
それぞれが支え合うように──。
水中で複雑に絡み合っている──。
それでいて暑苦しくは見えない──。
そんな建造物が揺蕩っているのだ──。
「これ見て落胆したでしょ?」
濁すことなく明け透けに言ってくれた。
「ま、まぁ。」
上から見た景色と同じ場所の筈なのに、拡大するとこうも感想が変わるものなのか。
見えていない実態が明らかとなった。
すごく綺麗な街並みということは澄んだ水を通してでもわかる。水さえなければ……
「前は人が住んでたってことでしょ?どうして街がこうなっちゃったんだ?」
「説明すると長くなるけど……簡潔に言うとこの星には人が多すぎたの。所謂キャパシティオーバーってやつ。」
「うん」
「人が多いとどうなると思う?」
「居心地が悪いね」
「まぁ、そりゃそうなんだけど。それをどうにかしたいんだ、改善策は?」
「人が住める別の星を探すとか?」
「そう。……だけど全然見つからなかったら?」
「ここにいる人を減らすとか分散するとか何とか仕向けるしかないんじゃない?」
「うん。でも減らすのは構造的には難しくて、リスクも沢山ある。」
「じゃあ分散させるしかないね。」
「でも、人が住めるところにはもう既に人がいるんだよね」
「じゃあ、おしまいだ。諦めよう。」
「いや、まだ手段がある。」
「てことは……人が住めないところを住めるようにしなきゃならないのか。」
「そう。だから、空気から水を作って砂漠に雨を降らせ、高山に何段もの段差をつけ建物を建て、光を集めて凍土を暖め、海を埋め立てた。お金持ちは天空に別荘を作ったり、他にも色々……全部これらは私たちの先祖が未来の私たちのために努力してきたことなの。」
「……うん。」
「でもそんなことをしたら繊細かつ複雑に成り立っていた環境のバランスが崩れて……事故が起きて、はぁ。この有り様。」
「うぅん、悲しいなぁ」
「私が生まれたときからここはこうだったんだ……。それぞれの計画も最初の十年くらいはすごく順調だったらしいんだけどね。」
「……そうだったのか。教えてくれてありがとう。」
「私は地球にはラノハクトみたいになってほしくないな」
ニオは思いを吐き出すと、額角が下を向き萎むように垂れていった。
風に吹かれた錆び付いた鉄塔が唸り、
浮いたままの輪っかがゆっくり回り始めた。
「地球に初めて来たとき、私たちは信じられなかったんだ。こんなところが現実にあるなんて……」
「……そうかぁ。」
(僕らは見飽きた世界だったのに。)
僕の見飽きた世界はニオにとってはまったく未知の世界。
相当新鮮に写ったのだろう。
逆も然り、僕もこの世界をはしゃぎ回ったのだから。
知らない世界で自分の無知さが染み渡る。こんなに何も知らなかったのか。
僕はこの宇宙の別の星を知ることができた。ようやく二つ目だ。
「現実世界に比較対象ができちゃったんだ。それまではラノハクトの光景しか見たことなかったから、満足……ではないけど不自由なく、気になることなく生活できていたしね。」
熱心に語ってくれるニオの姿を見て僕の中で何かが動き、芽生えそうな気がした。
唾を呑みこみ、踏み込む。
「……人口問題は解決したの?立ち入り禁止区域だらけって言ってたけれど。」
「解決というか……延命処置だけど、PCS、いわゆる楽園凍結したんだ。この星にいた大人のほとんどを。」
「凍結……?」
「そう、体を凍結させて星の環境が整うまで、自分の望む世界になるまで延命するの。そしてその状態のまま仮想空間内の楽園で暮らすから楽園凍結。そんな人たちを“ユートピアン”って呼ぶ。」
「楽園はアイデアや理想が簡単に実現できるらしくて、人間性、サービス、考え方、ジャンルによって色んなコロニーやコミュニティが入り交じってるんだって。だから楽園にいる人達は現実にいる人達よりずっとずっと幸福度が高いんだ。コネクターを使えば私たちとも交流可能だし──」
「そんな……ここに大人は居ないのか……」
「先生とか研究者さんとか、他にも例外はいるけど、私たちのほとんどは物心ついてから両親は現実で会えない。皆、子供を生んでその子が学生になったら楽園凍結。仮想空間中の存在。だから今度は人口減少に悩まされてるんだ。」
「……」
「学校の階段一段ずつに思いが刻まれていたでしょ?あれはこういうことが二度と無いようにって。大人たちが……」
「間違ってるよ……そんなの。」
思ってもみない暗い話に踏み込んでしまった。
下を向き答えるしかなかった。




