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第80話 お隣さんと俺の過去③

 一悶着あったが、初めてのデートを終えた俺と紗夜は、そのまま帰路につき、特にこれといった出来事が起こることなく家でゆっくりと過ごした。


 夕食は母さんだけでなく、紗夜と奏も手伝っており、女性陣三人がキッチンに立っている姿を見て、俺は父さんと「眩しいな」などと話していた。


 夕食を食べたあとは、お風呂に入って寝るだけ。


 昨日の夜は父さんと母さんに質問攻めにされて夜遅くまで起こされていたが、流石にもう気になることは全て聞き尽くしたのか、リビングに引き留められるといったことはなかった。


 俺はベッドに入ってから眠りにつくまでは早い方だと思う。


 実際こうしてベッドに入ると、眠気が押し寄せてきて、そのまま意識が深いところに沈んで――――


 ガチャリ。


 ――眠ってから、そんな部屋の扉が開く音に意識が呼び起こされるまで一瞬のように感じられたが、実際はしばらく眠っていたようだ。


 音を立てないように配慮しながら近付いてくる気配の方へ、俺は視線を向ける。


「……暗殺者か、お前は」


「あ、起こしてしまいましたか」


 すみません、と申し訳なさそうに笑う紗夜は、さっきまで奏の部屋で寝ていたのか、ワンピース型のパジャマを身に纏っている。


「どうした? 眠れないのか?」


「はい、ちょっと……」


 妙にくすぐったい沈黙が流れる。


 俺はどうしたものかと悩んだが、このまま紗夜を立たせっぱなしというのも忍びないし、春に入ったとはいえ、まだ夜は冷える。


 薄着で身体を冷やされるのは避けたい。


「え、えっと……嫌じゃなかったら、入るか……?」


「い、良いんですか?」


「あぁ……」


 俺はそう答えてから、布団の端の方へ寄り、身体を横向きに倒して紗夜の方へ背を向ける。


 空いたスペースに、紗夜が「失礼します」と言いながら、俺の布団を捲って隣に入ってくる。


 いくら端に寄ってるとはいえ、二人で寝るには狭いベッドだ。


 脚と脚が触れ合っているところもあるし、俺の背中にありありと紗夜の存在を感じる。


「今日は初めてのデートだったのに、台無しにしてすみませんでした……」


 今にも消え入りそうな声で、紗夜がそんなことを言ってきた。


「別に紗夜のせいじゃないだろ?」


「いえ、私がもっと穏便に済ませられるように努めていれば良かったんです……なのに、颯太君のことを馬鹿にされて、柄にもなくカッとなっちゃって……」


 ごめんなさい、と紗夜が泣き出しそうな声を出す。


 俺はしばらくの沈黙のあと、一つ息を吐く。


「まったく、本来俺が怒るべきことなのに紗夜が先に怒るから、俺はタイミング逃しっぱなしだぞ。あの学校のときも含めてな」


「はい……」


「でも、逆に言えば俺の代わりに紗夜が怒ってくれるから、俺が怒らずに済んでる。ありがとうって思う反面、申し訳ないとも思ってる……」


 紗夜だって怒りたくて怒っているわけではない。


 侮辱されたのは俺なのだから、俺がそこできちんと怒れていれば、紗夜にあんなことをさせずに済むはずだったのだ。


「それは別に良いんです。私の大切な颯太君を馬鹿にされたのですから、むしろ怒らせてください。でも、今回はそのせいで折角のデートを台無しにしてしまいました……」


「別に、台無しになっただなんて思ってないぞ」


「え?」


「確かに最後は一悶着あったけど、それでも紗夜と一緒に桜並木を歩いて、写真を撮ったりしたことは事実だ。その楽しい時間がなかったことになんてならない」


 それに、アイツらと再会したことも、そう悪いことばかりではないのかなとも思っている。


 紗夜と付き合う中で、徐々にトラウマというものは薄れていってはいたが、それでも悪い思い出としてずっとどこかに残り続けていた。


 でも、今回それと正面から向き合うことができ、河合がやりたくてやったことじゃないということを知れた。


 もちろん許すわけではないが、それでも、これからは過去の出来事に囚われずに、紗夜だけを見て前に進めると思う。


「俺のために怒ってくれてありがとな、紗夜」


「颯太君……」


 背中に紗夜の頭がコツンと押し付けられた。


「根拠も確信もないですが、一つ河合さんのことで話しても良いですか?」


「ん?」


「あの人、もしかしたら当時本当に颯太君のこと好きだったんじゃないですかね?」


「いやいや、そりゃないだろ」


「いえ、前から不思議ではあったんです。颯太君は人を良く見ています……口にした言葉が本当なのか、それとも嘘なのか。颯太君なら見抜けるはず。なのに、颯太君は河合さんと付き合っている間、それが演技だとわからなかったんですよね?」


「ま、まぁそうだけど」


「ということは、本当は颯太君と付き合っている間、河合さん演技などしていなかった――本当に幸せだったんじゃないですか? だって、もし演技だったら、颯太君が見抜けないはずありませんから」


 一瞬俺を買いかぶりすぎだろとは思ったが、そう言われてみれば、確かに当時河合と付き合っている間、河合が見せる笑顔や素振りが演技だなんて疑わなかった。


 だって、本当に楽しそうだったから。


「でも、実際は罰ゲームで仕方なく付き合っていただけって、河合本人が言ってただろ? それに、当時俺も聞いたしな」


「多分、それこそ嘘なんじゃないですかね?」


「えっと、どういうことだ?」


「恐らく颯太君は中学時代も、率先して目立ちに行くようなキャラじゃなかったですよね?」


「まぁ、そうだな」


「なら、学校カースト上位のある陽キャ女子が、そんな男子に何らかの原因で恋心を抱いてしまった場合を想像してみてください。こんな言い方はなんですけど、その女子があまり目立たない男子に告白出来ると思いますか?」


「そうだな……多分、難しいかな。人気者がパッとしない男子何かに告白したら、周りから見る目がないとかって馬鹿にされるだろうし」


 つまりはそういうことです、と紗夜が言い切るが、俺はまだどういうことかわかっていない。


「今の通り、河合さんは颯太君に好意を抱いていても普通に告白は出来なかった。そんなとき、罰ゲームで誰かに告白して付き合わなければならなくなったとなると、それを利用して颯太君と堂々と付き合うことが出来る」


「ちょ、ちょっと都合良すぎないか?」


「でも、辻褄は合ってます」


 俺は寝返りを打って、紗夜の方に向く。


 すると、紗夜は事件の推理結果を語る名探偵のような表情で、話を続ける。


「自分のキャラを守るため、表向き嫌々付き合っていることにしておき、本心では颯太君と付き合えてラッキー。そんな感じだったのではないでしょうか?」


「だ、だが俺は当時、河合が友達に俺と付き合うとか本当に無理って話してるところを聞いたんだぞ?」


「それこそ建前です。その友達に本当のことを話してしまえば、一気に情報が拡散されて、結局はからかわれることになる。だから、誰にも本当の気持ちは口にしなかったのではないでしょうか」


「ま、まぁ……理屈は通ってるが……」


「確認のしようはないし、あくまで私の推測にすぎませんが、何となくそうだったんじゃないかなって思うんです」


「女の感ってやつか?」


「私の感ってやつです」


「そりゃ、信憑性が高いな」


 夜なので声を潜め、クスクスと二人で笑い合う。


 だが、もしこの紗夜の推測が真実だったとしても、俺の気持ちに変化はない。


 俺はあの出来事で恋愛不信に陥り、地元を出て凛清高校に通うため一人暮らしをすることになった。


 もしかしたら、あのまま河合と付き合っていても、幸せな日々が待っていたのかもしれない。


 この地元で、楽しく過ごせていたのかもしれない。


 でも、そんなあったかもしれない可能性より、俺は紗夜とこうして過ごす毎日を選ぶ。


「紗夜」


「えっ、ちょ……颯太君……っ!?」


 俺は至近距離で向かい合っていた紗夜の背中に腕を回し、優しく抱き寄せる。


 自身の胸に、すっぽりと紗夜の頭が収まり、腕の中に紗夜の身体の柔らかさと温かさを感じる。


「ど、どうしたんですか……急に……」


「いや。ただ、やっぱり俺は紗夜が好きなんだなと思って」


「もぅ……」


 紗夜も俺の腰に手を回して来た。


 そして、薄暗い中でもわかるほどに、紗夜は顔を赤らめて、俺を見上げてきた。


 何かを期待するような視線と、僅かに尖った唇。


 だが、俺はそんな紗夜の期待を、今は保留することにした。


「多分、今それをしたら、その先まで進んでしまう気がする」


「……」


「そういうのは、向こうに帰ってからにしよう……」


「……はい」


 納得してくれたようで、紗夜は改めて俺の胸に顔を埋めた。


 そのまま伸し掛かってくる眠気に誘われて、俺と紗夜は一緒に意識を沈めていった――――

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