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第63話 お隣さんと勉強会②

 周が宿題を持ってきていなかったため、勉強会初日は、テスト範囲の教科書の練習問題を解いていき、互いにわからないところは教え合うといった感じの、まぁ有態(ありてい)なことをした。


「じゃ、二人ともまた明日ねぇ~」


 玄関で靴を履いた鈴音がニコッと笑って手を振ったので、俺は鈴音と同じく靴を履いている周に視線をやる。


「周。ちゃんと鈴音を送って行けよ?」


「わかってるよ」


「ちょっとつっしぃ~。心配してくれるのは嬉しいんだけどさ、やっぱり過保護じゃない~?」


「過保護じゃない。何度も言ってるが、夜道を女子一人で歩かせたくない」


 まぁ、周が送っていったところで、ぱっと見、女子二人が一緒に夜道を歩いているようにしか見えないかもしれないが。


 それでも鈴音を一人で帰らせるよりマシだろう。


「ほら、さっさと帰れ。遅くなるぞ」


「はいはい、わかってますよぉ~だ。つっしーは早く紗夜ちーと二人っきりになりたいんだもんねぇ~」


「ち、ちがっ――」


「――じゃ、ばいばーい」


 俺の否定意見を聞くことなく、鈴音と周が玄関の扉を閉めた。


「ったく、変な勘違いを……」


「え、えっと、その……颯太君は、私と早く二人っきりになりたかったのですか?」


「ち、違うって!」


 俺の後ろに立っていた紗夜が、横顔に垂れる髪の毛を弄びながらそんなことを聞いてくるので、俺はとっさに振り返って頭を振る。


「あ、あれは鈴音の出任せで――」


「――ち、違うんですか。そう、ですか……」


「ん、紗夜?」


 どこか寂し気に視線を落とす紗夜。


「……私は、颯太君んと二人っきりになりたかったですよ?」


「――ッ!?」


 チラッと、不安げな上目を向けてこられたので、俺の心臓が大きく跳ねた。


 不意にこういう心臓に悪いことを言ってくるから、紗夜は本当に質が悪いというものだ。


「でも、颯太君は違ったんですね?」


「い、いや……別に、そういうわけじゃ……」


「では、どういうわけですか?」


「さ、さっきは、ほら……何というか……鈴音達がいたから本当のことが言えなかったというか……」


「では、本当はどうだったんです?」


 コイツ、それを俺の口から言わせたいがために落ち込んでる演技をしてたな……?


 その証拠に、先程までのしおらしさはどこへやら――今の紗夜の顔には、悪戯っぽい小悪魔な感じの笑みが浮かんでいた。


 正直恥ずかしいから言いたくはないが、それでは紗夜が満足しないだろうし、何より言うまで逃がしてくれなさそうだ。


「ふ……」


「ふ?」


「二人になりたかった、です……」


「ふふっ。よく言えました」


「うぅん……」


 紗夜が若干背伸びをして、俺の頭を撫でた。


 まったく、紗夜には勝てないな…………



◇◇◇



 鈴音と周が帰り、静けさが広がったリビングで、俺と紗夜は特に何をするでもなくソファーに座っていた。


「なんか、一気に静かになったよな」


「そうですね。こうして何人かで集まって勉強会をするなんて、少し前まで考えられませんでした」


 初めは俺と紗夜だけののんびりとした空間が、鈴音が来るようになって賑やかになり、今日こうして周が来て勉強会なんてするようにもなった。


「ま、賑やかなのも楽しいけどな」


「そうですね」


「ただ、アイツらが帰ったあとの、この二人だけの部屋の感じは相変わらずというか……静かで穏やかだな」


 俺の言葉に、紗夜がクスッと笑みを溢してこちらを向いてきた。


「静かで穏やかなのは確かですが、変化もありますよ?」


「ん?」


「はい。ちょっぴり、ドキドキしませんか?」


「さ、紗夜……それ、わかってても言うなよ……恥ずかしいだろ」


「別に誰が見てるわけでもないんですから、恥ずかしがる必要はないですよ」


 恥ずかしさを紛らわせるために、そっぽを向いて頬を掻くが、紗夜はそんな俺の行動が可笑しかったのか、クスクスと笑う。


 しかし、紗夜の言った通り、紗夜と二人きりでいると、そのことを変に意識してしまって心拍数が高まる。


 今までと同じように隣にいるはずなのに、それが“隣人”から“特別な隣人”になったことによって、自分の紗夜を見る目が変わったことを意識させられる。


「恋人になっただけでこんなにも違うのか……」


「そうですね。でもまぁ、恋人らしいことはまだ何一つしていませんが」


「恋人らしいこと?」


 具体的にどんなことだ? と紗夜に聞くと、紗夜は顎に軽く手を当てて少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「私も今までお付き合いなどしたことがないのでよくわかりませんが……手を繋いだり?」


「手だったら、今朝登校するときに繋いだだろ」


「あれは、どちらかというと腕を組んだに分類されるのでは?」


「まあ、確かに」


 どちらにせよ、今まで紗夜の目の補助のためにやっていたことだったが、今ではその必要性が失われつつある。


 それは紗夜の視力が回復してきたということで、非常に喜ばしいことだ。


 だが、それがわかっていても繋ぐというのは、そこに何か特別な理由が発生しているわけで、それが妙にくすぐったく感じてしまう。


「ってか、腕を組むの方が手を繋ぐより難易度高くないか?」


「どう、なんでしょうね?」


 この辺りのことは、恋愛経験が著しく欠けている俺と紗夜にはわからないところだ。


「なら、颯太君の思う恋人らしいことは何ですか?」


「えぇっと……」


 少なくとも俺の実体験では何の参考にもならないことは明確なので、恋愛ものの小説で描かれることを考えることにする。


「ハグ、とか?」


「抱き合うということですか? 私達、お付き合いする前から何度かしていませんか?」


「……確かに」


「となると、やっぱりあれでしょうか……」


「あれ?」


 何だろうと思い、紗夜に視線を向ける。


 すると、紗夜は仄かに頬を色付かせ、俺の視線から逃れるように顔を背けた。


「い、いえ……まだ私達には早いと言いますか。何より、私の心の準備がまだなので……」


 そう呟いた紗夜は、右手でそっと自身の薄桜色の唇に触れた。


「へ、へぇ……よくわからんが。ま、まぁ、いつか教えてくれ……」


「そう、ですね」


「……」


「……」


 紗夜のことだから、どうせ俺が紗夜の言った言葉の意味を理解した上でとぼけているのも、お見通しなんだろうな――――

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