* * 15 * *
どれくらい畳で寝そべっていたのか。
「次に、行こうか?」
初めてきみが、問いかけるような言い方をした。上半身を起こすときみは、背筋をしゃんと伸ばして正座をして、じっとぼくを見ていた。
「っえ、えっ? なに、」
慌てて居ずまいを正す。きみが笑う。ゆるゆると首を振って見せる。
「で。どうする?」
「……きみが、行くなら」
答えるときみはまた笑った。
「自分の意思はないわけ?」
なくはない。今日はきみに従おう、これがぼくの意思だ。口には出さなかったけど。
「──じゃあ、行こっか」
きみはすっと立ち上がって脱いであった上履きを履いた。きみに倣って上履きを履き講堂を出た。そのまま体育館に移動してきみが真っ先に向かったのはグランドピアノだった。
「憧れだったんだよね」
きみは蓋を開けた。椅子に座って高さを調節して鍵盤に手を添える。思ったよりも座面が低かったようで微調整をしてからそっと鍵盤に手を置いた。深呼吸をしたのが解る。だからその、肩の力を抜きなって。きみはそのままピアノを弾いた。今度はホールニューワールド。やっぱり少しゆっくりめに。演奏を終えたきみの肩が大きく上下した。拍手を送った。
「ありがとう。でもなんだろ──違和感」
違和感とは。きみの顔はぼくに真っ直ぐ向けられている。きっとその目もぼくを見ているんだろう。だめだ。これ以上は。
──ぼくはゆっくり歩き出した。グランドピアノに近づいて、そうっと屋根を持ち上げて突上棒で支えた。きみを見るときみは微動だにせずぼくを見ていた。
「……代わってくれる?」
きみは弾かれたように立ち上がりピアノの脇に立った。ありがとう。ぼくはきみが今まで座っていた椅子に座ると高さと位置を調節した。軽く手首を振って、首を回してからぐっと力を入れて肩を上げる。しばらくそのまま肩を上げたままにして、それからすうっと力を抜いた。
鍵盤の上を踊る自分の指が、まるで勝手に動いているみたい。空いている時間は全部ピアノに注いでいたのに、こんなふうに弾けたことはきっと一度もなかった。楽しくて楽しくて夢中で弾いた。最後に押さえた鍵盤、響いた和音にはいつにない余韻があって、名残惜しいと思いながらも手を離した。細く細く、長く息を吐き出した。
きみが上ずった声で言った。
「──────きみ、なにもの?」