* * 11 * *
きみが持つ携帯の灯りを頼りに教室に戻る。きみは早速カバンを開けてさっと小振りの箱のようなものを取り出した。
「きみも出しなよ、携帯」
言われて出して、電源を入れた直後、通知が入った。メッセージ着信通知と不在通知。ライトが目的だし充電節約したいし。心の内で誰に向けてか解らない言い訳をしながら機内モードにする。
「どうかした?」
別に。答えてモバイルライトを点ける。充電残量七十八パーセント。
「きみはバッテリー持ってないの?」
変わりにきみは、自分の携帯のライトを消す。
「必要ないから」
「そんな気はした」
答えてきみは教室の後ろの棚に歩み寄る。ライトが必要だろうと思って少し慌てて足を向けたら、途中で派手に机を蹴っ飛ばした。
「そんなに慌てなくてもだいじょぶだよ」
きみの声には少し笑いが含まれてて、ちょっとでも笑いを提供できたならこの足の痛みも報われるよなんて思ったのに、口には出せなかった。きみは棚に立ててあったファイルを手にしていた。ライトで照らす。ところでなんのファイル?
「きみはいつもぼんやりしてて、校長の話なんて聞いてなそうだもんなぁ」
今度はきみの声には呆れと諦めが混ざっていた。どういうことだろう。
「ほら──あの地震の後の全校集会で、校長が話してたでしょ」
あの地震、は、すぐにああ、と思った。記憶を掘り起こす。
「無理しなくていいよ、どうせ思い出さないよ」
楽しそうにきみは答えをくれた。
「ここはこの地域の指定避難所だから、万が一のために非常電源設備の用意があるって。冬季間でも三日程度、電気の供給には困らないってさー」
続けてきみは小さく「あったあった」と呟いた。少しの間ファイルに視線を落としていたきみがぱっと顔を上げた。
「行こう、地下の設備管理室だって」
地下? 入れたっけ?
「校長室に予備の鍵があるってさ。さすがだね校長」
きみがファイルを抱えて、ぼくはモバイルライトで照らしながら校長室に向かう。
「校長室ってさ、賞状とか楯とか飾ってあって、落ち着かないよね」
コメントに困る。ぼくは優秀なきみと違って、校長室にお招きされたことはなかった。
「え、そうだった? てっきり」
きみがなにを指しているのか解って、ああ、と答えた。
「入賞したのが木津くんだったらね」
「まさか、そんな」
きみの呟きを流す。ちらっとその横顔を見てみたけど暗くてなにも解らない。それからしばらくぼくらは黙って歩き続けた。校長室のドアをノックするきみに、必要ないでしょと言おうかどうか迷って止めた。
「失礼しまーす」
きみは明るい声と共に校長室に入って行った。