前編
「お主!ワシの代行者とならんか!?」
上から降ってきた声に、腐りきっていた俺は思わず顔をあげた。
──え、何?幼女?コスプレ?
顔をあげれば、そこには腕を組み、巫女のような姿をした少女がふんぞり返るように仁王立ちしていた。
「なんだよ、俺は落ち込んでんだ。子供が声かけんな」
そう、俺は落ち込んでいた。
何故なら、ずっといい感じに付き合って来た幼馴染みの友希が、サッカー部の3年生に告白をする──
その噂を聞いてしまったからだ。
家は隣通し、幼稚園から小学校、中学校を共に過ごしてきて、卒業の時に言ってくれた台詞はこうだぞ。
「ゆう君が行く高校に私も行く!」
素直になれなかった俺も悪いのだが、つい3日前までは良い感じに登下校していたんだぞ?
そんな友希がサッカー部の先輩に告白──!?
なんかおかしくないか?
「ふーむ、長年連れ添ってきた女が突然の心変わり。理由も分からず、年上の男とくっつきそうになっている。それがお主のやつれ具合の原因じゃな?」
「なんで分かるんだよ!?」
俺は、このコスプレ少女がピタリと俺の心の中を言い当てたことに動揺してしまう。
「ふっふーん。お主、ここは何処と思うとる?」
何やら自慢気な少女は、その小柄で細身な腕を目いっぱい広げてみせた。
俺は腰かけている場所からグルリと当たりを見回すと、少女に回答する。
「何処って⋯⋯寂れた神社」
「そうそう、ここは寂れた神社──って、ばっかもぉん!寂れたは余計じゃ、寂れたは!」
そう地団駄を踏むと、少女はキーッと悔しそうに口を噛む。
一体何だって言うんだ⋯⋯。
うん、待てよ?
俺の心を読めて、巫女服。そして、やたらの上から目線。
いや、まさかな?
でも聞いてみるのもいいかもしれない。
「お前、まさか神様とか?」
そんな訳ないと思って口に出してみたが、俺の言葉を聞いた少女は嬉しそうにニンマリと笑った。
「おおぅ、やっと気づいたか!そうじゃ!ワシがこの神社の神様。縁壊しの神、スワコ様じゃ!」
ん、縁結びじゃない?
「聞き間違いじゃなければもう一度言ってくれ。縁結びじゃないのか?」
俺の質問に、スワコ様とやらの顔は赤く染まり、プルプルとその小柄な身体を震えさせてしまった。
「ワシをあんな奴らと一緒にするでない!」
「いや、だって縁結びじゃなくて、縁壊すんだろ?そんな奴が近づいてくるなよ。ただでさえ縁が壊れそうで落ち込んでいるんだ」
俺が鬱陶しそうに手をヒラヒラさせると、顔を真っ赤にしたスワコ様とやらわ、俺に向かって人差し指を突き出した。
「カーッ!もう!お主が失恋しそうになっておる原因こそが、お主ら人間が大好きな縁結びの神のせいだと言うのに!」
「お前バカか?縁結びの神がいるならとっくに俺が頼みに行ってるよ」
俺の言葉を聞くと、スワコ様は俺を小馬鹿にするように口を手で覆って笑いだした。
「何を言うとる。好かれてるというのに、手も出さない意気地なしが。だから、縁結びの神に矢を打たれるのじゃ」
うん?矢を打たれる?
「おぉ、分かったか。お主の好いとる女児は、蹴玉のセンパイとやらに頼まれた縁結びの神が矢を刺してしもうたからな。明日の夕刻には刺さった矢が全部身体に入って、友希とやらの心はセンパイへと向かってしまうじゃろう」
何だって?
縁結びの神とやらが、友希を先輩とくっつけようとしているなんてどういうことだ。
「スワコ⋯⋯」
「スワコ様じゃ」
くそっ、すっかりペースに乗せられてしまっている。
「⋯⋯スワコ様、何でアンタは俺にそのことを知らせてくれるんだ?」
俺が質問すると、スワコ様は当然とばかりに胸を反らす。
「勿論!ワシが恋愛の神じゃからじゃ!!」
「え?だってスワコ様は縁を壊すんでしょ?逆じゃないか」
俺のツッコミにスワコ様はやれやれと首を振る。
「最近の若い者は、これだからのう。──確かにワシは縁を壊す。じゃが、それは縁結びの神が放った『運命の赤羽根矢』を壊すということじゃ!」
「その、何たら矢ってのは知らないけど、縁結びの神ってメジャーだろ?お願いして願いが叶うのならそっちの方がいいんじゃないのか?」
スワコ様は、いつの間にか俺がかけている神社の軒の隣に座ると口を開いた。
よく見ると、スワコ様には影がない。
照りつけるはずの日差しを浴びながら、その下にはあるべきはずの影が存在していなかった。
マジで神様。下手すれば、俺の幻覚かもな。
「お主!あやつらのやり口を知っておって──って、人間が知る由もないか。あやつらは、縁を結んだら結びっ放しでその後の、あふたーふぉろーとやらを一切せんぞ!ほれ聞いたことあるじゃろう?てれびとやらで、げーのーじんとかいう芸者共がポンポン婚約して数年後に、不倫、暴力、薬物なんぞで離婚するのを腐るほど見とるじゃろう?」
確かにそうだ、「え?この二人が付き合うってマジかよ!」と思うニュースを嫌でも見てきた。
スピード婚にスピード離婚。
テレビでは、必ず芸能ニュースでどちらの話題もピックアップされがちで、視聴者数を稼ぐためのコンテンツになっている。
「そもそも、くっつくはずでない者達を神の力で無理やりくっつけとるんじゃ。本人達が努力せん限り別れるのは自明の理じゃろうて」
やれやれとため息をつくスワコ様。
「あやつらは、恋愛成就という実績ができればええからの!番が成立した数ばっかり求めおって。じゃから、ワシのような縁壊しの神様は、そんなあいつらの矢を抜いて回っとるんじゃ!どうじゃ!偉いじゃろう?」
鼻息荒くスワコ様は縁側に立ち上がる。
「その、何とかっていう矢。抜けば友希は元に戻るのか?」
ドクンと俺の心臓が脈打った。
友希と共に何気なく過ごしてきた日々を思い返す。
そのどれもが当たり前のように存在してきていたため、俺はその有り難さ、アイツが隣にいてくれることの喜びを伝えてあげることをしていなかった。
「そうじゃ、あの女児。いつまで立ってもお主が煮え切らん態度を取っておったから、心配になっておったのじゃ。そこを縁結びの依頼を受けた神によって矢を打たれたんじゃ。心が不安定じゃから、矢もよう刺さっとる。助けるなら明日センパイとやらに告白する前じゃな」
くそっ!
俺のせいで、友希が離れていく?
しかも、縁結びの神様に依頼をしたのは先輩ということか⋯⋯。
先輩に対する怒りがよぎったが、すぐに俺は自分の怒りがいかに自分勝手なものであるか理解してしまう。
恋愛成就のために神頼みをする。
どこにでもあるよく聞く話だ。
そして、そんな願いを叶いやすくしてしまったのは、俺が友希に毅然とした態度を示していなかったから⋯⋯。
俺は顔を上げると真っ直ぐにスワコ様を見た。
「どうすれば、友希を取り戻せる?」
俺の表情をじっと見たスワコ様は、その覚悟の程を確認していたのか、やがてニヤリと笑った。
「よし!お主の縁壊しの願い。確かに受け取った!共に歪められた恋を壊しに行こうではないか!」