消えた手紙⑤
私とシャーロットが足を運んだのは貴族街に有る屋敷の1つだ。
馬車から飛び降りる様に現れた私達に、屋敷の警備をしていた兵士が一瞬警戒するが、私達が若い女性であるためか、警戒は戸惑いに変わる。
シャーロットは兵士の混乱が治る前に畳み掛ける。
「ご令嬢と面会したいのだけれど?」
「は、はい、失礼ですがお約束はお有りですか?」
「約束はないわ。シャーロット・ホームズとジーン・H・ワトソンが来たと伝えて頂戴。
全て分かっている、と」
「は、はぁ……畏まりました」
しばらくすると、兵士はメイドを連れて戻って来た。
そのメイドに案内され、私達は屋敷の一室に案内された。
その部屋は応接室ではなく令嬢の自室の様だ。
「ごきげんよう、ヒルダ様」
此処はトンプソン子爵家の邸宅であり、トレローニ教諭の婚約者であるヒルダ・トンプソンの自宅である。
私達を迎えたヒルダ嬢は化粧で誤魔化しているが、顔色が悪く、あまり寝れていない事は、医療魔道士である私の目には明らかだった。
「…………ごきげんよう、シャーロット様、ジーン様。本日はどの様なご用件でしょうか?」
「周りくどいやり取りは要りませんわ。全て分かっていると言付けた筈です」
「…………全てとは?」
「惚けるのも終わりにしましょう。
手紙ですよ、トレローニ教諭の寝室に有ったレターケースから盗んだ手紙を返して下さいな」
「な、なぜ、私が盗んだなどと……」
「脅迫ですわ」
「っ⁉︎」
シャーロットがピシャリと告げると、ヒルダ嬢の目に大粒の涙が浮かんだ。
「貴女はエドワルド・ルーカスに脅されてトレローニ教諭の手紙を盗み出した。そうですわね?」
「…………あの男は突然現れたのです。何処から手に入れたのか、かつて私がある男性に送った恋文を持っていたのです。まだ恋に憧れる少女だった頃の物です。勿論、ほとんどの子女の初恋がそうで有る様に、私の恋も何一つ花を咲かせる事なく終わりました。
私の中では少女の時分の淡い思い出になった事柄でだったのです。
私は家の為、伯爵家との縁を結ぶ為にトレローニ様と婚約しました。
初めはただの政略でした。
しかし、共に時を過ごす内に私はトレローニ様を愛する様になりました」
ヒルダ嬢は涙を拭いながら話を続ける。
「あの男は手紙を盗み出さなけれは手紙をトレローニ様に見せると言ったんです。そうなれば私は……」
「しかし、子供の頃の物でしょう?」
私は少々気にしすぎだと思ってそう言った。
子供の頃の淡い恋心くらいは誰しもが持つ思い出だ。
「それでも私にはとても重要な事だったのです。私の気持ちだけでは有りません。この婚約でトンプソン子爵家はホープ伯爵家と強く結びつきます。すでに幾つかの共同事業が始まっているのです。
万が一、私の婚約が破談になれば、多くの民の生活が破綻してしまうのです。
それにあの男は手紙はトレローニ様にとっては大して重要な物ではないと言ったんです。
今にして思えば、あんな男の話を信じた私が愚かだったのです。
でも……あの時はその言葉に縋るしかなかった…………」
彼女が行ったのは、この国を危険に晒しじかねない犯罪だ。
最適解はトレローニ教諭を信じてすぐに相談することだっただろうし、それはヒルダ嬢の理解している事だろう。
それでもヒルダ嬢は相談できなかった。トレローニ教諭がヒルダ嬢の貞淑さに疑いを持つと言う小さな可能性を否定できなかったのだ。
しかし、その小さな肩に多くの領民の生活を背負っている若い彼女の立場に同情の気持ちを抱かないと言うのは無理な話だった。
それはシャーロットも同じらしい。
「取り敢えず手紙を渡して頂戴悪い様にはしないわ」
そこで私は懐から懐中時計を取り出した。
時刻はホープ伯爵領から王都に向かっている魔導列車か到着する時間だ。
「シャーロット、もうすぐトレローニ教諭のお兄様が王都に到着するわ」
「ええ、さあヒルダ嬢、早く」
「は、はい!」
ヒルダ嬢は部屋の隅の本棚の本の1つから手紙を取り出した。
その手紙を持ち、私達はヒルダ嬢と共にホープ伯爵家の王都のタウンハウスに向かった。
馬車を急がせて到着した私達は、婚約者のヒルダ嬢が一緒だった事もあり、ずぐに屋敷に入り、トレローニ教諭のところに案内して貰えた。
トレローニ教諭は兄らしき紳士と暗い顔をして話し合っていた。
「トレローニ教諭」
「ん?ああ、ホームズ嬢、ワトソン嬢。2人とも今回は迷惑を掛けたね」
トレローニ教諭は疲れ切った顔で笑った。
「トレローニ、お前が責任を感じる必要はない。私のせいだ。自分の手でなどと考えず、お前に処分を頼んでいれば……」
「兄上……」
そんなじっとりとした雰囲気など意にも返す事なく、シャーロットは言葉を放つ。
「ところで、トレローニ教諭。手紙を保管していたレターケースは何処に?」
「レターケース?此処に有るが?」
「今、中身は空ですか?」
「いや、他の手紙も入っている」
「ではもう1度調べてみた方がよろしいですわね」
「無駄だよ。手紙の紛失に気づいた後、何度も調べた」
「それでも調べるべきですわ」
シャーロットがしつこく言うと、トレローニ教諭は渋々レターケースの中身を1枚1枚取り出してあらため始めた。
ヒルダはその光景を息を殺して恐々と見ている。
私は、そっと移動すると、メイドが用意してくれた紅茶のカップを持ち上げると、シャーロットの立ち位置が良い時分を見計らってカップを落とした。
焼き物で有るカップが割れると、甲高い音が鳴り響く。
トレローニ教諭と、教諭の兄の視線が反射的に私の方を向いた。
「失礼いたしました。手が滑ってしまって……」
私が謝ると、紳士で有るトレローニ教諭と教諭の兄は、先ず私の怪我を心配し、ついでメイドに片付ける様に指示を出した。
その背後でシャーロットが素早く手紙をレターケースの中に差し込む姿が見えたが、当然私はそれを指摘する事はない。
そしてトレローニ教諭がレターケースの確認に戻ってしばらく。
「そんな!信じられない!」
嬉しさを抑えきれない様な声で有る。
「有ったのか⁉︎」
「兄上!」
「おお!その手紙だ!間違いない!」
「まさか見逃していたなんて!」
「手紙を無くしたと勘違いしたトレローニ教諭は動揺して別の手紙の隙間に入り込んだ宝物を見逃したのですわ」
「なんて事だ!しかしホームズ嬢、君はなぜ気がついたんだい?」
「簡単な事ですわ」
シャーロットはいかにも推理によって手紙の在り処を言い当てた様子で語る。
「それは未だに問題が発生していないと言う事が理由ですわ。手紙が紛失してから随分な時間が流れたのに何の問題も起きていない。ならば、手紙は初めから盗まれてなどいなかったのではないか、と考えたのですわ」
胸を張って言い切ったシャーロットには不思議な説得力が有った。
「トレローニ様」
恐る恐ると行った様子でヒルダが声を掛けると、トレローニ教諭は破顔してヒルダを抱きしめた。
「ヒルダ、君にも心配を掛けたね。詳しくは話せないが、これはとても喜ばしい事なんだ」
そうして喜び合いはしゃぐトレローニ教諭達に付き合うつもりは無いので、私達は早々に屋敷を後にした。
ベイカー領に帰る道すがら、私とシャーロットはどちらからともなく互いの手を打ち鳴らすのだった。




