王女と王都をいく
「ちょ、ちょっと、頭を上げてください!」
俺は慌ててリルアを制止した。
王族に頭を下げられるとか、どんな地獄絵図だよ。
「いえ……上げません。ヴァレス様に返事をもらうまでは」
「な、なにを……!」
もう滅茶苦茶だな。
可愛い顔して、なかなかに大胆な王女様だ。もしくは、そこまでする必要があるほどに追い詰められているということか。
しかも《ヴァレス様》とはどういうことだ。
「ああもう……わかりましたよ。話聞きますから、顔を上げてください……!」
「ほんとですか⁉」
声のトーンを数段上げ、俺に視線を戻すリルア第四王女。
その表情はめちゃくちゃ輝いており――不覚にも可愛いと思ってしまった。
「もちろん、ただでとは言いません。ヴァレス様は私たちの恩人でもありますし……まずは王城でゆっくりお話させていただけませんか?」
「王城……」
ま、まあそうなるよな。
なんとなくそうなる予感はしてたけど……
「あの、やっぱり俺逃げてもいいで……」
「ささ、行きましょうヴァレス様♡」
無理やり腕を絡ませ、王都へと進み始めるリルア。
やばいやばい。
柔らかいもんが当たってるんだが……!
「ちょ、リルア王女殿下、なにを!」
ミュラーが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「王女様が男性とそのように歩くなどと……! あらぬ噂が飛び交います、おやめくださいっ!」
「あら。あらぬ噂じゃないかもしれないじゃないですか」
「ななっ……!」
顔を引きつらせるミュラーだったが。
数秒後には「はぁ……」とため息をついた。
「申し訳ないなヴァレス殿。リルア様は言い出したら聞かぬのだ」
「はい……そんな気がしています」
おしとやかに見えてめちゃくちゃ強引。
それが、このリルアという王女なのかもしれない。
俺はため息をつきつつ、密着して離れないリルアを見下ろした。
「でも王女殿下。このままでは歩きにくいので……すみませんが、もう離れていただいてもいいですか?」
「え? なに言ってるんですか?」
リルアが目を丸くする。
「王城に着くまでずっとこのままですよ。当たり前じゃないですか」
「えっ」
めちゃくちゃ嫌な予感がするんだがそれは。
「な、なんであいつが王女様と歩いてんだ⁉」
「しかも羨ましいモンが当たってるじゃねえか⁉」
「外れスキル所持者の分際で……!」
王都。その大通りにて。
俺の嫌な予感は、見事に的中することとなった。
リルアと腕を絡ませて歩く俺を、通行人たちがあんぐり口を開けて見守っている。
それはもう大騒ぎどころの話じゃない。
なにせ俺は、ついさっき無能扱いされていたばかりだからな。
それが王女をともなって帰ってくるとか……普通に考えておかしすぎる。
「どうですか……? ヴァレス様」
「な、なにがです?」
「この国は《外れスキル所持者》に厳しすぎますからね。これで少しくらい気が晴れたらいいなーと思っていたのですが……」
「リルア王女殿下……」
そうか。
突拍子もないことを言っているように見えて、俺のことをきちんと考えてくれたんだな。
俺が王女と関わっていることが知られれば、迂闊に馬鹿にできないだろうし。
「いや、違うと思うぞヴァレス殿」
と思っていたのだが、後ろを歩くミュラーが真顔で耳打ちしてきた。
「いまのは方便だ。王女殿下はただヴァレス殿にくっつきたいだけで、それ以外はすべて後付けに過ぎん」
「ちょ、ミュラー⁉ せっかく良い雰囲気になってたんだから、余計なこと言わないでよ⁉」
「なにをおっしゃいますか。事実でしょうに」
「あんた……いつか不敬罪で訴えてやるぅ」
「は、ははは……」
なんというか……この二人、思ったより仲良いんだな。
王女と近衛の関係だし、それも納得はいくが……
二人とも、思ったよりとっつきやすい性格をしているのかもしれない。
「それにしても……王女殿下」
俺は後頭部を掻きながら言った。
「さ、さすがにもう離れません? 恥ずかしいんですけど……」
「あら。そうはいきませ……」
「リルア王女殿下っ! なにをしていらっしゃるのです‼」
ふと、野太い男の声が響き渡ってきた。