おい、王女に頭下げられてるんだが
「なるほど、アルゼルド家の子息か……どうりで強いわけだ……」
女剣士が不思議そうな顔で腕を組む。
「だが、追放されたとはどういうことだ? なにかあったのか?」
「…………」
そうか。
この二人は、まだ俺が外れスキルを授かったことを知らないんだな。
「外れスキルを授かったんですよ。俺は……剣聖になれなかった」
「なに⁉ 冗談だろう⁉」
女剣士がぎょっと目を見開いた。
「ベルグマを一撃で屠っておいて剣聖じゃない⁉ なにを言ってるんだ!」
「へ……?」
なにを言ってるんだこの女は。
「ベルグマくらい一撃で倒せるでしょう? たいして強くないですし……」
「…………」
唖然と口を開けっぱなしにする女剣士。
そしてそのまま少女に歩み寄ると、コソコソと耳打ちをした。
「……私は聞き違えたのでしょうか? あのベルグマをして《強くない》とは……」
「いえ、私にもそう聞こえました……」
あれ。
もしかして変なこと言ってしまっただろうか。
この世界はVGOに似てはいるものの、全部が全部同じではないからな。今回のように、会話の噛み合わないことが多々あった。
「姫様。この青年……仲間にすれば力強いかもしれませんよ」
「ええ。私もそう思いました」
そう言うなり、少女は改めて俺を向き直った。
「すみません、ヴァレスさん。自己紹介がまだでしたね」
そしてスカートの両裾を掴むと、妙に上品な仕草で頭を下げる。
「私の名はリルア・ミ・ヴァルガンド。我が国の第四王女です」
「え……⁉」
おいおい、王女ってマジか。
かなり偉そうな人だとは思っていたが、そこまでとは……!
俺の反応をどう思ったか、リルアは控えめに苦笑を浮かべた。
「いえ、驚かれるのも無理ありません。諸事情あって公の場には姿を現してませんから、知らないのも道理でしょう」
「諸事情あって……」
さっき魔物に襲われていたことといい、たった二人で草原を歩いていたことといい……なかなかに根深い事情がありそうだな。
例によって、この国のことはなんにも知らないわけだが。
「そしてこの方は私の護衛、ミュラー・リンダースさんです」
リルアが女剣士に片手を差し出すと、ミュラーと呼ばれた女剣士はさっと頭を下げた。
「ご紹介にあずかったミュラー・リンダースだ。リルア王女殿下の近衛兵を仰せつかっていてね。さすがにベルグマを一撃で倒すのは無理だが……王国でもそれなりの実力はあると自負している」
「はい、こちらこそよろしくお願いしま……って、え?」
ちょっと待て。
ミュラーはいまなんと言った?
ベルグマを一撃で倒すのは無理だが、王国でもそれなりの実力者……?
俺のその動揺を見抜いたのだろう。
「ヴァレスさん、あなたはあのベルグマをほぼ一瞬で倒しましたね?」
リルアが実に鋭い質問を投げかけてきた。
「ま、まあ……そうなるんですかね。でもたぶん、ベルグマもミュラーさんとの戦闘で疲弊していたはずですし……」
「残念ながら、私はあいつに攻撃らしい攻撃を浴びせられなかった。ベルグマは相当に厄介な魔物でね。そいつを――あんたは《一撃で倒せる魔物》と言ったな?」
「ぐぐっ……!」
しまった。
やはりそうだったんだ。
この世界はVGOに準拠してはいるものの……全部が全部同じではない。
ゲームにはなかったアイテムを何度か見たことあるし、逆にゲームに存在したはずの魔物がいなかったりもする。
まあ、それでもほぼ誤差みたいなものだったので、さして気にしていなかったのだが……
この世界では、ベルグマが強いことになっているんだ。
「しかもヴァレスさん。あなたのすごさはそれだけに留まりません」
リルアは自身の胸に右手をあてがうと、静かに俺を見据えて言った。
「深かったはずのミュラーの傷を、あなたは一瞬で治してみせました。あれは……なんですか?」
「い、いやーなんでしょうね。ははは……」
この状況で光魔法のことを漏らすのは非常にまずい。
そう直感した俺は、後頭部を掻いてこの場を逃れようとする。
……ああ、それにしてもリルアってめちゃくちゃ綺麗だな……
胸も大きいし……って、そうじゃなくて。
「あ、あの、俺ここいらで失礼していいですか? 王女殿下と俺が話すなんてもったいな――」
適当な言い訳で逃げようとした俺だったが。
次の瞬間、とんでもない光景を目の当たりにした。
「お願いです、ヴァレスさん……! 私たちを、助けてください……!」
第四王女に、深々と頭を下げられたのだった。