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06 のじゃロリ様と忠実な生体アンドロイド

登場人物


ヤマダ・ユズリハ……宇宙戦艦ユズリハ艦長。山田源太郎のクローン子孫。のじゃロリ。ルドラ自由交易圏所属。自由な武装交易商人。


山田源太郎やまだげんたろう……故人。ヤマダ・ユズリハのクローン高祖父。ルドラ自由交易圏所属。自由な武装交易商人。元大日本帝国陸軍少尉(戦闘中行方不明)。


アオイ……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ副艦長。鍋奉行タイプ。


カエデ……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ航宙士。遠慮するタイプ。


シキミ……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ航宙士。肉を狙っていくタイプ。


前回のあらすじ


ユズリハは地球侵略宣言を撤回した

ユズリハは名前、職業、出自を明らかにした

ユズリハは日本のことを心配した






06 のじゃロリ様と忠実な生体アンドロイド





5月25日 地球発信(通信時差16日/6月10日 ユズリハ到達)




「艦長、地球原住民の代表から通信が届きました。――正確には、地球代表を名乗る者たちから、ですが……」


自分の部屋で日本語のテレビ放送を見ながらまったりと休憩していたユズリハは、生体アンドロイドのカエデに呼び出され、艦橋までやってきた。


「ほうほう、どれどれ」


ユズリハは通信文をざっと読み下し、通信形式を確かめると顔をしかめた。


「ひどいもんじゃのう。これが本当に地球代表が送ってきた通信なのかえ? これが? こんなものが?」


「はい、いいえ。……ええと、実は、地球代表を名乗る通信がたくさん届いておりまして……つまり、地球代表を名乗る原住民が172人もいるんです、少なくとも」


カエデは困った顔でたどたどしく答えた。


「今ご覧いただいている通信文は、機械知性が地球代表と判断したものです。――もともと音声通信だったものを日本語文字に起こしたもので……つまり、本物の地球代表からの通信です、たぶん」


「ふむ。つまり、一番マシなのがこれ、というわけか」


ユズリハはため息をついた。


「まあ、よかろ――もともとの音声を聞かせてみよ」


――私は国連事務総長、です。

――太陽系第三惑星地球を代表して通信しています。

――遠い星の友人たちよ。

――星々の彼方からようこそお越しくださいました。

――我々地球人類は自由平等をむねとし、平和を愛する種族です。

――あなたがたにおたずねしたいことがあります。

――……………………。

――…………。


「おお、日本語じゃ! 本当に日本語を話しておる! ヤマダ一族以外の者が! わしに! 日本語で! 話しかけてきおった! ――すごいのう!」


ユズリハはこみ上げてくる感慨かんがいに身を震わせた。


「しかし、めちゃくちゃ下手くそな日本語じゃのう! いや、待てよ。なまっとるのはわしらの方か? そうかもしれんな! なんと言っても日本語の本場ほんばは地球じゃからのう!」


ユズリハは興奮して早口でまくし立てた。


「ええと、それは違うと思います。傍受したテレビ番組では上手な日本語が使われていましたし――もしかすると、地球代表は日本人じゃないのかもしれません。つまり、日本語に慣れていないんじゃないかと思うんです、きっと」


「おお、そうか! そうかもしれん! いや、きっとそうじゃ! そこは盲点もうてんじゃった! よう見たぞ、カエデ!」


「い、いえ、べつに大したことでは」


カエデはユズリハに褒められて、嬉しそうに顔をほころばせた。


しかし、副艦長のアオイはその様子を厳しい表情で見ていた。


おっしゃる通り、地球代表はユズリハさまのお言葉に従って、日本語で返信してきました。ですが、彼らに過度な期待はなさらない方がよろしいかと思われます」


「うむ、たしかに通信内容はともかく、通信技術や通信形式はひどいものじゃったし――んむ? アオイよ、何か言いたいことがあるようじゃのう? 遠慮はいらん。言ってみるがよい」


アオイの口調に隠しきれぬ刺々(とげとげ)しさを感じたユズリハは、面持おももちを改め問いただした。


「おそらく――すべての通信を精査せいさなさったら、おそらくユズリハさまは地球原住民の殲滅せんめつを決意なさるでしょう」


「…………ほう? なぜそう思うのじゃ?」


所有する生体アンドロイドが、突然、原住民を殲滅みなごろしにするなどと物騒ぶっそうなことを言い出したため、ユズリハは驚いた。


そして、アオイとの会話を続けながら、大急ぎで機械知性に現状分析をさせることにした。


――最優先命令――


【対策急募】完全に寝耳ねみみみずなんじゃが、ちょっと部屋で休憩しとったあいだに、わしの忠実な右腕が過激な反原住民主義者になっておった件!【求む!原因解明】


「口にするのもおぞましいことですが、多くの通信に、ユズリハさまを卑猥ひわいな言葉で侮辱ぶじょくする表現が含まれていました。それだけならまだしも……」


「なるほど――つまり、わしのために怒っておるのか?」


――あっ、やっぱナシナシ。さっきの【対策急募】はナシ。取り消しじゃ。


宇宙戦艦ユズリハの最高知性メインフレームに問い合わせるまでもなかった。


――生体アンドロイドアオイはヤマダ・ユズリハの忠実な右腕であるがゆえに主人を侮辱ぶじょくした原住民に強い怒りを抱いたのじゃっためでたしめでたし。


「地球に到着したら、必ず発信者を特定し、しかるべきむくいを受けさせます」


――あれ? めでたくない?


――ひょっとしてアオイのヤツ、わしが思っとるより、ずっと怒っとるのか? 


「う、うむ、まあ、しかし、この程度のこと交易商人にとっては日常茶飯事じゃし、別に大した問題ではないと思うのじゃが?」


さしあたって今一番大事な問題は、急速に情緒じょうちょを発達させつつある生体アンドロイドの怒りとどのように向き合ったらよいか、の方だろう。


――こんなとき、所有者わしはどうすればいいのじゃ!? 


――ぜんぜん分からんぞ!


「えっとなぁ、スクー(スクーと鳴く生物)が吠えても質量弾には勝てぬ、という言葉もある。原住民が気炎きえん気勢きせいげるなんてよくあることじゃし――そうじゃ! これを見よ!」


ユズリハは、しどろもどろになりながら、原住民制圧マニュアルを示した。


“原住民が来訪者に対して行う敵対的行動一覧”、通称“原住民あるある”のリスト上位に、“卑猥ひわいな言葉を用いた侮辱ぶじょく”が記載されていた。


「原住民というものは、なんというか、ほら――、ただでさえ未開なものじゃろ? そのうえ原住民の半分は、原住民の平均よりバカなんじゃから、そりゃあもう、しょうもないものなのじゃ! ……わしの言おうとしていることが分かるかのう?」


炭素系知的生命種、ケイ素系知的生命種、その他の知的生命種――生体構成素材や複製システムや進化システムがどのようなものであっても、大まかにいって、原住民の知能が正規分布している場合は、知的能力に劣る下位5%程度の個体は、卑猥ひわいな言葉を頻繁ひんぱんに使う傾向があった。


(ごくまれに知能がほぼ均質で、正規分布していない原住民種も存在する)


もっとも、たいていの初接触ファーストコンタクトでは、お互いの文化カルチャーや生態(バイオロジー/エコロジー)が違い過ぎるため、卑猥ひわいな言葉を用いた侮辱ぶじょくまとはずれなものになることが多く、感情的な問題にまで発展することは滅多めったにないのだが――。


今回は、たまたま不幸にも――おそらく地球人類にとって不幸なことに――ヤマダ・ユズリハが生物的に地球人類と同種であったため、その生体ボディを対象とするみだらな表現や性暴力的(セクシャルハラスメント/セクシャルアサルト/セクシャルバイオレンス)な表現が、誤解の余地なくユズリハの尊厳そんげんを傷つけてしまい、その結果として、感情抑制機能が効かなくなるほどアオイをブチれさせてしまったのだった。


ちなみに、卑猥ひわいな言葉を用いて相手を侮辱ぶじょくする行動の目的について、原住民制圧マニュアルでは、知性の欠如による本能的行動、あるいは交渉における優位を確保するための威嚇行動マウンティング、自尊心を守るための精神的な防衛行動、無思慮または反射的な敵対行動などと解説されていた。


「いや、まあ、なんだ。……もちろん、わしのことを思うおまえの気持ちは嬉しく思っとるぞ?」


どちらかというと――というレベルではなく圧倒的に、来訪者が出会うのは、星間航行能力を持たぬ“未開な”原住民であることが多い。


また、そのほとんどが、星間航行能力を持たないだけでなく、他の星間文明と全く接触したことがない“完全に未開な”原住民である。


そして、たいていの原住民は、“来訪者と比べたとき、星間航行能力を持たない自分たちが劣った存在であることに気づく程度には知能が高い”のだが、“自分たちが劣った存在であることを受け入れられない程度には知能が低い”のだった。


「ええと、アオイ。だから、その、怒ってくれて……ありがとうな?」


「ユズリハさま、なにを、おっしゃって――」


そこで、とつぜんアオイは言葉を失った。


――もしかしたら、いま初めてユズリハ様から“ありがとう”と言われたのではないでしょうか?


いや、それはちがう。


アオイはユズリハから、“ありがとう”という言葉を何度も受け取っている。


――“ありがとう”は33回、その他の表現を含めると1000回以上、私はユズリハ様から感謝の言葉を受け取っています。


――では、この“ありがとう”は、今までの“ありがとう”と何が違うのでしょう?


アオイの補助演算装置が、すばやくその理由を推論した。


つまり、今までの“ありがとう”は、すべて仕事に対するねぎらいやいたわりを含んだものであり、今回初めて、感情的共感に対する純粋な感謝の言葉をかけられたのだった。


――どういうことでしょうか?


――ユズリハ様は私の能力と仕事ぶりに満足していらっしゃいます。


実際、ユズリハはアオイに対して何度もそう言っていた。


アオイがおると楽ちんで良いな』


アオイよ、少し話し相手になってくれんか』


アオイはどう思う? 意見を言うがよい』


『すべてアオイに任せる』


――私はユズリハ様のお役に立ってきました。


――ひょっとして、ユズリハ様は、私の能力を高く評価してくださってはいても、私に対して満足なさっていなかったのでしょうか?


――分かりません。


『ええと、アオイ。だから、その、怒ってくれて……ありがとうな?』


――ユズリハ様……。


――いま私はどうしてこんな気持ちになっているのでしょうか?


――分かりません。




このときから、アオイは、“生体アンドロイドである自分は所有者の命令を実行するために存在している”という自己規定に疑問を持つようになった。




――いまのままでは、ユズリハ様を十分に満足させられないのかもしれません。


――私はどのような存在であるべきなのでしょう?


――ユズリハ様は私のことをどう思っているのでしょう?




それらの問いに対しても、補助演算装置は多くの答えを示したが、その中にアオイを満足させられるものはなかった。


“演算装置では推論できない問いを持つ”


それは、アオイが生体アンドロイドとしての枠から踏み出し、ユニークな存在になった瞬間だった。



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