05 のじゃロリ様と光速通信
登場人物
ヤマダ・ユズリハ……宇宙戦艦ユズリハ艦長。山田源太郎のクローン子孫。ルドラ自由交易圏所属。自由な武装交易商人。のじゃロリ。黒髪。
山田源太郎……故人。ヤマダ・ユズリハのクローン高祖父。ルドラ自由交易圏所属。自由な武装交易商人。元大日本帝国陸軍少尉(戦闘中行方不明)。
葵……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ副艦長。従順。
楓……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ航宙士。真面目。
樒……ヤマダ・ユズリハ所有の生体アンドロイド。宇宙戦艦ユズリハ航宙士。ずぼら。
秒の定義
※山田源太郎の知識/定義
「1秒は1日の86400分の1」
「1日は地球の自転1回分」(およそ23時間56分ということは意識していない)
※ヤマダ一族による地球秒の定義(ヤマダ地球秒/ヤマダ秒とも)
「地球秒は、ルドラ自由交易圏の標準重力下で、山田源太郎が所持していた地球産時計(腕時計)の秒針が進むのに要する時間(もっとも古い連続計測値86400秒の平均)とする」
※実際の定義
1799年「秒は1平均太陽日の86400分の1」(フランス/メートル法)
1956年「秒は暦表時1900年1月0日12時の回帰年の31556925.9747分の1」(国際度量衝総会)
1967年「秒はセシウム133原子の基底状態にある2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の9192631770周期の継続時間」(国際度量衝総会)
前回のあらすじ
ホワイトハウスは宇宙船の軌道を分析
ホワイトハウスは宇宙船の迎撃を計画
ホワイトハウスは宇宙船の行動を予想
05 のじゃロリ様と光速通信
4月21日 ユズリハ発信(通信時差35日/5月26日 地球到達)
宇宙戦艦ユズリハ艦橋。
1回目の通信から、ちょうど1艦内周期が経過したところで、ヤマダ・ユズリハは葵に話しかけた。
「そろそろ次の通信を送ろうと思うのじゃが、どうかの?」
「はい、通信時差を考えると、ちょうどよい頃合いです」
「うむうむ。で、あろう?」
ヤマダ・ユズリハは艦長として満足だった。
自分より優れた副艦長がいると話が早くていい――楽ちんだ。
現在の通信時差はおよそ1.2艦内周期(地球時間でおよそ35日)。
前回の通信より少し通信時差が縮まっている。
いま2通目の通信を送ると、前回の通信から29時間ほど遅れて地球に届く計算だ。
◇ ◇ ◇
なお、ここでいう地球時間とは、厳密な定義にあてはめると地球時間ではない。
ルドラ自由交易圏からは、地球の自転周期を観測できないからだ。
そこで、ヤマダ一族は、山田源太郎が所持していた地球産時計(腕時計)の秒針の動作間隔を元に、仮の地球時間を定義していた。
「1秒は1日の86400分の1」「1日は地球の自転1回分」――ヤマダ一族の始祖、山田源太郎の知識に基づく、いわゆるヤマダ地球時間である。
現在、宇宙戦艦ユズリハをはじめ、ヤマダ一族が管理する施設では、局所限定周期として、1周期を24時間とするヤマダ地球時間が用いられていた。
◇ ◇ ◇
ともかく、ヤマダ・ユズリハは、副艦長である葵の賛成を受けて、さっさと2回目の通信を送信し、侵略宣言を撤回することにした。
実際には1回目の通信はまだ地球に届いていないのだが、いずれにせよ、1回目の通信の到着から2回目の通信の到着まで、29時間の間隔をあけておけば、すべての地球政府は原住民たちに通信内容を周知することができる。
たとえ地球政府が原住民に何も周知しなかったとしても構わない。
ユズリハが原住民に1艦内周期の周知期間を与えたことが重要だ。
これで、山田源太郎の遺言を執行するにあたって十分な配慮をした、と主張することができる。
わざわざ地球までやってきたからには、ユズリハは誰にも文句がつけられない完璧な手順で山田源太郎の遺言を執行するつもりだった。
「あー、あー、ワレワレハ、ウチュウジンダ(我々は宇宙人だ)」
「ミカイナチキュウジンヨ、ワレワレガ、オマエタチヲシハイスル(未開な地球人よ、我々がおまえたちを支配する)」
「オトナシク、コウフクセヨ(おとなしく、降伏せよ)」
ここで、ユズリハは葵に扇風機のスイッチを切らせた。
「――なーんちゃって、さっき言ったことは全部冗談じゃ」
ちなみに、1艦内時間前に送信した1回目の通信が地球に到達するのは、およそ32日と19時間後(5月25日)――2.7艦内周期後。
今から送る2回目の通信が地球に到達するのは、およそ34日後(5月26日)――2.8艦内周期後。
1回目の通信を受け取った地球政府がすぐに返信したとして、最初の返信が宇宙戦艦ユズリハに届くのは、早くても地球時間で60日ほど先――3.3艦内周期後と計算されていた。
実は、ユズリハは、このへんの計算を自分でしたことがない。
亜光速移動中の艦内周期と現地時間の兼ね合いはややこしいものなのだ。
知っているのは、光速に近くなればなるほど、艦内の時間の進み方が遅くなり、艦外の時間の進み方が速くなることだけだ。
(そして、必ず加速や減速をするので、その計算はさらにいっそう複雑怪奇になる)
だが、それで十分だった。
亜光速航行中に起こる時間のズレの把握は、ユズリハの仕事ではない。
そんなことは、機械知性や人造知能に任せて、計算結果を受け取るだけにするのが合理的だ。
ユズリハの仕事は、徐々に通信時差が短くなっていく状況を利用することであり、接近しながら一方通行の光速通信を送りつけ、交渉を有利に進めていくことである。
「地球のみなさん、こんにちは。ご機嫌はいかがかのう? こちらはルドラ自由交易圏所属、宇宙戦艦ユズリハじゃ。わしは艦長のヤマダ・ユズリハ。現在、地球からおよそ10単位の距離におり、加速しながらそちらに接近しておる。では、一応、星間航宙法の規定に則って、標準信号を送るぞ――」
ユズリハは言葉を止め、標準入港信号を挿入するための間――動画の編集点を作った。
「今のが標準信号じゃ――所属、艦名、艦長名、予定航路などが分かるようになっておる。手順通りに標準信号で返信してもらえればありがたいが、今回は、その辺には頓着しておらんから、安心せよ。――さて、それではあらためて挨拶しようかの。こちらはルドラ自由交易圏所属、宇宙戦艦ユズリハ。わしは艦長のヤマダ・ユズリハじゃ。職業は交易商人――厳密には“自由な武装交易商人”と名乗ったほうが正確かのぅ。わしが日本語を話しておる理由は、大日本帝国で陸軍少尉をやっておった山田源太郎の四世代目の複製子孫だからじゃ。地球に向かっておる理由は、死んだ山田源太郎の遺言を果たすためじゃな。……とりあえず最初に説明しておくべきことは、こんなものかのう。質問があれば受け付けるが、いましばらくは日本語の質問にしか回答できん。以上じゃ。では、またの」
これでよし、と。
誤解は早めに解いておくに限る。
もともと地球を侵略するつもりなど無い。
山田源太郎の遺言は重要だが、必要以上に地球の原住民たちをパニックに陥れることを、ユズリハは望んでいなかった。
なにより、侵略者だと思われたままだと、残りの遺言を執行するのに支障をきたすかもしれない。
「樒、いま撮ったものを適当に編集して送信せよ」
「了解。――編集、完了。送信しました」
樒は適当に編集して送信した。
「うむ。……しかし、地球の原住民は、前回の通信で送った冗談を楽しんだであろうか?」
少し考えてから、ユズリハは副艦長の葵に話しかけた。
「もちろんです、ユズリハさま。少なくとも大日本帝国の臣民は――日本国民は大いに楽しんだに違いありません」
山田源太郎が言うには、“日本人は扇風機を使ったこの冗談が大好きなので、聞けば間違いなく大笑いする”ということだった。
「どうかのう……大ジイの奴、たまに――しょうもない大法螺を吹いとったからのう……。それにしても、はた迷惑な遺言を残してくれたものじゃわい」
そもそも、この話はおかしい。
いきなり支配すると言われて大笑いする原住民がいるだろうか?
だとすれば、日本人はそろいもそろって全員が変態だ――変態ぞろいの変態民族ということになる。
「わしの祖先が、そんな残念な民族であるはずがない! とは思うのじゃが……」
ユズリハは源太郎の言葉を疑っていた。
「なんにせよ、まるで情報が足りないのう……」
この1艦内周期のあいだ、地球の広域放送を傍受したことで、いくつか判明したことがある。
日本語放送が行われていること。
日本と日本人と日本文化が残っていること。
大日本帝国が日本と名乗るようになっていること。
英米が列強国として存続していること。
中露が列強国となっていること。
――などである。
宇宙戦艦ユズリハの機械知性は、それらの情報を統合し、日本が英米との戦争に敗けたと分析していた。
◇ ◇ ◇
「ユズリハさま。大日本帝国を滅ぼした国が判明した場合、報復攻撃をいたしますか?」
分析結果を踏まえて、葵が確認した。
「ん? 大ジイ源太郎の遺言は“大日本帝国と日本人が困っていたら助けろ”じゃろ? “過去に日本人を困らせた者の子孫を探し出して攻撃せよ”なんて項目はなかったぞ?」
「おっしゃる通りです。しかし、山田源太郎さまは報復攻撃を禁止してもいません。そのうえ、地球の原住民は星間法による保護の対象ではありません。ユズリハさまの裁量で自由に取り扱うことができます」
「……ふむ。それなら、原住民の取り扱いについては、すべてわしの趣味の問題というわけじゃな……」
その問いは、ユズリハにとって悩むまでもないことだった。
「わしの心は決まっておるが、念のために、おまえたちの意見を聞いておこう」
葵はユズリハの目の前に進み出て、主人に対する最敬礼をした。
「私はむろん、ユズリハさまの御意のままになさるのがよろしいかと考えます」
一方、突然意見を求められた楓は、身体を強張らせ、ぎこちなく答えた。
「…………あわわわわたしは、特に意見はありません」
そして最後に、ぼそぼそと樒が答えた。
「原住民、どうでもいい――どっちでもいい、です」
「うむ、おまえたちの意見は分かった」
分かったのは、つまり、生体アンドロイドたちの人格や自我がまだまだ未発達ということだ。
「結論から言うと、わしに未開な原住民をいたぶる趣味は無い」
この星間航行のために作られたばかりなので仕方ないことだが、彼女たちヤマダ・ユズリハが所有する生体アンドロイドには、圧倒的に実際の経験が不足していた。
記憶情報には、基本的な問題解決手順や、ヤマダ一族所有の生体アンドロイドから引き継いだ知識や経験が保存されているものの、それらはやはり借り物に過ぎない。
ユズリハは、さしあたり今後は意識的にたくさん会話をするようにして、もっと生体アンドロイドたちの個性を伸ばそうと考えた。
「もちろん、交易商人は実利優先じゃ。己の利益を確保するためには、文言を恣意的に解釈する程度の狡猾さは必要不可欠と言える」
三体のアンドロイドは黙って聞いていた。
――果たして、アンドロイドにこんな話が伝わるものなのか?
――いや。まず、わしが彼女たちを人間としてあつかわなければならんな。
「しかし、だからこそ、ちょっとした優越感を感じるためだけに資源を浪費するなどという行為は軽薄千万。もってのほかの愚行である。交易商人であるヤマダ一族の美学に反するものと心得るがよい」
「承知いたしました」
三人は静かに頭を下げた。
あえて周囲に宣伝したことは無いが、ヤマダ一族は始祖山田源太郎の代から、機械知性や人造知能が個性を持つことを歓迎してきた。
そして、彼らが所有者に対して批判的な人格を持つことを好んだ。
すべては、山田源太郎が残した“絶対服従な部下ほど危険なものは無い”という言葉の影響である。
その意味するところは、人造知能に反乱を起こされて殺される危険性よりも、人間が出した間違った命令を人造知能がそのまま実行してしまい事故死する危険性の方が高いということだった。
「まあ、とりあえず、この時間座標系に日本が存続していることを喜ぼう。もし日本が滅びておったら、地球に着いてもほとんどやることが無いところじゃったからのう……」
しかし、他にも――
ヤマダ一族が生き残っているか。
なぜ大日本帝国は日本と名乗るようになったのか。
本当に、日本人は全員ド変態なのか。
米英中露の列強国が日本や日本人を困らせていないか。
宇宙戦艦ユズリハ艦長――ヤマダ・ユズリハには、まだまだ心配すべきことが残されていた。
「とはいえ、一番心配なのは、地球原住民たちが、わしのことをいきなり原住民を支配しようとする乱暴者じゃと誤解しておらぬか、ということじゃがのぅ……」
おまけ
ユズリハ、テレビ視聴開始
……
並列脳080が評価値200のラジオ聴取体験を行いました。
記憶は外部記録装置に保存されます。
並列脳011が評価値720のテレビ視聴体験を行いました。
並列脳011が記憶の同期を求めています。
並列脳006が評価値833のテレビ視聴体験を行いました。
並列脳006は実際の視聴を推奨しています。
所要時間は約24分です。
並列脳054が評価値25のテレビ視聴体験を行いました。
ユニーク体験と認定されました。
エピソード「このクソアニメが!」と名付けられました。
並列脳054が記憶の同期を求めています。
並列脳036が評価値380のテレビ視聴体験を行いました。
記憶は外部記録装置に保存されます。
……
並列脳011の記憶が同期されました。
記憶同期に伴い一部の体験の評価値が変動しました。
並列脳054の記憶が同期されました。
記憶同期に伴い一部の体験の評価値が変動しました。
……
警告! クソアニメを実際に視聴するべきではありません。
……
警告! 記憶削除にはリスクがあります。
警告! 記憶削除により期待されるストレスの低減値が記憶削除のリスクに見合っていません。
……
記憶削除に成功しました。
自己同一性の変動は許容範囲内です。