第四話 聖剣使いの忍、いざ参る
アクシス遺跡の最奥には、大きな空間が広がっていた。
光の橋が架けられたその先には、より一層黄金に輝く聖剣――――アクシスカリバーが突き立てられている祭祭壇があった。
「――――さて」
そこに、エクスが現れた。光の橋を渡っていき、さも当然の様に聖剣を引き抜く。
「もっと奥深くにしまっておくか……」
エクスが聖剣を使い、轟音と共に地面を切りつける。まるで地獄に続くかの様な大きな穴を開けた。その穴に聖剣を投げ込み、地面奥深くに突き立てる。
手から魔法陣の様な幾何学模様を作り出し、それを聖剣に張り付けた。
するとどうしたことだろうか。地面の穴はいとも簡単に塞がってしまった。
「ま、こんなもんでいいか」
そう笑って離れようとした時、地面が突如として揺れ出す。
上のオルター・エゴ達が暴れている振動ではない。ここはそんな事で揺れる様な浅い場所ではない。
それでは何だ? とエクスは疑問を浮かべるが、答えはすぐにわかった。
地面の奥底から、聖剣アクシスカリバーが飛び出したのだ。聖剣はエクスにも目にもくれずに、どこかへと飛び去っていく。
「――――まさか」
疑問が解消され、エクスは笑みを零して聖剣を追いかけた。
◇
光一が全身に力を入れて、再び立ち上がろうとしたその時だった。
黄金の光の軌跡がオルター・エゴを薙ぎ払い、その場にいるオルター・エゴを切り刻んだかと思うと、光一の目の前で宙に佇んだ。
それは、黄金に輝く剣だった。その柄には、中心に『魂の写し鑑』を淹れる為の窪みが存在しており、更には『Axis』と丁重に刻まれていた。これが聖剣アクシスカリバーなのだと、光一でも理解できた。
「……ありがとうございます」
そう光一が聖剣にお礼を言うと、再びどこかで悲痛な叫びが聞こえた。
光一がどこにいるか、またすぐ目の前に聖剣が滑空して現れる。
「すいません。聖剣にどんなお礼をすればいいのか分からなくて……」
聖剣は何も答えず、ただ光一の目の前に浮かぶだけだ。
「……まさか、俺に、力を貸してくれるんですか?」
聖剣は頷くように、地面に突き立った。
「……ありがとうございます」
また一つ頭を下げると、聖剣の柄を握る。
「――――アクシスさん! 聖剣の力、お借りします!」
聖剣を引き抜き、いつの間にか白く輝いていた『魂の写し鑑』を窪みに差し込んだ。
黄金の光が光一の姿を包み込むのと、アクシス遺跡からエクスが飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。
「お前が選んだのは、さっきの坊主というわけか」
黄金の光の中から、黒い影が姿を現す。
「……俺は、選ばれたんじゃない。この聖剣は、不甲斐ない俺に、力を貸しに来てくれただけだ」
光一の姿は、黒い忍び装束に身を包まれていた。
顔には素顔を隠す為の仮面があり、首には白いマフラーが巻かれている。大よそ、聖剣の担い手としては似つかわしくない姿だった
「ハッ!」
その言葉に、エクスは鼻で笑った。
「言いたいことは色々とあるが――――忍者が目立つな!」
苛立ちの篭ったエクスの剣が光一に振り下ろされる。
だが、それは何の手ごたえも無くあっさりと霧散する。
本物の光一は、エクスの背後から逆手持ちの聖剣で襲い掛かろうとしていた。
だがエクスはすかさず剣を引き戻し、その聖剣に刃を叩きつけ、鍔迫り合いに戦いの場を持ち込んだ。
互いに刃を切りつけようとするも、それを予測した剣戟に弾かれる。
「思ってたよりは、忍者をしてるな!」
「見抜かれていては不甲斐ないがな!」
忍者の衣を纏った光一の姿は、先程まで戦いも知らず、ただ怯えている男とは別人であった。
刃同士がぶつかり合う度、光一の剣戟は鋭さを増し鮮麗されていく。
顔を覆い隠していても、鬼気迫る表情をしているであろうと言う事は、光一を相手取るエクスがよくわかっていた。
「謙遜するな、聖剣使いの忍! 楽しもうじゃないか!」
だというのに、エクスは光一の攻撃に対し、的確に対処してみせる。
目くらましの光線を放ったとしても、掌から闇を作り飲み込む。
炎の竜巻で空に打ち上げようとも、逆に自身を回転させ、竜巻を起こすことで相殺する。
影分身で光一が増えようとも、それと同数にエクスも増えて敵を相手取った。
「いいぞ! 素晴らしい! 初陣にしては、中々手数が豊富だ!」
言いながらエクスは剣を振う。そこから生じる巨大な赤い斬撃で、影分身の群れを一掃した。中には自分の分身も含まれていたが、彼からすればどうと言う事も無い。
「武具の舞!」
光一はどこからともなく身丈程はある巨大手裏剣を取り出し、赤い斬撃に叩きつける。すると巨大手裏剣を砕いて赤い斬撃は霧散した。
「……貴様が分身する意味はあったのか? 他のオルター・エゴを何故呼ばない!」
全ての分身と、巨大手裏剣を破壊した威力を実感しながら呟いた一言だった。
エクスの攻撃は、明らかに合理性に欠けている。相手に対になるような術をわざと繰り出しているのだから。
その手数の多さからいえば、相殺や防ぐだけではなく、真っ向からねじ伏せることも可能であるはずだ。
何よりこの赤く大きな斬撃は、光一がここまで考える決定打でもあった。
それに対しエクスは、不思議そうに首を傾げた。
「そっちの方が、面白いだろう?」
そう言いながら、斬撃を生じさせた剣を撫で、口を喜びの形に歪ませる。
「……面白い、だと?」
その言葉に、光一は聖剣を握る力を強める。
「ああ、面白いとも。この手で命を屠るのも、弄ぶのもな!」
エクスが舞うように剣を振い、分身達を一掃した赤い斬撃がいくつも光一へと襲い掛かった。
「……ふざけるな」
だが、光一はそれを必死に避けながらエクスへと走る。その素早さは今までの速度を超えて、黒い軌跡へと化す。
赤い斬撃が黒い軌跡を捉えることはなく、瞬きの間に黒い軌跡はエクスの眼前に迫る。
「甘い!」
黒い軌跡に咄嗟に切り裂くエクスだったが、その感触は人のそれではなかった。エクスが断ち切った物を視認すると、黒い忍び装束が着せられている丸太だった。
「何――――!?」
すぐさま警戒に移ろうとエクスだったが、光一に対しては遅すぎた。
エクスが驚愕したその瞬間、光一は背後から聖剣を突き刺した。
「が……っ!?」
血の代りとでも言うかのように、赤く光る粒子が傷口から溢れだす。
自分が傷つくとは思っていなかったのか、漏れた声には驚愕が混じっていた。
「人の命は、貴様のおもちゃ等では断じて無いッ!」
エクスの背中を蹴り飛ばし、糾弾しながら聖剣を引き抜く。
「いいやオモチャだね! それで? だからどうした!」
その勢いを使って距離を取りながら、エクスが光一に問いかける。言いきった時には、もうエクスの背中の傷は塞がっていた。
「だから、俺が守る! 貴様を倒して!」
恥ずかしげもなく、堂々と光一は言い切った。
彼からすれば、恥ずかしく感じることなど何もない。
ただの傍観者で終わり、大切なモノを失いたくはなかった。
人の命を弄ぶ悪魔のような人間に、これ以上笑ってほしくないこんな悲しみを、他の誰かに味わってほしいとも思わなかった。
だから自分が皆を守ろうと、聖剣の力を借り受け、今ここに立ち上がった。
朝倉光一からすれば、この答えは当然の結論である。
「面白い。ならやってみせろ!」
喜ぶように零した言葉を残し、光一に言葉が届くその前に一太刀叩きこむが、光一はそれを刃の無い面を蹴り飛ばして対処した。
そこから先は常人ではとても目では追えない、速さの世界がそこにあった。閃光と化した二人がぶつかり合い、戦いの応酬を繰り広げる。
それは死角から放つ手裏剣の投擲であったり、正面から叩きつける炎の渦であったり、指先から放たれる光線であったり、分身による数に物を言わせた人海戦術であったり――――。
この戦いの中で研ぎ澄まされた戦闘技術のありったけ。それら全てをエクスへと叩きつける。元より、今の光一にはそれしかできない。
「お前の覚悟はそんなものか!」
だが物事というものは簡単にはいかず、修羅場を潜り抜けてきたエクスにそれら全てが通じるわけではない。
届かない一撃もあれば、受けてしまう一撃ももちろんある。
「おのれエクス……ッ!」
それでも、光一は体を突き動かす。
ここで止まってしまえば、動けなくなる予感があった。
これほどまでに体を動かすのは、光一にとって初めての経験だったのだ。
さらには、自分でもどうやっているのかわからない忍術の様なモノも使っている。
体力は既に限界だった。
その予感は、身体的な意味だけではない。
ここで立ち上がった自分が負けてしまったら、今度こそ立ち直れる気がしなかったのだ。
何もできない。光一はそんな結果にだけはしたくなかった。
正義の味方と言うには、随分と俗的な理由。
それでも光一にとっては、初めて己の哲学を胸に戦う一世一代の大勝負。
そんな勝負に、男が負けていいのだろうか?
「……負けて、たまるものかぁあああああ――――ッ!」
胸の内からこみ上げてくる慟哭と共に、渾身の聖剣の一振りを叩きつける。
そんな我武者羅の一撃が、終焉のカリスマとまで呼ばれたエクスに通じるはずもない。簡単に剣で防がれてしまいうことだろう。
――――だが、そんな道理を覆す。
その聖剣から放たれたのは、エクスが使うモノと同じ赤い斬撃。
赤い斬撃はエクスの剣を砕き、そのままエクスの身に襲い掛かる。
「なんだ、と――――!?」
まさか自分の技を真似られるとは思ってもいなかったのだろう。
驚愕と共に渾身の一撃を受けたエクスは吹き飛ばされ、まともに着地もできず崩れ落ちる。
そのチャンスを、光一は見逃さなかった。
「影よ、舞え!」
光一の身体の中から、黒い影が溢れだし世界を覆う。
「闇よ、染め上げよ!」
――――ここに顕現するのは、死が歩み寄る常夜の闇。
この世界の地上では、もう見ることの無かった闇の世界。
冷たい夜風がエクスの頬を撫で、月が微笑むだけの黒が世界を満遍なく塗り潰す。
これぞ朝倉光一という男の、明確なる殺意の形――――。
「月光よ、力の輝きよ――――!」
雲の間から満月が微笑み、月光の輝きが聖剣へと収束しする。
その輝きを手に、聖剣使いの忍は突き進む。
「させるか!」
対してエクスは、折れた剣の柄を殴り捨てて、赤く禍々しい光のエネルギーを手の中に収束させる。
その光はどんなものでも迎える『死』を与える力。まさしく必殺に相応しい『魂技』。
光一にもその恐ろしさは、肌で感じていた。
「――――『|愛しき日々に、さよならを(デッドエンド)』ォ!」
それをエクスは、躊躇いなく放つ。
だが、光一がそれに怯むことは無かった。
「超越忍法、『逢魔ノ刻』――――ッ!」
聖剣を振り降ろし、エクスの放つ死の光を絶つ。
聖剣は死の光に侵されることはなく、月光の輝きを放つそれは健在であった。
しかし、ここまでは二人共想定の範囲内。
振り下ろしたその隙を突こうと、エクスは死の光の纏った足で蹴り殺そうとする。
対して光一が行うのは、その蹴りが自分に叩きつけられる前に剣を振り上げるだけ。
互いに守りも回避も無い。
ただ必殺の一撃に、勝敗を賭けただけの事。
敵の一撃が当たれば、自分の身体が霧散するというのは、互いに勘で理解していた。
故に、勝利は最初の一撃を叩きこんだ者に与えられる。
決着は、一瞬でついた。
「オォォォオオオオオオオオオオオ――――ツ!」
獣の様な方向を上げ、悲鳴を上げる腕を酷使し、光一がエクスを切り裂いた。
「……これが、次の聖剣使い――――か」
胴を切り裂かれたエクスは、真っ二つになって崩れ落ちる。
傷口からは、赤い光の粒子が天に昇っていくのがわかった。
「……それだけなのか。言う言葉は」
残心を解かずに言葉を返す光一。
「……お前の事は気に入った。またな」
そう言って手を振ると、エクスの身体は弾けて赤い光の粒子となり、天へ高くへと昇っていった。
「…………」
それを見届けた光一は、やるせない思いで拳を強く握ると、まだ残っているであろうオルター・エゴを倒そうと歩き出した。
夜が明け、立ち込める雲の中心から日光が大地を照らす。
「う、ぶぁ!?」
しかし、突然口から血が溢れだし、慌てて仮面を外して血反吐を穿く。
既に身体は限界を超えているようで、体中の無視のできない痛みが光一を襲いだす。
先程の激戦の裏で隠れていたのか、倒れた光一の周りにオルター・エゴ群がりだした。
「……身体ッ! 身体ぁ! 起きろ身体ァッ!」
必死に起き上がろうとする光一だが、それすらも叶わない。
さっきまで水湯のように使っていた忍法も、今は出る気がしなかった。
「――――ここで終わって、たまるものかぁぁぁぁああああああああああああ!!」
オルター・エゴ達に威嚇するように吠えるが、彼らには何の効果も無く光一に襲い掛かる。
もうダメだと、光一が思ったその時。
「とりゃあ!」
どこかで聞いたことのある声と共に、黄色い光線がオルター・エゴを薙ぎ払う。
光一が声のする方を振り向けば、そこには真希奈がいた。
「……え?」
信じられないものを見るような目で真希奈を見つめる光一。
蹴りでオルター・エゴにとどめを刺すと、真希奈はすぐさま光一の元に歩み寄った。
「ヘイそこの濁点だらけの忍者。大丈夫? どこの流派……――――って光一君!? 何それ!? 武器はどうしたの? え? は!? それアクシスカリバー!? なんで!? もう引き抜いてきたの!? 早っ! え、でもなんで聖剣なのに忍者!?」
「真希奈さん!!」
やかましく喋り立てる真希奈を、光一は痛みを忘れて抱きしめた。
「えぇ!? あ、ちょおっ!? まだそういう関係じゃないでしょ私達!?」
突然抱きしめられ戸惑う、真希奈。
「うっ、うぅ……っ」
だが光一が泣いているのを理解すると、真希奈はゆっくりと口を閉ざした。
「……よかった。生きててくれて、よかったぁ……!」
泣きながらそういう光一に、真希奈は微笑みながら、そっと頭を撫でた。