第三話 終焉のカリスマが降り立つ時
アクシスシティの近くにある山頂にて、若い男が佇んでいた。
男は深紅色の鎧のようなスーツを纏ったっており、その表情は悪魔のような鉄仮面で見ることができない。そんな鉄仮面越しに、男は眼下に見下ろす。
「あぁ、さて――――」
男は憂うように溜息をつくと、どこからともなく禍々しい剣を取り出す。
剣で地面を切り裂くと、禍々しい姿をした怪物達が顔を覗かせる。それはまるで溢れだすマグマのようで、際限なく湧き出てくる。
「――――この世界を終わらせよう」
その言葉に応えるように、怪物たちが声を上げる。
数万を超える怪物達の、怨嗟のような声が。
◇
光一と真希奈は喫茶店で買った飲み物を片手に、アクシス遺跡の長い列に並んでいた。
この長い列は聖剣アクシスカリバーを引き抜こうとする者達の列であり、誰もが誰も光の勇者という称号、その力を手に入れたくて堪らない者、アクシスシティに来た記念としてチャレンジしようと並んでいる者もいる。
その中で言えば、光一は記念としてこの列を並んでいる者だった。
聖剣に惹かれるものがないと言えば嘘になるが、今の自分が聖剣を手にしても引き抜けない予感があった。
故に、長い歴史を持つ聖剣をこの目で見て触れることができれば、彼にとってはそれでよかった。
事実、今回真希奈という美少女が光一を連れて歩き回っているのは、彼の観光案内の為であるのだからそれで何も問題はない。
「そもそも、英雄アクシスの何がすごいかと言うと、落ちてきた『堕ちた迷い星』の中にいるオルター・エゴを倒して、この大地のエネルギー枯渇問題を解決した最初の一人なの。だからみーんな英雄アクシスを英雄だと拝み奉っているのです」
真希奈の方も解説に力が入って来ており、光一は長い列で暇させないように彼女もがんばっているのだと感心していた。
「あ、そうそう。これ忘れてた」
真希奈が指を鳴らすと、膜の様なものに包まれた、無色の水晶玉のような物が現れる。
「それは?」
「これは、魂の写し鑑とか、オーブとか呼ばれているこの世界の必需品ね。これに自分の色を付けることによって、『魂技』っていう魔法みたいな力を使えるようになるの」
光一に『魂の写し鑑』を渡しながら説明する真希奈。
「『こんぎ』?」
またサラッとわからない単語が出てきたと思いながら、首を訪ねて飛び切りわからない部分を呟く。
「魂の技とかいてコンギと読むのよ。そっちの世界では魔法使うにあたって、色々と準備が必要なんでしょ? これは武器とか装飾品に付けるだけで、その人ができることが増えるの。魔法とか超能力とか、とんでも拳法とか。まあ精神力次第で割となんでもできるわ。ようするにアレよアレ、力を解放する為の鍵よ」
とても大雑把な説明ではあったが、なんとなく『魂技』、それとは別の疑問が浮かび上がってくる
「『魂技』の事は分かりましたが、俺の世界に魔法なんてありませんよ」
「え?」
「はい?」
「…………」
「…………」
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「……よし、今の無しで。おっけー?」
「は、はい」
おっけーおっけー、と満足そうに頷く真希奈。
もしや自分が知らないだけで、魔法も存在するのか? と思った光一。だがそう考えた瞬間、真希奈が心を読んでいるかのように睨みつけて来るので、光一はその事について考えるのを辞めた。
「で、膜を破って直接触ってみて。光一君の色がつくはずだから。ささっ、試しに試しに」
真希奈が手に持つ物を抓る動作をする。
「わ、わかりました」
緊張しながらも、その動作通りに光一が膜を破る。
膜はシャボン玉が弾けるように割れ、『魂の写し鑑』が光一の手の中に収まる。
すると、『魂の写し鑑』の中で霧が渦巻くように色が広がっていった。その色は、夜が作り出すような黒一色だった。
「……この色は、どういう色なんです」
「…………黒色ね」
目を逸らしながら光一の質問に答える真希奈。
「いや、その黒色の性質とかを教えて欲しいんですが」
「ええと……その、明るい色程クルセイダーに向いてると言われてるんだけど……逆は、その……なんていうかね?」
とても言い辛そうにしている真希奈に、光一は苦笑いを浮かべた。
「……犯罪者とか?」
「そこまでは言ってないでしょう!? 戦うのに向いてないってだけだから!」
「なるほど」
戦うのに向いていない、というのは実に自分に当てはまっている色だと光一は感じた。
なにせ自分は、母親の為に戦う事すらできないのだから。
「……色が変わる事ってあるんですか?」
「あんまり変わんないわね。明暗が変わることはあるけど。……というか、ここまで色が真っ黒だと、ちょっとどういう系統に向いてる職種かはわからないわね」
「そうですか」
赤や青などの色が分かればまた別の系統の事が知れるとの事だったが、光一にとって重要なのは明暗が変わるという事実だった。
明るい色になるという事であれば、自分は誰かを守れるような相応しい人間に慣れるかもしれない。
そんな淡い希望を持った瞬間、恐ろしい雄叫びが町に響き渡る。
「な、なんですかこれは!?」
思わず耳を塞ぐ光一だったが、悍ましい獣の叫びが消えることはない。
「オルター・エゴ!? 星の外にまで聞こえるなんて……いや、そんなまさか!?」
真希奈が空を見上げると、空は晴天から曇天へと変わっていき、『沈まぬ太陽』が放つ陽の光は閉ざされてしまう。
その雲には禍々しい深紅の紋章が浮かび上がり、見上げる者全てを嘲笑っているかのようだった。それを見てしまった者は、誰もが悲鳴を上げて慌てて逃げ出した。
真希奈も逃げ出せるなら逃げ出してしまいたかったが、既に怪物達が空から来襲してくるのが見えた。
「……間違いない。エクスが来た! でも、どうして!?」
「エクス!? それは一体なんですか!?」
「エクスって言うのは、終焉のカリスマって呼ばれてて――――」
真希奈が光一に手を伸ばそうとした瞬間、その腕が切り落とされる。
「ガ、ぁあ――――ッ!?」
傷口から赤く光る粒子が天へと昇ってき、真希奈は痛みにこらえながら無事な方の手で傷口を抑える。
「…………え?」
あまりに一瞬な出来事に、光一は何が起きたか判断ができなかった。
だが、すぐ近くで震え出してしまうような吐息が自分にかかっている事に気がついた。
「エクスとは、世界を終わらせる男の名であり、つまるところ――――俺の名だ」
声をする方を振り向けば、そこには恐ろしい形相の鉄仮面を被った男がいた。口元だけが見えるタイプの仮面だ。禍々しい鎧の様なスーツを着ており、その手には深紅に光る禍々しい剣が握られていた。
エクスはもう片方の手で真希奈の髪の毛を掴み、自分の目線まで持ち上げる。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「……テロリストと話すことなんてないわ。ケッ」
そういうと、真希奈は唾をエクスの仮面に吹きかけた。
「つれない女だ」
それだけ言うと、エクスは真希奈の首を刎ねる。
「っ――――」
真希奈は何も言えず、胴体と首が地面を転がる。
口を動かそうとするが、真希奈の身体は瞬く間に赤く光る粒子となり、天高くへと昇っていった。
それが何を意味するか、詳しい知識は光一にはない。だが、限りなく死という概念に近いのだろうと、光一は悟った。
「……あ、ぁあ……っ!」
光一は、またしても見ているだけしかできなかった。自分の無力感に打ちひしがれ、その場にうずくまってしる光一。
「お前が今度のオモチャか。このタイミングとは運が悪い。お前の分まで、幸運を分捕っちまってたかな?」
エクスはポンポンと優しく光一の頭を撫でるように叩くと、光一がその腕を掴んだ。
そのあまりに無神経な言動と行動に、光一は段々と怒りがわき上がってくる。
「ん?」
予想外の動きに首をかしげるエクス。
「……何だと思っている」
光一は腕をへし折れそうな強さで握りながら、エクスの鉄仮面がよく見えるように立ち上がる。
「何だ?」
よく聞き取れなかったのか、飄々とした態度で聞き返すエクス。
「……人の命を、何だと思っているんだ!」
今までにしたことのないであろう、鬼の様な形相を浮かべながらエクスを睨みつける光一。
それを見たエクスは慄くどころか、口元に笑みを浮かべながら答えた。
「オモチャだろ?」
「――――――――」
光一の怒りが頂点を超えた。
一本背負いで地面に叩きつけようとする光一だが、エクスは足で地面に着地し、投げられた勢いを使って逆に光一を壁に投げつけた。
「…………!?」
壁に叩きつけられ、呼吸が一瞬できなくなる光一。
地面に崩れ落ち、
「強いな。それでなぜ母親を守れない?」
「貴、様……!」
なぜ知っているのかという疑問よりも、母親の件に触れられることの方が光一は癇に障った。
元々光一は文武両道だった。格闘技もそれなりに身につけており、天才だったわけではないが人々に褒められるような人間になったつもりでいた。
だが実際はどうか? 何も守れやしない。いつだって見ているだけ。傷ついて死んでいっても、光一はいつだって見ているだけだった。
昔も、今も。
「だが、その程度では無意味だ」
それだけ言うと、エクスはアクシス遺跡の中に入っていった。
痛みと苦痛でその場を動けず、悔しさと無力感だけが募っていく光一。
何もできない。一撃を叩きこむことすらできなかった。
痛みとは別に、涙が出てきた。
もうこのまま消えてしまいたいと思った、そんな時だった。
「誰か! 誰かこの子を助けて!」
「ママ! ママー!」
悲痛な叫びが聞こえた。
老若男女関係なく、オルター・エゴに怯え逃げ惑う声だ。もう空から怪物たちの群れがやってきたのだと、光一は悟った。
それらがもたらすのは、たった一人の殺人鬼よりかは悲惨な物なのは間違いない。
――――ああ、自分みたいな人が増えているんだな。
そう思うと、光一は立ち上がらなければいけないと思った。
身体が軋み、痛みが歩くなと警告してくる。
けれども、光一はそれら全てを無視して立ち上がる。
光一が言ったところで、できることはそう多くないだろう。
だが、ここで立ち止まってるだけでは何も変わらない。
変わりたくて光一はこの世界にやって来た。そこに何も道標が無かろうとも、前へ、ただひたすら前へ突き進むしかない。
進んでいくと、オルター・エゴ達の大軍が地獄を作り出していた。
数えるのもバカバカしくなる量の怪物たちが、泣き叫ぶ人々に襲い掛かっている。
人々を食い散らかし、赤い光の粒子があちらこちらで舞っているのが見えた。
あまりに絶望的な状況に、ここからどれだけの人々を助けられるのかと泣きたくなったが、何とかそれを堪える。
例え雀の涙の様な力しかなくても、救える物はあると信じて。
使い方もよくわからない『魂の写し鑑』を握り、声を張り上げた。
「何の罪もない人々に危害を加えるなど、言語道断! 俺が相手だ!」
オルター・エゴの達が、言葉の意味を理解したのかは光一にはわからない。
だが、多くのオルター・エゴ達が光一に襲い掛かる。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
『魂の写し鑑』と己の身体だけを武器に、怪物達を相手取る。
正面のオルター・エゴを『魂の写し鑑』を握った拳の一撃で沈める。
「逃げて! 早く!」
オルター・エゴに襲われた親子にそう言うと、二人は慌ててその場から逃げ出した。
「ありがとうございます!」
今の自分でも、誰かを助けられる。そう思った光一は、更に拳を強く握った。
だが、上手くいったのは最初だけ。
すぐさま横から別の怪物に蹴り飛ばされ、またしても壁に叩きつけられる。
地面に落ちた時には、既にオルター・エゴに囲まれていた。
「……ここで貴様らを見逃してたまるものか……!」
それでも立ち上がる。
変わるために。今度こそ、誇れる自分になるために。
何より、一つでも多くの悲劇を減らす可能性に、自分の命を賭けて。
「――――……今度こそ、俺は皆を守るんだぁぁぁぁああああああああああああ!!」
一つでも多くの意味を刻んでやろう拳や蹴りを叩きつける。
一匹、二匹、三匹とオルター・エゴを沈めていくが、数が数。徐々に劣勢を強いられ、地面に膝をついてしまう。何ともあっという間であった。
――――諦めたくない。
その一筋の想いが、光一の身体を突き動かせる。
血が撒き散ろうとも、肉が削ぎ落ちようとも。