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外の空気は、夏の近さを感じさせる少しじめじめしたものだった。


不規則な形の石で申し訳程度に舗装された凸凹の小道を進む。


空を見上げると、コンクリートの壁の隙間から、狭い青空が見えた。



私の家はこの街ーーーセメンサの中でも比較的海抜の高いところに位置している。


小道を抜けると緩やかな坂に差し掛かり、私は何となくその手前で立ち止まって視線を街の景色に向けた。


セメンサの家々は低い。

視界に入る建造物の大体がコンクリート造りで、直方体の形をしている。

二階建ての建物も無いわけではないが、数える程度で多くはない。


最近普及してきたらしい灯油式ランプが一定間隔で設置されてはいるが、その灯りが必要ではない昼でもこの街並みは薄暗い灰色の塊に見える。



この世界で生活をして5年。


私は大体、この世界ーーー少なくとも私が現在暮らすこの街の文明レベルは前世における産業革命期の前頃だと推測している。


ある時母に「電気」が存在するのか尋ねた時、彼女は知らないと言った。

側のソファに腰掛けて本を読んでいた父は、軍で内勤する職員の一人であるからか、最近発見されたらしいその存在を小耳に挟んだことがあるらしく、どこで知ったのかと追及されて困った。


その際は祖父から聞いたと誤魔化したが、確かに齢3歳程度の幼児が尋ねるレベルのことではなかったかもしれない。


とにかく、この街の一般的な家々はコンクリート剥き出しの外装と内装だし、窓ガラスを含めてガラス製品は高価なために少ないし、電球等も勿論ない。


上下水道が整備されているのは有り難がったが、トイレはボットン便所というよりもはや「穴」なので、慣れない内は小さな自分の身体が落ちないように気をつけたものだった。



話を街に戻そう。


セメンサの街は、二枚の高さ約10〜15メートル程度の分厚い城壁に囲われている。


二種類の城壁は大体500〜700メートル程度の間隔を空けて楕円形に街を囲っており、両親は中心部を「枢軸区」、周辺部を「居住区」と呼んでいた。


私の家は勿論居住区にあるが、今私が向かっているのは枢軸区である。


枢軸区内には、この街の行政を取り仕切る議事堂や、軍関連の施設、研究施設や工房など、この街の政治経済軍事の中心が集まっている。


子供の足で約20分かけてたどり着いた大きな鉄製の城門の前には、まだ朝の時間帯だからか、枢軸区内に職場を持つ民間人や軍関係者らしき人の往来が多くあった。


本来区画内に明らかに関係のない者は門を通る際に門番の兵士に止めらるが、私にはこの5年間で培ったコネがある。


「おはよう、レオおじさん」


「おっ、また来たのか坊主。今日も爺さんか?」


「うん」


「そうか。定刻までには戻ってくるんだぞ」


「わかった」


週に何度も通っているせいですっかり顔馴染みになった壮年の門番は、いつもと変わらぬ厳つい顔に歪な笑みを浮かべて端にある門番用の通用口を開けてくれた。


レオおじさんは子供好きな心優しい男だが、その顔の造形が少しばかり厳ついために、中々子供に好かれない。


そもそも子供の往来が少ない職場であるため、触れ合う機会も少ないのだが、こうして時折やって来て、怖がることなく話掛けてくる私を割と可愛がってくれていた。



通用口を通る際に、城壁内の兵士用通路を歩く兵士が2、3人声を掛けてくるが、全員顔馴染みだ。


おはよう、と声を掛けて反対側の通用口を出れば、そこは少し居住区と雰囲気の異なる街並みが広がっている。


建物がコンクリート造りであることは基本的に同じだが、その壁は紅色の塗料で塗られ、道路は統一されたデザインの石畳で舗装されている。


道行く人の服装は薄緑の軍服や身なりの良いタキシードのようなものを着る者が増え、一言で言うと「上流階級」という言葉が頭に浮かぶ光景だった。


とは言え私にとっても慣れたもの。


時折道行く人からの視線は感じるが、全部無視して目的地までの道程を突き進む。


5歳になってかなり足腰も強くなり体力もついてきたが、やはり歩幅の狭さやスピードは大人には敵わない。


まぁこれも運動だ、と自分に言い聞かせ、滲む汗を拭いながら数分走ると、少しずつ建物の形状が変わってきた。


一つ一つの建物は広く大きくなり、巨大な煙突がそれぞれの建物からいくつか空へ高く伸びている。


建物内から響く金属音や何か硬いものを打ち付けるような音が大きくなり、外を歩く人々も殆どが軍人か薄汚れた工場労働者のような者になってきた。


ここは、街の軍事力を支える大切なインフラ、工房街だ。


さらに数分奥へと進み、小道を左に曲がり、さらに奥のT字路を右手に進む。


大通りに面した大きな工房は少なくなり、小規模の工房がいくつか軒を連ねる中に、それはあった。


自宅と変わらぬサイズの直方体の建物に、小さな煙突が一本。そこから黒色の煙がモクモクと立ち昇っている。


開けっ放しになっている扉を除くと、薄暗い中にカンカンと鉄を叩く音が響いていた。


「じぃちゃん、おはよう」


全く反応は返ってこない。


というより、おそらく作業の音で聞こえてないのだろう。


「…じぃちゃん、おはよう!」


カンカンカンカン!


「じぃちゃん!おはよう!!」


カンカンカンカン!!


「じぃちゃん!おーはーよー!!!」


カンカンカンカン!!!


「じじいっ!!お!は!よぉっ!!!」


「じぃちゃんに向かってジジイとは何じゃコラ!!!」


「いたッ!?!?」


まさかの真後ろから脳天に落ちた拳骨に、一瞬目の前を星が散らつく。


自然と滲んだ涙を目に浮かべつつ振り返ると、逆光の中で筋骨隆々タンクトップの老人が腕組みをして私を見下ろしていた。


ワリド・スクアート。


私の母ポレットの父であり、生粋のウルフ系ラーガであり、セメンサが誇る『十二技師』の一人である。


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