「01」 60年との決別
「やりすぎたかな。」
「いえ、私はこの景色すごく好きですよ。」
高層ビルの最上階の窓際で、俺は隣に立つ、けも耳の少女と言葉を交わしていた。
目下には、煌びやかな建物が林立している。
夜景は地平線の彼方へと続き、一面光の海といった感じである。
あの日から60年間、俺は元居た世界の技術を行使しながら、この世界を発展させてきた。
通貨を定め、人・物・金の移動を効率化。 民主主義の体制を敷き、法を整備。 電力・石油・水道などに関する会社を設立し、さらに自学で習得した魔法によって急速に技術を進歩させてきた。
その結果がこれである。異世界の雰囲気は全くなくなり、もはや東京の街並みと言っていいほどに町は巨大化、人口も数万倍に膨れ上がってしまった。
「それで、主、本当に転生するおつもりですか?」
けも耳少女が俺に訪ねた。
彼女の名前は「リリィ」。 俺がこの世界にやってきたときに初めて会った亜人族である。
出会った頃はまだ小さかったが、今は高校生になった。
亜人族の寿命は人間の6倍ほど長いらしい。
きれいな目に、整った顔、長い桃色の髪の中から、ぴょこぴょこと二つの耳が顔を出している。
しっぽはというと、これもまたモフモフしていてさわり心地は最高...
「ああ、俺もやれるだけのことはやった(やりすぎた)し、何より歳だからな。」
「おっしゃる通りです、主。 以前の風貌はどこへやら、顔もしわだらけで、髪の方もちょっと...」
「おいおい、ストップストップ。」
俺はしわがれた声で、リリィの言葉を遮った。
彼女は素直だが、言葉に出してしまうことが多い。
だが、そこもまた可愛いところだ。
「その話は置いといて、転生後どうするかだ。」
「と、いいますと?」
リリィは首を傾げた。
「国立魔法研究所の資料を見ると、転生後は前とは違う姿になるらしい。 転生後にリリィが俺を見つけられなくなったら困るだろ?」
俺は資料を彼女に手渡す。
「はい、私は主がいないと寂しさで死んでしまうかもしれないです。」
「うう... 重いな。 そうならない為にも集合場所、時間と合言葉を決めようと思うんだ。 合言葉は念のため。」
「なるほどです。 えーっと、今転生すると、大体二日後に現れるそうですね。」
リリィは資料に目を通しながら言った。
「らしいな。 だから明後日の夜10時にこの建物の一階の休憩所でどうだ?」
「私は何の問題もないです。」
「よし。 で、合言葉は... 『リリィの好きな食べ物はホットケーキ、嫌いな食べ物は魔族の伝統料理のミミズのから揚げ』にしようか。」
「主... まだ覚えてたんですか、そんなこと。」
彼女は少々あきれ顔で、俺を見つめた。
「ああ、自動車会社を起業したての頃、取引先で出されたミミズ料理に絶句してたリリィを、俺はちゃんと覚えてる。」
「う、まったく主はそんなことばっかり...」
そういう彼女は少し悲しげでもあった。
「さて、そろそろだな。」
「は、はい...」
「俺は行くからな、リリィ。」
「...」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
そして、大粒の雫になって、ぽたぽたと床に落ちていく。
「俺は必ずお前に会いに来る、心配するな。」
俺はリリィの髪をそっと撫で、軽く笑った。
「約束ですよ、主...」
「ああ、約束だ。」
「絶対ですよ。」
「ああ、絶対だ。」
彼女は、きれいな目で訴えかけてきた
「じゃあな、また会おう。」
「主、どうかご武運を。」
刹那、俺の体は青い光の中に取り込まれ、そこで意識が途絶えた。
読んで下さりありがとうございます。
これからも随時更新していく予定なのでよろしくお願いします!