七十年後の待ち合わせ
突然だが、我は死神だ。現在、女子高生の背後を闊歩している。
決してストーカーなどというものではない。この者の最期に立ち会うためだ。
なんと目の前の女子は、今日、自ら命を絶とうとしている。我の役目はその瞬間に、この大鎌で魂を刈り取ることなのだ。
思念を残した者の魂は、放っておけば悪霊となり、永久にこの世をさ迷うこととなる。
だからそうなる前に、我は身体から離れた魂をいち早く回収し、天界に送り届けねばならないのだ。
今朝からこの者は、我の存在に気付いている。
だが、あえて何も言わない。若いが、すでに覚悟を決めているのだろう。
駅のホームに到着した彼女は、列車に跳ねられようと駆け出した。
しかし飛び込みはしない。直前で立ち止まり、震えている。
何故だ。お前は死にたいのではないのか?
我はこの者の魂の記憶を見た。友人らしき者たちに言葉を投げつけられている。それが彼女の魂に無数の深い傷を負わせていた。
数万年を生きる我とは違い、人間の寿命はたった百年。この女子に関しては、その十分の一程度の人生だ。
生まれた時から死神という役割に縛られる我らと違い、人間は短い時の中、いくつもの道を選択することが出来る。
今日の死は決められた運命ではないのに、何故お前はそれを選ぶ?
彼女は高校に着くなり屋上へ上がった。どうやらここから飛び降りるつもりのようだ。
金網の下を覗きこんで、じっとしている。その頬にはいつの間にか涙が流れていた。
望むなら最期くらい、笑って死ねばいいものを。お前にはないのか。他に選びたい道は。
「脇役で一生を終えるつもりか?」
堪りかねて問うと、彼女は濡れた目を見開いて、こちらを振り返る。
ずっと我の存在に気付いていただろうに、何をそんなに驚くのか。
疑問はさておき言葉を続ける。
「たとえどんなに目立たなくとも、人生という舞台の主役はお前しかいない。ハッピーエンドにするのかバッドエンドにするのか、全てはお前次第なのだ。それをたった数十年で終わらせるのは、もったいなくないのか?」
彼女は黙ったまま、更に泣いていた。我の余計なお世話だったか。気まずい雰囲気である。
その後、この者は教室に行き、友人らしき者たちと話をしていた。どうやら彼女らと決別するようだ。
一人になった女子は何やら吹っ切れた顔をしている。先ほどとは違う、生気の宿ったいい目だった。
「ねぇ、死神さん。死ぬの先延ばしにしてもいい?」
彼女はそこに立つ我の姿を探す。
生き続ける人間に、死神の姿は見えない。それが問いに対する答えだ。
「ハッピーエンドを期待している」
次に会うのは七十年後。お前との再会を、心待ちにするとしよう。