01-3
家族からの期待が無いのはラクだと言っていたが、疎外感は大きくて寂しかっただろう。
そんな幼い頃の記憶の中で、たったひとり。心をあたためてくれた女性。
それが祖母だと言う事か。
――大切な人なんだなぁ。
そんな人が居てくれて本当によかった。と、思わず夕貴もホッとする。
「それね、結婚式の朝のオフショットなんだって。ね、似てるでしょ」
「何が」と反射的に言ってしまったものの。
――似てるってまさか、顔? 私の顔っ?
自分はこんなに美人だっただろうか。
カメオのブローチやペンダントに描かれているような、気品があって芸術的にまで美しい、そんな雰囲気の写真の人と……似ていると言うのか。
体温が上がって、胸がドキドキして来た。
――くっクリスが言うのなら、まぁ似ていなくもないのかも知れないけどぉ~。
ちょっとニヤけ、いい気分になりかけた時だ。
「ティアラ」
キッパリと、クリストファーは言った。
――え、あ……ティアラ? あぁティアラね、ティアラ。そうよね、私の顔のわけないか、そりゃそうだよね……ははっ。
少しガッカリしながら、改めて写真を見る。
そこに写っているプリンセスタイプティアラのフォルムを意識した瞬間。
胸がトクン、と高鳴った。
――に、似てるの? 似てる、かなぁ~? でも、でも……。
あの頃、意識の中にチラチラと浮かんでは消えた憧れのティアラが。幻のティアラが。
よく似たティアラが、そこに写っている。
「よ、よく分かんないけど、どうしよう……ドキドキする」
――これだったのかな。あの頃の私に見えていたティアラって。
「ね? ほらぁ~。やっぱりユキちゃんの描いてたコレ、そうなんだよ。母の実家に代々受け継がれて来たティアラなんだよ」
クリストファーに抱きしめられ、夕貴は動揺した。
イメージの中にしか存在しないと思っていたあのティアラが、遠い異国に実在していただなんて。
――ほ、本当にそうかな? 私の思ってたヤツかな……だったらすごいな。見てみたい、な……!
「くぉら、離れろっ! 夕貴に抱きつくと言う事は、俺に抱きつくと言う事だぞ! 俺が許さん! 見てるだけで暑苦しいっ!」
襟首を締め上げられたクリストファーの身体が、遠退く。
「驚いてドキドキするけど、この写真を見せに来てくれたの? それと、デザインの確認に?」
だがなぜ今、突然なのだ。
「うん、それでね。僕、今度お祖母様のお誕生日をお祝いしに、夏休み、帰国するんだ。で、その時、報告したいかなって。ユキちゃんとの不思議な巡り会いを」
「えっ! こっこんなヘタクソな絵を持って帰るって言うのっ? ヤだヤだダメだよ、恥ずかしいっ!」
本物を持っている人に、こんな落書きモドキを見せるだなんて。
いくら相手が遠い異国の見知らぬ他人でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「いやあのユキちゃ……コンテストに出すとか言ってるわけじゃないんだし。ほら、幼い子が一生懸命描いた感が出てるでしょ。お祖母様は好きだと思うんだよ。小さい頃の僕の絵も、褒めてくれてたし!」
「だっだっだけど……おっ幼い子って私、中学生だったけど」
――クリスだって結局そう思ってるんじゃん! 中学生の描いた絵には見えないんでしょうね、そうなんでしょうね! 分かってるよ、私が一番っ。
考えただけで体温が上がる。
あんな綺麗な女性に、自分の落書きなんて見られたくない。
「あのな、夕貴」
「えっ」
「こいつの目的、その紙じゃないんだよ」
「は? 人を驚かせておいて、どう言う事っ!」
軽く怒りが込み上げて来た。強い気持ちでクリストファーを睨む。
彼はビクッとして、苦笑いを浮かべた。こちらに向けてピラピラと手を振りながら。
「俺達をクニに連れて帰りたいんだと」
一瞬、夕貴の思考が止まる。
そして数秒後。
「え……えーっ! そんなの無理だよっ。だってユウちゃん、パスポート取れないじゃんっ!」
「そ、そこ?」と苦笑いを浮かべるクリストファー。
「お父さんとお母さんだって、ダメって言うに決まってる! だって欧州のエラアインって、お高いんでしょうっ?」
「ご予算は、気にしなくていいよ~。僕からの招待だから」
「ちょっと待ってよ。こんな絵を描いてたってだけで、そんな招待受けられるわけないじゃない!」
「お前の動揺も分かる。でもちょっと、落ち着いて聞いてやれ」
「ユウちゃん、もしかして賛成なのっ?」
そう聞くと、彼は難しそうな表情を浮かべ、ハッキリと答えてはくれなかった。
「……まぁ、聞いてやれ」
あまりにも歯切れが悪い。こんな勇気は滅多に見られない。
今は多分、それくらいレアな事が起こっていると言う事なのだろう。ならば夕貴も聞こう、と言う気になった。
「よ、よし。聞く。で?」
体勢を改め、クリストファーと向き合う。
「あ、あのね。僕は日本での暮らしを報告する事が目的ってわけじゃないんだ。勿論、お祖母様には安心して欲しいから、学校や友達の事を報告はするけど」
その報告の中にティアラの件がある、と言う事か。
ならばそんなに大騒ぎしちゃ悪いのか、な。
「僕はね、ユキちゃんの存在に気づいてからの中学三年間。ずうっとふたりを見て来た。三人で仲良く過ごせてたよね」
最初はチラチラとしか現れなかった勇気が、いつも実在しているかのように振る舞うようになったのは、クリストファーのおかげだった。
彼からのアドバイスが自分達を少しずつ変えてくれた。
今のようにお互いが、自由になれた。
――考えてみれば私達も、クリスには恩があるなぁ。
「最初はユキちゃんが羨ましくて、嫉妬に似た気持ちもあった」
――そ、か……だからクリス、いつも「ユウくんは?」って聞いてくれてたのか。
存在がほぼ〈同じ〉夕貴と勇気。
勇気の正体を見抜けるほどのクリストファーには、気になる存在だったのだ。
「ふたりがふたりとして存在をし始めたキッカケは、勿論悲しい出来事だった。幼いユキちゃんが受けた衝撃も、理解しているつもりだよ。だけどそれでも、その事情を知っても僕は、きみ達が羨ましくて、悔しくて、最後には……憧れた」
――う。そんなに? 結構シンドい事もあるんだけどな。
でも実家で孤独な彼から見れば、そう思うのも仕方ない気がする。
「僕は、ユキちゃんとユウくんが、好きだよ。とても好きだよ」
――改めて言われると恥ずかしいけど、まぁいっか。
「……ありがと」
「だから、僕のお嫁さんに来て」