01-1
■01■
雪花冰を食べ、みんなにドロップの意見と感想をもらい、メモをし、街を歩き、陽が落ちてから帰宅した。
夕貴の自宅は小学校近くの住宅街にある、平凡な一軒家だ。
元々、祖父母が住んでいた家で、結構古い。
夕貴の両親にこの家を譲り渡した後、本人達はマンションへ移り住んでしまった。
まぁ、年寄りにはその方がラクなのだろう。
「ただいまぁ」と玄関に入った時、二階からバタバタと現れ出迎えてくれたのは、クリストファーだった。
「ユキちゃん、待ってたよぉ~!」と言って、抱きつかれる。
「ちょ、クリスっ。重いっ」
そう訴えると彼は身を引いて、苦笑いを浮かべた。
「えへへ、ごめん~」
――なんでウチに居るの? ゆうちゃんが連れ込んだのっ?
「ちょっと、ゆうちゃんっ!」と叫ぶと、リビングから母親、階段の上から勇気が姿を現した。
「うるさいわねぇ、もう。早く着替えてらっしゃい、ごはんよ。みんなあなたを待ってたんだから」
「あ、はぁい」と母親に短く返事をし、夕貴は階段の上を見つめた。
「で、話は終わったの?」
勇気が珍しく、すぐに返事を返さない。おや? と思う。
「どうしたの、何かあったの?」
いつもと違うリアクションをされると、少し不安になる。
「とりあえず上がって来い」
二階に上がってふたりを廊下に残し、自室で私服に着替え終わってから扉を開けた。
いつものように笑っているクリストファーと、真顔の勇気。
――いっつもだけど、このふたり何を考えてるか分かりにくい顔してるよなぁ。こうやって見比べると両極端で、面白いけどさぁ。
「話より先に飯食うぞ。こいつが来たからって、母親、張り切って作ったみたいだから」
――あぁ、そうだった。お母さんもクリスの事、大好きだっけ。
確かに顔立ちはいいし、言動も表情も子供っぽいから、大人から見れば可愛いだろう。愛想がいいので気に入られるのも分かる。
母親がクリスを初めて見たのは、自分達がまだ中学一年生の時だったから、今よりもっともっと子供だったし。初対面時のイメージが強いのかも知れない。
――そう言えばクリスの制服姿見て「男の子なの?」って驚いてたな。まぁ、その気持ちも分かるけど。
当時の事を懐かしく思い返しながら、リビングで気合いの入ったお子様ランチ風メニューを食べる。
そしてお茶を飲み、デザートのリンゴを食べ終え、やっと。
部屋に戻る事を許された。
――う。胃が破れそう……痛い。食べ過ぎた。こんなにお腹いっぱいなのに数時間後には空腹だなんて、人間の身体って不便だと思う!
食べ過ぎを少し後悔しながらリビングを出た。
夏は食事をすると体温が上がってつらいのだが、仕方がない。
クリストファーは出された食事をとても美味しそうに、喜んで全部食べていた。
彼の幸せそうな顔を見ていると、食事を作った母親の気持ちが分かる。
あんなにも満足気に微笑まれたら、嬉しくないわけがない。
――普段はひとりで食べてるんだろうし、クリスが嬉しいのは本当だろうしな。
「ねーねーユキちゃん、昔描いてたデザインノートとかって、まだ持ってるの?」
階段を上りながら、突然の質問。
「持ってるけど……最近は描いてないなぁ。想像の限界にたどり着いてしまったと言うか、創作意欲が枯渇したかも」
そんな時にベールの話が来たから、久しぶりにやる気を出してみた。
頑張ってみると、やっぱり楽しいのだな、これが。
今回は目標が〈披露宴〉と言う派手なセレモニーだし。
「あの時のデザイン見せて欲しいんだけど、まだ残してる?」
「何も捨ててないから、残ってるはずだけど」
「じゃお願い。見せて」
「いいけど」
――あの時の、ね。
自分達を強く引き合わせる事になった、あのデザイン画の事だ。
それまでは彼も自分も、単なるクラスメートでしかなかった。
クリストファーは誰とでもフレンドリーではあったけれど、夕貴は挨拶くらいしかした事がない。
別にその程度でよかったし、特に仲良くしたいと言う欲求も持ってはいなかった。
それはお互い、そうだったと思う。
クラスのアイドルマスコットとなり、みんなの中で充実していたであろう彼と、普通の女子として平凡な日々を過ごしていた自分。
教室こそ同じ空間ではあったけれど、生きる世界は違っていた。
だからあれは、偶然だったのだ。
当時持ち歩いていたノートを、机の端から落としてしまった。
それを通りすがりの彼が拾ってくれた。
きっかけは、それだけ。
その時、パラリと開いてしまったページが視界に入ったらしく、初めて彼が夕貴を意識したのだと思う。
ほんの少し驚いたような瞳で、彼がこちらを見たから。
『もしかしてこれ、きみが描いたの?』
『ありがとう。そうだよ。下手くそだからあまり見ないで欲しいんだけど』
それは当時考えていた、ティアラのデザイン画であった。
まだ漠然としたイメージしか無く、ああでもないこうでもない、と考えるのがパズルみたいで楽しかった。
自分の意識のカケラを表現した物が、そのデザインである。
それは、完成型ではなかった。まだもうちょっと、どこか違うような気がする。
意識の中に理想の形がチラチラと横切り、でもそのイメージを上手く掴めなくて、少し考え込んでいた。
そんな中途半端な絵だった。
――あれ、結局途中で放棄したんだよね。ははは。
気に入っていたのに、投げ出すなんて。
――でもあの素敵なイメージは、私の頭脳や画力じゃ追いつけなかったんだもん、仕方ないよね。才能がイメージを掴みきれなかったと言うか、さ。
夕貴は自室の、クローゼットを開けた。本や雑貨を詰め込んでいるエリアに、それは置いてある。
――確かここら辺……あ、あった!
懐かしい表紙のノートだ。手触りは少し冷たい。
過去の自分はどんな風に絵を描いていたっけ。
今より確実にヘタだよね……と、ドキドキしながらページをめくる。