04-6
びゅるっ! と真空のような風が吹いた直後、三人の男が姿を現す。
そこに居たのは小学生の頃、夕貴を車に連れ込んで乱暴しようとした三人の男であった。
顔面は潰れ、肉や骨が所々剥き出しになっている。
目玉の位置には黒い空間があるだけだ。
――うーわグロ。これ、あの時のダメージか。俺、ムカついてたからな……夕貴には「殺さない」ってクチサキでは言ったものの、こいつらの生死なんかどーでもよかったし。
なかなかホラーなビジュアルだった。
「すごいな、きみ! 三人もの人間を殺しちゃってたのか! ユキちゃんのために?」
ビリーの笑いが響く。なんて耳触りな笑い方をするのだろう。
「そこに居るのはさっきまでの、思い出みたいな影とは違うよ。死霊だ! 俺の影を縫い付けてくれたように、影を焼き払ったように、上手く処理出来るのかなぁ? 俺は動けないから、見物させてもらうね!」
肉体から離れた死霊など、影以上に苦もなく追い払える。勇気はそう思っていた。
現世との縁が切れてしまった者は、残像のような存在でしかない。生きている者の影ですらない。
なのに。
――なんっだ? こいつら!
手応えが、強い。生きている者並みに、手応えが返って来る。
「怨霊とは、そう言うものだ。狂ったように現世へ執着している。きみと大切なユキちゃんは、相当に恨まれてるんだね、愉快なくらいだ。ははは……ははっ」
――まさか……夕貴に……まさか。
嫌な予感が全身に広がる。
「ユキちゃんに向けてそいつらを解放してあげたら、どうなるんだろうねぇ?」
「よせ……やめ……」
「え? なに? 聞こえないなぁ」
心底、愉快そうな表情で嗤うビリー。
「俺がきみの中から引っ張り出した。そいつらはきみの記憶と言う〈ゲート〉を通って出現した。〈別の時〉の存在だが、実在していたのは事実だ。〈実在していた時間〉とダイレクトに繋がっていたのが〈きみの記憶〉」
――あの時のこいつら、そのもの!
「俺はこの地下室でずうっと、育てて来たんだ。自分の中の恨みの念を。いつか返すべき相手に返すんだって自分に言い聞かせながら、ずうっと、ずうっと。だけどもうそろそろいいよね。こうやってエメット家からお迎えが来たんだもん、もういいよね――自由になってもさ!」
ガゴン! とした振動が足元から伝わった。
――っ?
床の素材がめくれ上がり、崩れ、それと同時にビリーの影を縫い付けていた水性のダーツが剥がれ落ちる。
ビリーの影は自由を取り戻し、彼自身も身体の自由を取り戻した。
「行け!」と男達に向かって叫ぶビリー。
それと同時に勇気は無数の矢を彼らに放つ。
一本一本が奴らの身体に深く突き刺さり、そこから腐臭が吹き出した。
鼻の粘膜や眼球に、強烈な刺激が突き刺さって来る。
呼吸が出来ず、目に涙が浮かぶ程、酷い臭いであった。
だからと言って、戸惑ってはいられない。
これほどまでの手応えがあるのだ。あいつらは、勇気の力で遮れる。途中で自分の気持ちが折れなければ、アレらをミンチにしてやれるのだ。
湿度の高い地下で、水分に困る事はなかった。幾らでも解き放つ事が出来る。
猛烈なスピードで彼らの腕を、足を、千切り、もぎ取る。
胴体や手足は床に落ち、虫のように蠢いた。
だがその千切れた部分からも、毒素に似た異臭が立ち上がる。
奴らを細かく千切れば千切る程、毒素の量が増えてゆく。
だからと言って、大きな塊ではダメだ。勝手に蠢き、夕貴に辿りつかれてはたまらない。
勇気は気力を振り絞り、奴らの体を細切れにした。
時間と気持ちと集中力の許す限り、この腕からドロップの矢を解き放ち続ける。
意識が揺れ、息苦しくなってゆく。
呼吸器が焼けるかのようだ。
そしてビリーの笑い声が、やはり耳触り。
――どうして笑っていられる? あいつ、苦しくないのか? あの身体は……。
「ユウくん大丈夫っ?」
グラリと目眩がした時、クリストファーに背後から支えられた。
なぜだかふわり、と気持ちがいい。
えっ? と思い、勇気はその理由を探った。
すぐに分かった。
クリストファーの身体があたたかい、のだ。
いや。自分の身体が冷えていた。
汗をかいただろうか。それとも体温調節機能が狂ってしまったか。
とにかく、自分の身体の表面は不快なほど冷えてしまっていた。
「お前……大丈夫なのか」
「うん。どうしちゃったの」
「クサい、じゃん?」
「うん、臭いね。ユウくん、お鼻敏感だったんだ?」
――バカ。そんなんじゃねー。
こんな状況で平気なのだ。クリストファーには〈悪意〉を焼くほどの浄化能力がある。
同じように〈あれら〉の毒素も浄化しているのかも知れない。
「ちょっと、いいか?」
自分の声が震えていた。
「えっ?」
勇気はクリストファーの胸に顔を押し付け、思い切り息を吸った。
服の繊維の隙間から、クリストファーの放出しているエネルギーを吸い込む。吸い込みまくる。
腹式呼吸で深く深く吸い込み、血液に乗せて全身へ拡散させる。酸素と共に。
すると細胞の受けていたダメージが少しずつ、淡く癒されてゆくのが分かった。
修復されてゆくのだ。回復のプログラムスイッチを押したみたいに、勝手に、次々と。
――あぁ。なんかそんな事を言ってたな、あいつら……。
中学時代の不良達が癒されたと呟いていたのを思い出しながら、何度も何度も、勇気は深く息を吸い込んだ。
そして顔を離し、息を吐き出す。
それを繰り返していると、体内のエネルギーが入れ替わって来たようで、かなりラクになった。
だが体力を随分と消耗してしまった。こんな経験は初めてだ。
――腹の中がとにかく、ダルい。呼吸器系の粘膜がただれたようなカンジ……。
けれど、毒素の侵食は止まったように感じられた。
「なーんだ、つまんない。じゃあ俺はもう行くから。どこかでユキちゃんに会ったら、きみ達の無様な姿を話してあげる事にするよ」
そう言いながらビリーは立ち上がり、出入り口に向かって歩き始める。
「くそ……待てよお前っ!」
ビリーに腕を伸ばそうとした時、彼に思い切り払われた。
それだけで意識が揺れ、勇気は床に崩れ落ちる。
――くっそ苦しい! 腹立つっ!
「クリス、あいつ止めろ!」
「う、うん」と弱々しい返事をし、クリストファーがビリーに小走りで近づく。
「あの、待ってください!」
「ユキちゃんの次は、きみ達だから」
「え」
「先にユキちゃんを始末するのは、きみ達に罪悪感を植え付け、苦しませるためだから」
そう言ってビリーはクリストファーを振り払い、扉を開けようと腕を伸ばす。
だが僅か、彼の指先が触れるか触れないかと言うタイミングで、扉が先に開いた。
――なに……?
扉の外に立っていたのはケイトと……。
――夕貴? どうして!
彼女達の姿を認識した途端、勇気は心の中で「最悪だ!」と叫んだ。




