表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twin drop  作者: あおい
04
20/25

04-5


「俺からあの子を奪ったよね……?」


 弱々しい声に、勇気が振り向く。


 床に座り込んでいた彼の身体が、微かに震えていた。

 妙な吐息のリズムは、笑いが込み上げて来ているのだろう。無音の息が段々と大きくなってゆく。


「聞いたよ。隣国の大物政治家に、愛妾として差し出したんだって。相手の孫より若いあの子を愛人に差し出し、出世したんだってねぇ……だけど彼女はそいつの興味を独り占めしたからって、他の女に虐め殺されちゃったらしいなぁ。それ、どうやって責任取ってくれるの……」


 ――引き裂いたのって、エメット家の奴だったのかよ! 聞いてないし!


 子供の頃の事だ。妹であるケイトが詳しい話を知らなかったとしても、仕方がない。


 ――ちょっと待て。俺はともかく、クリスはここに居たらヤバいんじゃ……。こいつをそそのかして連れて来たのは、俺だけどっ。


「あぁ、あいつによく似たニオイだ……似てる。とてもよく似ているな、きみ」


 鼻をクンクン鳴らしながら、ビリーはクリストファーを見つめ笑った。


「もしかしてきみ、〈あいつ〉なの?」


 ニヤけた笑みが、その口元に張り付いている。口角がキュッと持ち上がり、意地悪そうだ。


「こいつは違う。こいつもあの家では酷い扱いを受けて来た」


「でも関係者だよね」


「だがネグレクトを受けて来たんだ」


「じゃあ関係者どころか一族じゃないか。俺さ、許せないんだよ。そいつらの細胞の一欠片残らず、憎くてたまらない」


 ひゅる……! と、ビリーの影が伸びる。キャンドルの揺れと同調し、室内は絵に閉じ込められた空間のように思えた。


『嫌いなんだよ、その臭いが遺伝子が!』


 それは、影の方から聞こえた。

 影が喋ったのである。


 そして影はクリストファーの影に掴みかかった。

 すると。


 クリストファーの頬に傷が走り、鮮血が滴り落ちた。


 勇気は地面に向かって水滴を、無数のダーツのように投げた。

 夕貴が空間に漂う水分をドロップとして利用出来るように、勇気も凶器として利用出来る。


 影全体に、二千滴ほどの雫を刺し込んだ。少々のエネルギーでは身動き出来ないだろう。


「その影から角度を取って離れろ!」


 クリストファーに指示を出すと、彼はすぐに理解したらしく、そこから飛び退いた。


「何て事してくれるんだよ、放せよ!」


「そうはいくか」


 ビリーはやはり、身動きが取れない様子。

 勇気にとってはどうと言う意味の無い対処だったが、思った以上に効果的だったようだ。ラッキー。


『くそぉお前ら……いつもいつもいつもいつも、いつも!』


 影がもがく。身体も同調した。

 悔しげに歪んだ表情の、冷たい感情に満ち満ちた視線がこちらに向けられる。


 それから数秒後、不意に彼はニヤリと笑った。


「へぇ? きみは面白そうな〈記憶〉を持っているんだな」


 彼の呟きが何を指しているのか、一瞬理解出来なかった。


 だが勇気は、自身の内部に――頭の天辺から喉を通り、身体のど真ん中を冷気が通り抜けて行ったのを感じたのだ。


 ――しまっ……! 今、あいつに……っ。


 サーチされた。自分の〈中〉を。


「クラスメートを傷つけ、担任を傷つけ、他人も傷つけ……母親にも悪意を向けたんだぁ? 悪い事しちゃイケナイんだよ、知らないの? でないと、自分に返って来るから。ほら、そんな風に」


 これまで勇気が傷つけてきた相手が、背後に姿を現した。


 もちろん彼らは、実体ではない。

 勇気のせいでケガをし、痛みや怒りを反射的に感じた〈瞬間の彼ら〉である。


 それが勇気の記憶だか意識のどこかに〈残っていた〉

 よく似たエネルギーにを持つ彼に、引きずり出されたのだろう。


 数にして、五十人以上は居るだろうか。

 子供が多いとは言え、これだけ居ると始末するにしても手間がかかる。


「くっそ、チラチラ動き回りやがって!」


 思い切り腕を振り回し、豪雨のように水滴を飛ばす。

 水滴はそれぞれ、彼らを貫いた。だが。


 確かにダメージは与えられるが、実体を持つ相手ほどには傷付いてくれない。

 逆に、彼らの体を通り抜けた水滴が床や壁に突き刺さると、そちらの方へ大きなダメージを与えてしまう。


 床に壁にたくさんの亀裂が走り、一部が崩れた。

 剥がれた壁の素材が、パラパラと床へ落下してゆく。


 ――不味い。大量に打ち込むと、ここ崩れる。それにあいつらに打ち込んでも、効果が薄い。


 これまで実体を持たない相手を攻撃した事はなかった。そんな必要、なかったから。


「僕に任せて、ユウくん!」


 振り向き彼を見ると、その腕と指先が優雅に動き、何かを描いた。

 構えた掌から、眩しい光が出現する。


 彼の手からほとばしる、なんて優しく綺麗な光。

 彼の性質そのままの、悪意を浄化しようとする輝きであった。


〈悪意〉が光に照らされると、それだけで苦しむ。

 人間の肉体で例えるなら、強烈な紫外線から食らうダメージのようなものだろう。

 表面どころか最奧にまで届き、内部から燃やされる苦痛。


 あれは、悪意の部分だけを燃やし尽くそうとする光だ。

 だがここへ現れた〈あいつら〉は、悪意しか持ってはいないのだから。


 ――あ……母さ……ん。


 彼女でさえ。

 自分達の母親でさえ、ケガをした瞬間は怒ったりムカついたりしただろう。

 あそこでクリストファーの光に焼かれているのも、その時の母親だ。

 ただの人間の女だ。雨の中で訳もわからず痛い思いをすれば、嫌な気持ちにならないわけがない。


 燃やされているのは、嫌な気持ち。そのもの。

 それが浄化なのだと勇気は思う。

〈化け物を退治する事〉とは、根本が違った。


 ――夕貴を連れて来なくて、本当によかった。


 本来なら見なくて済むが、今の夕貴は見えるのだから。

 母親がここで、クリストファーの光に燃やされるヴィジョンなど、見せてはいけない。


 他のクラスメートや、他人だってそうだ。

 普通の女の子に見せるべき光景ではない。


 それに彼女は「自分が誰かを恨んだから。憎んだから。勇気が攻撃した」とまた、自分を責めるに決まってる。

 自分の感情が引き金となった、犠牲者。そう思い込む。


 違うのに。

 勇気が好きで攻撃して来ただけなのに。


 面白かったし、遊びだった。それはこの後も、変えるつもりはない。


 それと同じ罪悪感を、クリストファーのバージョンでまで抱え込む必要はない。

 元々、夕貴には必要のない罪の意識なのだから。



「きみ達はふたり共、嫌な奴だな」


 ビリーが苦笑いを浮かべ、呟く。


「まぁ俺ら、別にヒーローでも正義の味方でもないし」


「だよねー」


「でもきっと、弱点が無いわけじゃあ、ないよな?」


 それが誘導である事に気付くのが一瞬、遅れた。


「ははっ」とビリーが、楽しそうに笑う。


「見えたよ! そっかぁ、共通の弱点だったんだぁ」


 不味い、と勇気が思った時、クリストファーはまだ「えっ?」と言う表情を浮かべていた。


「ユキちゃん? って誰かな。誰でもいいか!」


 勇気は再び自分の〈中〉を、冷たいモノが吹き抜けて行くのを感じた。


「ほらほら、あったよ、居たよ……大切なユキちゃんにまつわる、凶悪な存在が。解放しちゃっていい? いいよね……だってきみ達、嫌な奴だから!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ