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Twin drop  作者: あおい
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 クリストファー・エメット。

 明るい色の髪と、穏やかに澄んだ水色の瞳を持つ、留学生。


 地中海だかエーゲ海だかの小さな島国の出身だと自己紹介していた、と思う。

 夕貴は正直、地理や歴史は詳しくないのでよく覚えていないのだけれど。とりあえずあの辺だった、はず。


 イタリアやスペインなどの大国ではなかった。だったらさすがに夕貴も覚えられる。

 だが彼の国は、聞いた事もないような横文字だったのだ。


 歴史上でもヨーロッパ周辺は色々な国が出来たり消えたりして、本当にややこしい。ずっと変わらない祖国・日本で暮らす日本人の自分には、ちょっと理解しがたい情勢である。


 と言うか、地理も世界史も苦手だ。夕貴は日本地図どころか、お出かけ先の地図すらよく読み間違えるタイプだった。



 異国からやって来た彼・クリストファーはいつも、無邪気で愛くるしい笑顔を浮かべる人だ。


 クラスメート達からは「僕ちゃん」だの「クリ坊」だのと呼ばれ、みんなにとても可愛がられていた。

 しかも、ナチュラルに甘え上手。


 留学生としての彼は日本語も上手く、日常会話は困らない。時折不思議なイントネーションを発するが、それすらも愛嬌となって愛らしく、彼を彩る。


 クラスでも目立つ存在のヤンチャな男子生徒達は、クリストファーの頭をナデナデしながら、よく呟いていた。


『あー。癒されるぅ』


『はー。なごむわ』


『オレのトゲトゲした心が浄化されてくうぅぅぅ~』


『綺麗になるぅ~。傷だらけのハートが綺麗になっちゃうぅ~』


『毒抜ける……これマジか。うん。マジ抜ける』と。


 誰に聞かせるでもなく、彼らの口からその言葉が零れ落ちていた。

 幼い子が、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめている時のような、柔和な表情を浮かべて。


 当のクリストファーは初期こそ困惑気味に笑っていたけれど、途中からはもうそれが当然であるかのように、彼らの背中を撫でたりしていた。


 それこそ天使か女神のような、穏やかな微笑みを浮かべて。



 ――うちの学校テスト終わったけど、今日は金曜日。平日だよね。なんで?


 もしかして彼の通う学校も、テスト最終日だったりしたのだろうか。試験期日が重なる事は、不思議でも何でもないけれど。


「お前に会いに来たんだろ、どうせ」


 勇気が呟く。


「わ、私もそんな気がする」


 いや。わざわざここへ来る用事など無さそうだとは思うのだけれど。


「あいつ、お前の事大好きだもんな」


 彼は進学校へ進める成績だったのに、夕貴と同じ高校に行くんだとか言いだし、周囲を困らせた事もあった。

 みんなからの説得でやっと、渋々ながら、自分に合ったレベルの高校へと進んでくれたクリストファー。


 可愛く美しい彼に懐かれて悪い気はしなかったし、頼りなげでふわふわしている性格も心配だった。

 だから、気にならない、と言うのは嘘だけど。


 けれど実際、別の学校で過ごしていると、彼の事を思い出す時間は激減し――最近では忘れかけてさえいた。薄情と言えばそうなのかも知れない。でも。


「あの子、ゆうちゃんの事だって大好きじゃん」


「そりゃ俺はお前の分身なんだし、あいつにとっては同価値。お前を好きな分だけ、俺の事も好きに決まってる。俺とお前の関係を見抜いたのは、あいつの方だし」


 自分が好かれている、と言う事をこんなにも肯定出来る勇気が、本当に羨ましいし理解出来ない。


「こんなに注目されちゃって、きっと神経すり減らしてる……助けてあげてよ」


 夕貴が背中を押すと、勇気は面倒くさそうに「はいはい」と言いいながら、みんなの前に出て行った。


 クリストファーは斜め向かいにある小さな設計会社の、ガレージ横に居た。

 背の高い植え込みの端から、上半身を半分だけ出し、こちらを見ている。


 ――怪しすぎる、あんなの。注目するなって言う方が無理だよぉ、子供みたい。気配消すセンス無いなぁ。


「おいクリス。お前何やってんだよ、んな所で」


 勇気が話しかけると、強張っていたクリストファーの表情が豹変する。

 今にも泣き出しそうだったその顔が、潤んだ瞳のまま、嬉しそうに笑った。


「ユウくんっ」と叫んで駆け寄り、勇気に抱きつく。

 安心したように頬を染めて。


 迷子の子供が見知らぬ街で、頼れる知り合いを見つけたかのようだ。


「お前、相っ変わらずだなぁ。人に注目されるの苦手なクセに、よその校門前に出没するとか」


「だって僕、ユキちゃんとユウくんに会いに来たんだ」


 クリストファーは両腕で、勇気の胴体をガッチリとホールドしてしまっている。


「いいから、とりあえず離せ」


「え、ヤだ。怖かったからもう少しだけ、このままでお願い」


「ぶん殴るぞ」


「じゃあユキちゃんになら抱きついていい?」


「ぶっコロされたいのか!」


 クリストファーは小さく「ひっ」と息を吸い、勇気から素早く離れた。まるで小動物だ。ハムスターとか、そっち系。


「とにかく、いいから行くぞ」と言って、勇気がクリストファーの腕を引っ張って行く。


「え、あのユキちゃん……」と不安げな瞳で勇気を見つめるクリストファー。


「あいつはこれから友達と出かけるんだよ。だから話は俺が聞いてやる」


 クリストファーが「え~っ」と不満そうな声を漏らす。


「どっちでも一緒だろうが。あいつのプライベート邪魔すんな」


「分かったよぉ……でもあの、話聞いて怒らないでね?」


「内容次第だ」


「やっぱり僕、ユキちゃんと話すぅ! ユキちゃん、ユキちゃ~んッ!」



「あんたの名前呼びながら、引きづられて行ったわよ。あ、角曲がった」


「おもしろ~い。相変わらずだねぇ、クリスくん。今の学校でいじめられてなきゃいいけど」


「高校生になってもアレかぁ。見た目だけは完璧なのになぁ、もったいない。親元離れて独り暮らししてるんだから、本当、心配だわぁ」


 夕貴も、心配なのは同意である。


 ――だけど、クリスは。


「てか大体さ、クリスってナニしに日本に来たの? 留学の目的とかって、夕貴、知ってる?」


「ん~……聞いたところによると、父方のお祖父様がとても日本贔屓で、とか何とか言ってたような気がする。子供や孫達も全員、日本に留学させられたんだって。だから日本語や日本文化は、小さい頃から周辺に溢れていたんだよ、って」


「ふぅん。まぁよそのお家の事は口出しすべきじゃないんだろうけど、留学させるのは分かってたんだから、もう少しシッカリさせられなかったのかなぁ。確かいいトコの子なんだよね?」


 そうは言うが、人には持って生まれた性質と言うものがある。勇気と自分の差にガッカリしながら日々生きていると、つくづくそれを思い知らされる。



 勇気――間違いなく彼は、自分の分身。

 人間の脳には両性のホルモンが流れている、なんて事を知ったのも大きくなってからだ。


 勇気に出会ったあの頃はまだ幼稚園くらいで、もちろんそんなホルモンの事など知っているわけもない。


 だがあの日、自分達は出会った。

 流星のように、矢のように、雨が強く降り注ぐ、とても悲惨なあの場所で。

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