04-4
床の上で両膝を抱え、うつむいていた男がゆっくりと顔を上げ、こちらを見る。
顔の色は青白く、目の下には隈が見て取れた。
だが、顔立ちは悪くない。いや、整い過ぎているほどである。
キャンドルの灯りを受け、彼の顔で陰影がわずかに揺れ動く。
年齢は、自分達よりひとつふたつ年上だろうか。
とりあえずまだ成人ではないようだ。
「……だれ?」
「お前がビリー?」と問うと、背後からクリストファーの「えっ!」と言う声が聞こえた。
「どう見たってまだ十代だよ? ユウくん」とクリストファーは声を引きつらせる。だが。
「ビリーだよ、俺」
ぼんやりとした声で彼は言った。
「どうしてケイトの呼びかけに答えなかったんだ」
数秒経過してから「あぁ、妹か」と彼は呟く。
「あいつがどうかしたの」
「どうかしたのはお前の方だ。こんな場所に閉じ篭って、どうしたいんだ」
「どうしたいって? いや、何も……なにも」
呟いた後、また彼は黙り込んだ。
「おい、ビリー?」と呼びかけても反応しない。
彼は再びうつむいてしまい、身動きもしなくなった。
「どうなってるの。どうしてこんな姿なんだろう」
「さぁ」
「あ、そっか。ここで衰弱死したのなら、イメージの中の自分で居られるのか」
「死んでないよ」
「えっ?」
「あの身体は本物だ。人間の肉体だ、俺のとは違う」
「ユウくんはちゃんとした存在だもん! 僕達と同じだよ、違わないよっ!」
「いや、今話してる事はそのテーマと違うし」
「う、そうだね。だけど僕、ユウくんがそんな風に言うのに対して、敏感になっちゃう」
繊細なのは性質だから仕方がない。だが、こんな時くらい抑えてくれないだろうか。
――無理か。
大切な祖母の抱く問題に向かっている最中なのだ。それこそ、気力を振り絞って。
――で。その問題に対してどう対処するか、なのだが。
勇気はノープランだった。
――なんて事だ。彼女の名前すら聞いて来るの忘れた。
我ながらドンクサい。こう言うところが夕貴の分身であると、しみじみ思う。そして多分、クリストファーとも波長が合っているのだろうな。
「そう言えばクリス。お前のお母さんてどんな人?」
「は? どんな、って……それ今、必要な情報なの?」
「手掛かり無いから、どこからなりと攻めないと」
「そっか。僕の母は、お祖母様の娘だもんね。母かぁ、う~ん……」
クリストファーは難しい表情を浮かべ、考え込んでしまった。
「どんな性格?」
「兄や姉には教育ママだったみたい。父の家系は政治家が多いから、相応しい子を育てる必要があったんだと思うけど」
「じゃあお前はラッキーだったのかもな。そんな教育ママに厳しく育てられなくて」
クリストファーが驚いたように、目を見開いた。
「だってそうじゃん? 俺なら放置されてた方が嬉しいわ~。それにお前の性質なら、その方がよかったんだと俺は思うよ。親の理想を、雁字搦めの域まで押し付けられるより」
「……うそ」
「嘘なもんか。今でさえオドオドした仮面付けてるクセに。プレッシャーの威圧をかけられ続けてみろ? その大切な仮面、吹っ飛んでたかも知れないぞ」
「ユウくんはよくそれ言うけど、僕は仮面なんて」
「いいや。人間は置かれた状況に応じて仮面を変えるものであり、それは自然な事だし悪い事じゃない。それくらいお前なら知ってると思ってたけどな」
「でもだからって、僕は……」
「自身の身の上を喜んではいない、か。本人にしてみればそうかもな」
「そうだよ。ユキちゃんやお母さんやお父さんに恵まれてるユウくんには、そう見えるかも知れないけど」
「恵まれたのは、お前のおかげ。俺に存在を示していいんだと言ってくれた、お前のおかげ。だろ? それまでは〈持ってなかった〉んだよ、俺も」
両親はあくまで、夕貴の両親であった。勇気の存在なんか知るはずもない。
「でも俺はお前と違って、家族の愛情を欲してたわけじゃないからなぁ」
クリストファーはムッとした表情で、勇気の言葉を聞いている。
「だけど〈他人〉に〈直接〉〈接触〉してみて、初めて分かった」
誰かが自分に対して向けてくれる、感情やリアクション。それに対し、自分の感情がどのように動かされてしまうのか。
感情とは反応、なのだ。
「こんな俺でも、お前や夕貴と同じような気持ちになれるんだって、経験出来たんだよ。これは夕貴の〈外〉に出なければ永遠に分からなかった事だ。夕貴の外で普通に生活すればいいのに、ってクリスが言ってくれたおかげなんだよ。お前、分かってる?」
聞くとクリストファーは困惑した表情で、首を横に振った。
「そっか。言ってなかったからな。言わなければ伝わらない事か。じゃあ言っておくわ。ありがとな」
クリストファーは無表情の真顔になり、その後、顔を真っ赤に染めた。
「ゆっユウくんが僕にお礼なんてそんな、必要な……い」
「俺、お前の前でだって夕貴の前でだって、仮面付けてるよ。本音ダダ漏らしじゃないよ。それじゃ人は暮らせないって分かったから。窮屈だけど、他人と過ごす世界は悪くないって今は思ってる。それにさ」
「うん?」
「俺が勇気の仮面をかぶっておかないと、夕貴と差別化出来ないからな」
クリストファーは一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。そして。
「そうだったよね。ふたりは分身なんだもんね」と微笑んだ。
「俺にまでプロポーズしたお前が忘れるなよ、大原則だぞ」
「ごめんごめん」
「でも俺、そんなエメット家に相応しい嫁になれる自信無いわ~」
「それを言うなら僕だって、あの家に相応しい子供じゃないもん」
ふたりで、自分がどれほど〈一般人〉であるかの言い合いになった。
そして逆に、どちらがよりエメット家に相応しいかの流れとなる。
「お前はその仮面で大衆を洗脳出来る」だの「ユウくんこそズルさを発揮すればいい」だの、くだらないやり取りの応酬。
だがビリーは、その会話にこそ反応したのだ。
「……エメット?」と小さく呟いて。




