表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twin drop  作者: あおい
04
17/25

04-2


「兄は、深い悲しみと怒りに〈心の全て〉を支配されてしまったと言っても過言ではないと思うわ。わたしね、未だに苦しみから解放されていない兄の事を、このまま放って逝く事は出来ないなぁって思っているのよ」


 それは、そうかも知れない。

 大切な人が未だ苦しんでいるのを知っているのに、自分が現世から離れてしまうなんて。

 心配で心配で、逝くに逝けないと思う。


「それで、俺達に出来る事があるんですか」


「兄ね……地下に居るのよ」


 ――えっ! ここの?


「昔からずうっと訴え続けているのだけれど、まだ出て来てくれないの」


「俺らに引っ張り出して欲しい、と?」


「無理かしら。わたし以外の〈声〉にも反応しない、かも知れない。でも、少しくらいなら反応してくれる、かも知れないわ……分からないわね」


 そう呟き、彼女は「ふふっ」と笑った。


「兄は多分、正気じゃないの」


 ――そんな人の所へゆうちゃんを行かせるって言うの?


 ちょっと心配になる。そして正直に言えば、反対だ。夕貴だって行きたくはない。


「そうですね。何が刺激になり、どう反応するかは分からない。〈声〉を変えてみるのも一手かも知れませんね。俺は行くけどクリス、お前どうする?」


 勇気の言葉に「えっ」と反応したのは夕貴とクリストファー、同時であった。


「ユウくん、行くの?」


「何しにここまで来たと思ってるんだよ」


 ――ちょ……お祖母さんの願いを叶えるためじゃなかったでしょ!


「お前が泣くから来たんだろー。大好きなばーちゃんの気持ちを聞いて、このまま何もせずに帰ったら、お前、それこそ〈この瞬間〉に捕らわれ続けるんだぞ。五年経とうと五十年経とうと、今聞いた話に対して何の行動もしなかった事を、後悔しないとでも思ってるのか?」


「それは……そうかも、だけど……でも……えっ? えっ?」


 クリストファーが三人の顔を見回す。その表情は混乱していた。


「ばーちゃんが危篤って聞いて、取り乱して、号泣したろ。その時、お前、何を考えてた? ただ単に会いたかっただけなのか? お前にとってこの人は、大切な人なんだろ?」


 勇気の言葉を聞いてケイトは「クリストファー」と、少し苦笑いを浮かべた。


「そう。そんなにも悲しんでくれたの……ありがとうね」


 クリストファーは瞬時にして、表情を崩した。その瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。


「後悔なんて絶対にヤだ。僕も行く、ユウくん!」


 泣きながら両手で拳を握りしめている。子供が虚勢を張っているようにしか見えない。


 ――う。大丈夫かな、クリス。


 だが勇気もケイトも反対する様子はない。ならばきっと、大丈夫なのだろうけれど。


 ――でもその兄って人。お祖母さんにさえ無反応だったのに、他人や孫に反応するのかな。


 勝算があるのかどうかさえ、夕貴には分からない。だが彼らが「行く」と言うのだから、反対する理由は見当たらなかった。


 ――私も行くんだよ、ね……。地下かぁ。


 暗いイメージが広がる。古城の地下なんて化け物が出そうだが……ゲームのやり過ぎだろうか。我ながらイメージが貧困である。


 ――お祖母さんのお兄さんが居るのだから、引き篭もりのご老人がひとり居るだけだよ、ね。


 昔から、とケイトは言っていた。年季が入った引き篭もりである。


 ――現代人特有の現象じゃなかったのか。


「なら、行くぞ」と言って、勇気が立ち上がる。それに続いてクリストファー、そして夕貴も立った。


 なのに。


「あ。お前はいい」と、夕貴は勇気に断られたのである。


「えっ。どうして」


 勇気が数秒、間を置いてから呟く。


「お前のフォローまでしてられない」


「はぁ?」


「地下だぞ。転んで足が痛い、とか言われたってさ」


 心がザクリ、と痛んだ。確かに、転ばないと言う保証は無い。

 薄暗そうな地下室で、いや、そこに降りるまでの階段で、転ばないとは限らない。


 転ばないとは、限らない。


 ――わわわ私ってそこまでドンクサかったっけ? 最近、どこかで転んだっけ? 確かに運動神経無い方だけどさぁ!


 そう言われた事が恥ずかしくて、体温が上がってしまう程度に軽く焦っていると、クリストファーが耳打ちして来た。


「心配してくれてるんだよ」と。


 涙で瞳を潤ませたクリストファーに、フォローされた。それはそれで自分が情けなく思えたけれど。


 でも、勇気に心配されていると言うのは、分かる。


 そして、自身が泣くほど精一杯なのに、クリストファーはこうやって夕貴を気遣ってくれているのだ。


 夕貴が傷付く必要なんて、どこにあると言うのだろう。


 ――自分の捉え方次第なんだなぁ。よくゆうちゃんが言ってるけど、こう言う事か。


 小さく息を吐き、夕貴はクリストファーの顔を見つめた。


「クリスが転んだら、ちゃんと手当してあげるからね」


「う、うん……」


 クリストファーが苦笑いを浮かべる。


「私のフォロー、ヘタだった?」


「そ、そんな事ないよ。ありがと、ユキちゃん。僕の事を見守ってくれるって言ってもらえたのも、嬉しかったよ」


「見守る事しか出来ないし」と言うと、彼は「ううん」と言って首を横に振った。


「誰かに見守ってもらえるのって、すごく安心出来るから」


 その気持ちは、夕貴にも分かる。

 そしてきっと、クリストファーはこんな事で嘘なんか言わない。


「よし。じゃ行くぞ」


 勇気に腕を引っ張られながら、クリストファーは部屋を出て行った。

 リビングに残されたのは夕貴とケイトの、ふたりきり。


 ――き、緊張しちゃうな。


 何を話せばいいのだろう、と夕貴が悩み始めた時。


「あのねユキちゃん。あなたに見てもらいたい物があるの。写真、なんだけど」


 リビングに移動し、壁に設置されたカウンターの上にある写真立てをケイトは指した。


 近づいて見る。

 銀色に煤けた、古い古い写真立ての中に子供達が居た。

 女の子ふたりに、男の子がひとり。


 色褪せてしまっているが、なかなか愛らしい三人組である。


 ――これ、もしかして。


 ケイトと兄と、彼女だろうか。


「ねぇ、ほら。可愛いでしょう?」


 穏やかな声でそう言いながらケイトは、写真の中の一部を指差した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ