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■04■
リビング、と言うよりサロンのように広かった。
板張りの空間が広がり、高級そうな調度品が壁沿いの棚に飾られている。
その奥に、増築でもしたかのような空間があった。
夕貴が今立っているリビングの入り口から見て、突き当たりの壁面が、大きな窓になっている。
壁面の一部は扉のようだ。あそこから庭へ出られるのだろう。
窓枠の向こうに見える景色は緑豊かで、ちょっとした植物園みたいだ。天気のいい日は、確かに綺麗だろうな、と容易に想像出来る。
手前の部屋には、中央に大きなテーブルセットがあり、両サイドには椅子が四つずつ並んでいる。
それも、充分余裕を持って配置されていた。
八人が悠々と着席出来るのだから、相当に大きなサイズだと思われる。
だが、そのテーブルでさえ威圧感が無い。
それほどこのリビングは広かった。
――面積だけじゃない。多分、天井も高いんだ。とっても高い……よね。
日本の民家ではまず見ないであろう高さである。
今は薄く埃を被ったシャンデリアを眺めながら、夕貴は考えた。
サンルーム付きのリビングとは言え、結構暗い。
間もなく陽が落ちる時間のはず。
少し心細く思っていると、突然、女性の声が聞こえた。
「あなたがユキちゃん?」と。
夕貴は心底ドキッ! として勇気の腕を掴み、周囲を見回した。
「あ……あら、そんなに驚かせるつもりはなかったのよ。ごめんなさいね」
穏やかで、優しげな声だ。
――クリスの……お祖母さん?
勇気から少しだけ身体を離した。腕は掴んだまま。
「おい、挨拶しろよ」と勇気が囁く。
夕貴は「え、あ……うん」と言って、クリストファーの祖母を探す。
どこに居るのだろう。今の声は、どこから聞こえたのだろう。
サンルームの方にあるソファに、薄っすらとした人影があった。
それを発見した瞬間、また身体がビクリと反応する。心臓がドキドキと脈を打った。
見えるはずのない存在が見える、と言うのは、こんな気持ちになるのか。
さっきは気づかなかったシルエットだが、きっと最初から居たのだ。そこに。
「あの、はっじめまして。嗣岡夕貴です」
声が引きつった。
恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
シルエットは椅子からスッと立ち上がると、長いスカートを優雅な所作で摘んだ。そして少しだけ、その身体が沈む。
「ようこそ、モンクリーフ家へ。わたしがクリストファーの祖母・ケイトです。よろしくね、ユキちゃん」
微笑みの込められた声に、夕貴の緊張が少し解ける。
「よろっしっくお願い……します」
なんだか不思議な感じだった。
その人からは、年老いた人の気配が感じられない。
だからと言って、若いお姉さんと言う感じでもない。
信用していい女性である。と言う雰囲気しか感じられないのだ。
――肉体から離れた魂だけの存在って、こう言うものなのかな……。
よく分からない。
「さぁあなた達もこちらへいらっしゃい。ほら、空では星が輝き始めたわ。とても綺麗よ」
――ほ、星?
今、そんなものを眺めている場合だろうか。と疑問が湧いた。
が、背中を勇気に弱く押されて、歩き出す。
サンルームに近づくと、ケイトの姿が少しずつハッキリと見える。
透明に近いシルエットから、淡く色彩が見えてきたのだ。
肌色は青白く、束ねられた灰色の髪は外からの薄明かりにより、グラデーションに輝いて見える。
瞳の色は青っぽく見えるが緑かも知れない。ちょっとハッキリとは分からなかった。
彼女は夕貴より背が高い。
ロングスカートに隠れて見えないが、ヒールでも履いているのだろうか。それとも元々、スラリとした人なのかも知れない。
そして年齢が、やはりイマイチ分からなかった。見ようによっては三十代にも、五十代にも見える。
だがどちらにしろ、美しい女性である事は違いない。
「そちらのソファへお掛けになって。せっかく来て頂けたのだもの、わたしの心残りを聞いて欲しいわ。いいかしら、ユキちゃん」
「はい」と返してから、ソファへ座った。他のふたりも着席する。
夕貴の右隣が勇気。勇気の正面にクリストファー。
夕貴の左手にケイトと言う配置である。
「わたしにはねぇ、兄が居たの。名前はビリー。頼り甲斐のある優しい兄でね、とてもシッカリした人だった」
夕貴は隣に座る勇気をチラリ、と見た。彼の瞳はいつもと同じで、特にこれと言った反応は見せていない。
「兄にはとても気の合うガールフレンドが居たの。隣のお家・アッカー家のお孫さんで、幼い頃からとても仲がよく、わたしはふたりが将来結婚するのだと、信じて疑わなかったわ。アッカー家は国家公務員を多く輩出している家系で、うちとも親しい付き合いの人が多く居たから」
――と言う事は、破談になっちゃったのか。
「でもねぇ、人生ってそう都合よくはいかないものなのねぇ。大人達の思惑によって、ふたりは引き裂かれたの。見ていて私もつらかったけど、本人達はとても苦しんだと思うわ」
――う。気の毒。
もし自分から勇気が取り上げられてしまったら……もう二度と会えなくなったとしたら。
――ヤバい。私、正気で居られる自信無い。
たった数年の間に自分は、彼に依存してしまっている。
離れられないと知っているのに、想像しただけでありえないくらい、心細くなる。
夕貴は、勇気のジャケットの裾を摘んだ。
本人に気づかれないよう、気をつけて。ひっそりと。




