03-3
「あの……どうしたの、おねえさん。大丈夫?」
幼くて、どことなく儚げな声が聞こえた。
ブラックアウトしていた夕貴の意識が、フと元に戻る。
顔を上げながらゆっくり目を開けると、自分の傍に人影が確認出来た。
それはまだ幼くて小さな、少女のシルエットだ。
花のような甘い香りがする。
丸めていた背中を起こし、その子の方を見る。
オフホワイトのワンピースを着た愛らしい少女に、木漏れ日が降り注いでいる。
年齢は十歳くらい、だろうか。
――うわぁ、可愛い~。明るい色の髪が金色に輝いて、綺麗……。
大きく円らな瞳が、とても印象的だ。
子供らしい細くて華奢な肩や首、頬やくちびるはとても柔らかそうだった。
「痛いの? つらいの?」
「大丈夫です……心配してくれたの?」
少女はコクン、と頷いた。
「おねえさん、ひとり?」
「ゆ……お友達と一緒なんだよ」
「ふぅん。その人達は?」
「用事に出かけちゃった」
彼女は小首を傾げ「本当にひとりで大丈夫?」と言う。
子供からそんなに心配されると、申し訳ない気持ちになる。軽い罪悪感、と言うか。
「ありがと、心配してくれて」
さっきよりは、少しだけいい。
もしかして自分は、この子に声をかけられるまで、眠って、た?
でも、日差しはさっきまでとあまり変化していないようだ。
「あの、これ、あげる。元気になって」
少女は両腕を、夕貴の胸元へ伸ばした。その手に持っていたのは。
「うわぁ、花冠だぁ。綺麗ね、あなたが編んだの?」
大小の茎が複雑に組み合わされ、しっかりとした編み上がりになっている。ちょっと乱暴に扱ったくらいでは解けそうにない、立派な物だ。
パールピンクの少し大きな花と、白い小さな花の組み合わせ。白ベースの中に、ピンクがアクセントとして配置されていた。少女らしい、清純な作品である。
――いいのかな、本当にもらっちゃっても。
子供が遊びで編んだにしては、レベルが高いように感じられた。
「そうよ。昔、お友達に教わったの。その人は、ママに教わったんですって。この道を行った右奥に、お花がいっぱい咲いているところがあってね、そこで作ったの」
「上手だねぇ」
「ほんと?」
「うん、とても素敵。私ね、夕貴って言うの。あなた、お名前教えてくれるかな」
「ユキ? わたしはリーラよ」
「綺麗な響きの名前だね」
「〈ユキ〉も明るくて爽やかね」
子供からそのように褒められると、妙に恥ずかしくなってしまう。
「花冠のお礼がしたいのだけど、いいかな」
「え?」
「手を、出してくれる?」
リーラは不思議そうな表情で、腕を出す。
夕貴はその掌に、ドロップを置いた。二十個くらいだと思う。
「うわぁ、なんて綺麗!」と彼女がはしゃぐ。どこの国の少女も、綺麗な石は好きなのだ。
「これ、なぁに?」
「レインドロップよ」
とは言うものの、今渡したのは持ち歩いていた物ではない。ドロップなんて持って来なかった。
夕貴はいつの間にか、空気中から水分を集められるようになっていた。
勇気が少しずつ〈こちらの世界〉に慣れるように、夕貴もまた、ドロップを更に手懐けていたのだ。
「雨なの?」
「さぁ? でも、水は綺麗でしょ」
「うん、綺麗ね! これも綺麗だわ、そう言う事ね!」
何が「そう言う事」なのかは分からないが、夕貴はとりあえず笑っておく事にした。
「ところで、もう夕方だよ。リーラ、帰らなくていいの? お家は近く?」
「ええ。すぐそこなの」と彼女の指差す先は緩いカーブになっており、先は見えない。近くと言うのなら心配要らないとは思うのだけれど。
「暗くなる前に帰った方がいいんじゃない?」
こんな人通りの無い田舎道では、人さらいが心配である。犯罪に巻き込まれては一大事だ。
――こんなに可愛いんだもん。
白いうさぎみたいに愛らしく、緑色の瞳がとても綺麗なリーラ。オレンジのように爽やかなキラキラとした髪が風に揺れ、とても美しかった。
――日本に連れて帰ったら、大騒ぎになりそうなほど可愛いな。これはヤバいよ。
男子のクリストファーでさえ、道を歩けば尾行されたり隠し撮りされたり。
電車に乗ればほぼ毎回、痴漢に遭い泣いていた。
あんな事をされたら誰だって、心が傷付く。
――こんなに小さかったら、それこそ……。
〈あの時〉の自分のように、他人の悪意の犠牲になるかも知れない。コンパクトで軽い身体と言うのは、とにかく危ない。
「送って行ってあげよっか」
「でもおねえさん、具合が悪いのでしょう? わたしは大丈夫よ、ひとりで帰れるわ」
「本当?」
「ええ」
「知らない人に声をかけられても、ついて行っちゃダメだよ」
彼女は数秒、こちらを見てクスッと笑った。
――え?
「知らないおねえさんに声をかけたのは、わたしの方ね」
リーラがクスクスと、リズムよく笑う。
「そ、そうだね。声、かけられちゃった、ね」
「おねえさん、ついて行っちゃダメだからね」
「……はい」
――なんだコレ。すごく恥ずかしいんだけど。
彼女は手を振りながら、去ってゆく。
足元に伸びるその影までもが妖精みたいだ。それを眺めているだけで、あんなにつらかった体調が戻ってゆく。
――あの子、本当に妖精だったかも。いや、天使かも。
異国だからと少し身構えてしまっていた、かも知れない。あんな風に笑う女の子が居る、ここは普通の国なのだ。
――だよね。クリスの祖国だもん。
彼の家族がどうであれ、悪い国ではないのだ。きっと。
女の子がひとりで出歩いて、笑える。それは、素敵な事だから。




