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Twin drop  作者: あおい
03
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03-1

■03■


 夜中。まだ窓の外は真っ暗で、長く眠った気もしない。

 夕貴はフと目覚め、違和感を覚えた。


 ――なんだか、いつもと雰囲気が違う……?


 半分まだ眠っているかのような意識で、部屋の中に視線を泳がせる。

 しかし何も変わった様子はない。


 だが数秒経過した時、その違和感が分かった。

 勇気の部屋から声がしているのだ。


 今、何時だ? とスマホに手を伸ばすと、零時を過ぎたばかりだった。

 なるほど。あまり眠っていないわけだ。


 盗み聞きするつもりはないが、何を話しているのだろう。ちょっと気になる。


 ――でもまぁいいや。寝よっと。


 寝返りを打った時に聞こえてきたのが、勇気の少し強い声と、クリストファーの言い返すような涙声。


 ――ケンカしてるのぉ? もぉ寝ろよぉ。


 少しイラッとしながらも、不安を感じたのか。

 鼓動が上がり、少し息苦しくなってゆく。


『いい加減にしろ!』


 勇気の声に、夕貴はビクンと目を覚ました。

 思わずベッドから飛び出し、勇気の部屋へ行く。


「ゆうちゃん、入るよ」と言いながら、許可を貰う前にドアを開けた。


 号泣しているクリストファーが、勇気に右腕を掴まれていた。

 その綺麗に潤んだ瞳が、ハッとしたようにこちらを見る。


「ど、どうしたの……」


 勇気がクリストファーに説教でもしたのだろうか。

 こんな時間に? 相手を泣かせてしまうほど?


 ――いや、まさかな。あ、でも……どうだろう?


 クリストファーがグチグチ言い続けていたとしたら、勇気だってキレなくもない。かも知れない。


 だがそれも考え難い。


 クリストファーはそこまで非常識ではないと思う。不満や不安が全身に満ちてしまっていたとしても、そのストレスを真夜中に勇気へぶつけるような人間ではないと思う。


 ならば、何があった?


「ユキちゃ……お祖母様が、危篤だ、って……! どうしよう……ねぇ、どうしようっ!」


「落ち着け、クリス! だから、今すぐなんて飛行機乗れないから!」


 ――……危篤!


 夕貴のお腹の奥に、重苦しい感情が落ちてゆく。


 クリストファーにとって、彼の心にとって、たったひとりの、優しい、大切な家族である祖母が危篤、なのか。


 思わず夕貴も動揺し、何をすればいいのか分からなくなってしまう。


「連絡が来たの?」


 震える声で勇気に問うと、彼は「ああ、さっき」と言った。


「夕貴、悪いけどこいつに水かナニか持って来て」


「あ、うん!」


 夕貴はキッチンにダッシュし、冷蔵庫にあった麦茶をグラスに注いだ。カフェインは入っていない方がいいだろう。


 勇気の部屋に戻ると、クリストファーが勇気に抱きしめられていた。

 それを見て、思わずビクッと身体が反応してしまう。


「いいから、落ち着け。大丈夫だから」


 夕貴の胸がトクン、と反応する。


 聞いた事のある声だ。

 勇気が昔、自分を慰めてくれた……あの声。


 目眩がしそうなほど優しくて、特別な声。

 夕貴にとって宝物のように大切な、勇気の、声。


 それが今、クリストファーに向けられている。


「だけど僕、つらくてつらくて心が痛くて……怖いよ。お祖母様、いなくなっちゃう、のかな。そんなの耐えられない、無理だよ、ユウくん……!」


「そうか。お前みたいな奴でも、弱点を突かれるとそんなにも弱るのか……何もかも見透かし、敢えてそんな風に振る舞ってるクセに、それでも心は痛いか」


「痛いよ、助けて。心が引き裂かれて……僕の方が死んじゃいそうだよ。ううん、死ぬ。お祖母様が居なくなったら、僕は死ぬ。僕の心は、死んじゃう。だってこんなに、こんなにも、つらい……!」


「まだ落ち着けないのか」


「ムリだよ、そんなの今の僕にはムリだよっ……出来ない、何も……出来ない……」


 消え入りそうな、喉を絞りきった声で、クリストファーが呟く。


 それから数秒。

 黙ってクリストファーを抱いていた勇気が、ポツリと言った。


「なぁクリス。お前、俺がちょっとズルい事が出来るって、知ってるだろ」


「……ズルいこと?」


「お前だってそうだけど、一般人とは違うって事」


 クリストファーが顔を上げ、勇気を見つめる。


「何が言いたいの」


「会わせてやる」


「……ほんと? ゆ、ユウくん、そんな事も出来るの?」


「出来る。それも今すぐに、だ。でもそれは、お前が冷静な状態でなければ、例え俺でも出来ない事だ」


「どうするの」


「俺独自のルートを使い、ばーちゃんの元へ連れて行ってやれる。お前と夕貴なら、連れて行ける。でも、お前がちゃんと〈着地点〉を捉えていないと、到着出来ない。お前ならこの説明で、ある程度は理解出来るよな」


「うん……出来る、ね」


 ――私は分からないですけど!


 不意に勇気が、こちらを向いた。そして「ありがとう」と言って腕を伸ばす。

 夕貴はその手に、グラスを渡した。


「ほら、クリス飲め。で、落ち着いたら顔を洗って来い。そして着替えるんだ。俺のスウェット姿で、ばーちゃんに会うわけにはいかないだろ」


「う、うん……ユキちゃん、ありがとう」


 勇気からグラスを受け取ったクリストファーは、チビチビとお茶を飲んだ。


「夕貴、お前も着替えて来い。出掛けるから」


「ほ、ほんとに?」


「あぁ」


「……私、ついて行ってもいいの? 邪魔だったりしない?」


「だってさ。どうよ、クリス」


「邪魔なはずないよ。ユキちゃんは僕の大好きな、大切な人なんだから。……それにもし、お祖母様が本当に危篤なら、紹介したいし」


 クリストファーはうつむき、消え入りそうな声でそう言った。


「な? そう言うわけだから」


「う、うん……じゃあ」と言って自室に戻り、クローゼットを開ける。


 こんな時は、どんな服装がいいのだろう。


 ――大人ならスーツだったりするのかな。


 もちろんフワフワチャラチャラした格好はダメだ。


 かと言って、あまり地味過ぎるのもどうだろう。ダークな色彩の服は、葬儀を連想させてしまうような気がする。クリストファーに余計なストレスを与えてしまうかもしれない。


 だが子供っぽい服装も、こちらが思っている以上に幼く見えたりするのだろうし。


 友達のご家族に、初めて会う。「なんだ、この子は」と思わせるわけにはいかない。

 それでは友達に、恥をかかせる事になる。


 意外と難しいではないか。


 ――やっぱり制服、かな。


 冠婚葬祭を始め、全てのシーンに対応出来る学生最強のアイテム・制服。


 ――そうだよ。遊びに行くんじゃないんだから。


 これで、決まり。



 勇気の部屋に戻ると、ふたり共やはり制服姿だった。

 クリストファーは元々、学校帰りだったし。

 勇気もクリストファーに合わせたらそうなってしまった、と言った。


 やはりコレが正解だったのだ。


「じゃ後は、靴要るでしょ。私、ふたりの分も取って来るね」と言って部屋を出ようとすると、勇気に

「あ、いい」と止められた。


「それくらいならサービスしてやるから」と。


 ――え。どう言う事っ?


 よく分からず見つめるが、勇気は苦笑いを浮かべるだけだった。

 クリストファーの方に視線を移すが、彼も微笑むだけだ。


「夕貴が心配するような事なんて、何も無いから。大丈夫、安心しろ」


「あ……う、うん」


 クリストファーが泣きはらした目で、こちらを見つめる。


「え、なに?」


「ううん。やっぱりユキちゃんは、羨ましいなと思って」


 少しだけ寂しそうに彼は呟いた。


 ――まさかと思うけど、クリスって。


 本当のお目当ては勇気の方、だったりするのではないだろうか。

 妙にそんな気がする。


 だって夕貴はこれまで、勇気ほどクリストファーに優しくした覚えが無い。

 気づいたら「好きだ、好きだ」と言われていた感じ、だった。


 ――私の分身だから勇気を好きなのではなく、実は逆なんじゃないの?


 優しくしてくれる相手は、勇気。彼の方。

 確かに同一人物だから、と言われればそれまでなのだけれど。


 ――納得出来ない。


 自分なら、号泣しているクリストファーをこんな風に落ち着けるよう、説得出来ただろうか。


 いや。出来るわけがない。

 夕貴には勇気の言う〈ズルい事〉なんて出来はしないのだから。


 せいぜい「元気出して」と遠慮がちに言うくらい。

 だって自分は実際、彼のお家に対しては他人なのだし、踏み込めない。


 勇気の〈出来る事〉に比べたら、カスみたいなものだ。


 夕貴はこれでも女子だし、クリストファーを抱きしめる事だってそう簡単には出来ない。

 勇気が彼を抱きしめるのとは、ハードルの高さが違う。


 ――でもまぁ、いいんだけどね。クリスの不安が少しでも軽くなるなら、ゆうちゃんはいくらでも貸してあげるよ。


 そう。貸す事しか出来ない。誰かに奪われる事もない。


 夕貴と勇気は元々がひとり。自分と彼は、離れる事なんて出来はしない。


 勇気が例え、夕貴にしか向けられなかった声や優しさを、他の誰かに向けたのだとしても。それは自分が妬く事ではない。


 自分には出来ない事をやってくれる、その事に感謝をしよう。

 だから、自分だって自分なりに出来る事をやればいいのだ。


「クリス」


「ん? ユキちゃん」


「あのね。私は、ゆうちゃんほどクリスの力になってあげられないし、上手く慰める事も出来ない。一緒に行けばどこかで、ふたりの足を引っ張る事もあると思うの。でもね、私はクリスの事、見守ってるから」


 そう。彼の後ろ姿を、ずうっと見ていてあげよう。

 悲しんでいる気持ちを、苦しむ心を、見ていてあげよう。


 ――見つめる事くらいしか出来ないんだな、私。


 役立たずだけれど、それでもクリストファーが寂しさを感じた時、傍に居てあげられるよう。

 一生懸命なその心を、見つめていてあげる。


「ありがと、ユキちゃん」


 クリストファーはそう言って、小さく微笑んだ。

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