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期末テストが終了し、開放感に溢れながら友達と下校をする。
七月の陽射しを浴び、四人の少女達は裏庭の歩道を楽しげに歩いていた。その他大勢の生徒達に紛れて。
「駅地下に出来たジェラート行ってみたいかも」
「あたしはねぇ、繁華街にある台湾のお店がいいッ」
「いいねぇ~、雪花冰食べたいな。食べると心が天使になっちゃうよねアレ」
打ち上げの話である。まもなく校門を出てしまうと言うのに、まだ行き先が決まっていなかった。
「夕貴はどこか行きたい所ある?」
そう問われた少女がハッとして顔を上げる。
「私は、美味しければどこでも」
嗣岡夕貴は、苦笑いを浮かべた。
とりあえずテストから解放されたのだから、いつもならこのメンバーと同じくらいには元気を取り戻している――はずだった。
だが、どうもひとりだけ様子が違う。
「今、ナニか別の事考えてたっしょ~」
「え? もしかしてテストの出来が悪かったのぉ?」
「そっそれはっ、いつもと同じで普通だったもんっ」
顔が赤くなるのを感じた。夕貴は確かに、勉強が好きなわけではない。
けれど今考えていた事は本当に、それとは違ったのだ。
ニヤニヤした三人に取り囲まれ、夕貴はたじろいだ後、ため息を吐いた。
――いいや。どうせ後で相談するつもりだったんだし。
「ミサちゃ……従姉がね、来月披露宴するの。ウェディングベールにドロップ付けるの頼まれてて、そのデザインの事考えてた」
三人が「えーっ!」と声を上げる。
「すっごいねぇ! 夕貴ちゃんのドロップ、綺麗だもんねぇ。頑張って!」
「いい結婚のお祝いじゃん~、ガンバれ」
「ベールだけ? ティアラは?」
「い、いやさすがにそこまでは」
ベールに散りばめるだけより、ティアラは遥かにハードルが高い。高すぎる。
自分が使うのならともかく、親族の御目出度い披露宴に、そこまで手出しをする気はなかった。
しかし、ティアラに憧れていないわけではない。
女の子なら誰だって好きだと思う。
だが、それとこれと話は別だ。
自分は装飾品デザイナーなどではなく、普通科に通うただの高校生でしかないのだから。
「だからね、自宅のフェイスタオルに幾つかデザインを施してみたんだけど、食べながらでいいから見てくれないかなぁ。女の子目線の感想が欲しくて。そこからまた考えてみたいし」
「持って来てるの?」
「うん」
「売ってくれてもいいよ?」
「は?」
「いっそ商売にしちゃえばいいのに。夕貴と同じドロップ使ってるのなんて、他に見た事無いしさぁ」
それはそうだろう、と夕貴も思う。
自分の使うドロップは、どこかで売っているビーズやラインストーンではないから。
――ドロップはオリジナルと言えば完全にオリジナルだけど、材料費タダだしな。それに素人の私が、お金は取れないよ。
相手がいくら友達でも、ムリだ。
確かに将来的に、小遣い稼ぎが出来れば嬉しいと思ってはいるけれど。
――材料の美しさと技術力は、別だからなぁ。
自分はお金を取れるほどではないと、自覚している。
市販のアクセサリーパーツにドロップを好きなようにくっ付け、遊んでいるのが今のレベルだ。
でもまぁ確かに、大量生産品では見かけないような品に一応は仕上がるので、女性受けはいい。
だから従姉のミサからも今回の話をもらったのだ。
――他の人に使いこなせる素材じゃない事は確かだし。材料として売り飛ばす事も出来ないもんね。
趣味でウハウハ大儲け、と言うのは漠然とした、まだまだ先の話だ。
今は普通に、自分で地味に楽しむのみである。
「おい、夕貴」
背後からの声に、気持ちがギクリと反応した。
友達は夕貴より素早く身体を翻し、彼を歓迎する。
そこに姿を現したのは自分達より少し背の高い、同じ学校の制服を着たひとりの男子だった。
「勇気くんだぁ~」
「夕貴ちゃん、彼氏だよ、彼氏っ」
「彼氏じゃないって!」
夕貴は慌てて否定する。
「彼氏じゃねーよ。夕貴は俺の分身だって、何度言えば分かるのお前ら」
勇気と言う名の少年は、真顔で言った。友達が「ひゅー」と囃し立てる。
「ゆ、ゆうちゃん……」
その言い方では、余計に誤解されるのに。
確かに彼は、夕貴の分身だ。
それ以外に言いようはない。
でもそんな事、他の人には伝わらない。
こんなの、言って理解してもらえる事ではないのだから。
単なる友達、いや、親戚とか言えばいいのに。最近では一緒の家に〈住んで〉いるのだし。
なのに勇気がこんな言い方をするから、彼氏認定されている。
もうどんなに言い訳しても覆らない。
みんな、そう信じてしまった。
一応、勇気だって否定はしてくれるのだが、それが〈分身〉だなんて言葉では、余計に誤解されるだけだ。
――もっと他に言い方があるのにな。事情があって一緒に住んでる親戚とか、さ~。
分身だけあり、夕貴と勇気の顔の作りはほぼ同じである。
なのに、なぜにみんなからは他人と思われてしまうのか。
男子と女子では、例え同じ顔でも与える印象が違い過ぎると言う事だろうか。
――まぁ、性格違うしなぁ。性格が違うと言う事は、表情が違うって事だしなぁ。性別も違うしなぁ……だから私達は〈分身〉なんだけど。
「はいはい、仲がいいのはもう充分知ってるから。勇気くんもこれから打ち上げ一緒にどう?」
「ちょっと、ココハちゃん止めてよ。今日は女子会なんがたら、ゆうちゃん遠慮して」
「遠慮するのはいいけど、俺も甘いの食いたい。何からのおみやげを期待する」
「……え」
――誰のお小遣いで? もしかして私? 私のっ?
「どうせお前、ベールの事でミサから小遣い入るだろ。お前のドロップの半分は〈俺の手柄〉だからな」
――それを言われると、否定出来んぅ。
「てか半分どころか、ほとんど俺の手柄だけど」
反論出来ない。
「分かりました」
「素直でよろしい。それでこそ俺の夕貴」
――だから他の人の前で、そう言う言い方、止めてってば。
勇気はいつも、夕貴を肯定してくれる。
褒めてくれるし、好きだと言ってくれる。
けれどそれは彼が、彼自身に告げているのと同じ事だった。
彼は、自分自身を好きなのだ。
自身を肯定している。
――何と言う自信家……いや、それがいい事なのは分かってるけどさ。
自分自身を信頼している、その強い気持ち。
それを垣間見るたび、夕貴は彼が羨ましくなる。
――あの自信、どこから来るんだろう。
分身でありながらこんな気持ちになってしまう自分が、少し可哀想な気がした。
――出来のいい兄弟が居る平凡な子って、きっとこんな気分なんだろうなぁ。
兄弟どころか、相手は自分の分身だ。非常に複雑な気分である。
「で、結局みんな雪花冰でいい?」
「いいーっ。大好き、嬉しい、楽しみ、早く行こー!」
「たーいわん、たーいわんっ。いつか本当の台湾に旅行するーっ」
「みんなで行こうねー」
「ねーっ」
みんなの表情から、ハートがスプラッシュしまくっている。
――台湾は美味しいものがいっぱいあって、日本人にとってはいい国だよね。
行き先が決まるのとほぼ同じタイミングで、校門を出た。
――ん?
するとそこには、こちらに背を向けた女子生徒の群れが壁のように出来ており、ちょっと異様な雰囲気が漂っていた。
みんな同じ方向を向き、ヒソヒソと声を殺し、囁き合っている。
「え、ナニどうしたの」と友達のひとりが女子の垣根に近づき、彼女達の背後で数回ジャンプした。
すると彼女は「ヒャッ」と妙な高音を漏らした。そして着地した後、こちらを振り返る。
「みんな、クリストファーだっ」
中学時代の同級生、が脳裏を過った。




