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終焉

  漆黒の法衣を失った魔女の腹部へ槍を突き刺したヘルトは、そのまま魔岩石があった街の中心部へと突き進む。


  「ああああああああああ」


  炎は魔女へと燃え移り、ふたりが地面に接地したところで横転して激しく土煙を巻き上げた。


  それを追ってその土煙へ向かうと、ふたりはその中から何ごともなかったかのように飛び出して戦いを再開。再び鞭を振り回し矢を撒き散らす魔女に対して、今度は得意の高機動で接近するヘルト。


  魔女が生成した大岩を槍の一閃で打ち砕くと、砕けた岩は炎を吹き上げた。


  「レップウウジン」


  属性偽装によって現れた炎だったがそれを予想し、変化したそばから風で巻き上げ吹き散らす。


  ヘルトを包む赤い光はさらに激化してむちを振るう魔女を翻弄。それに(ともな)うヘルトの消耗はそうとうなものだということは火を見るより明らかだった。


  『これ以上の負担は強いれない。俺が援護するんだ』


  特攻めいた勢いで飛び込むヘルトに、魔女が紫の法術陣を展開して行く手を阻んだ。それを見て俺は半ば無意識に法術を錬成、発現させた。


  「セイング・プロテクション・ペンタグラム」


  俺の正面に展開された法術陣。続けて引き絞った左腕を勢いよく前方に押し伸ばす。


  展開した防御法術陣をヘルトへ飛ばすと、魔女が展開した障壁と衝突した五芒星の陣は、魔女の法術陣を打ち消した。


  思う場所への法術陣設置展開は得意とした過去の俺と、少しずつ重なってきているのかもしれない。本来自身の周囲に展開する設置型の法術陣を投げ放つなんて、自分でもデタラメなことをしたもんだと振り返るのは今ではない。


  消失した法術陣の穴に飛び込んだヘルトを迎撃してきたのは螺旋(らせん)の黒い渦だった。


  突如の変則的な動きすら反応して見せ、叩き落して足で踏みつけた鞭を掴み取る。そのあとヘルトが取った行動は、全力で魔女を引き寄せること。


  必勝の好機とばかりに槍に闘気を込め、魔女の胸に突き入れようとしたが、ヘルトは体が一瞬動きを止めた。


  槍は魔女の横をかすめ、体は力を失いふらりと流れる。


  なんと、四肢を地に付け崩れた彼の足に絡みついた鞭が、蛇となって噛み付いていた。もう一方の鞭は八匹もの蛇にわかれて硬直して動かないヘルトを八方から襲う。


  「エルス・スラッシャー」


  それを見たときすでに俺は、ヘルトに向って足を踏み出し法技を放っていた。


  蛇たちは鋭い牙を生やす大口を開けたまま胴から切り離されて地面に落ちてのたうち回り霧となって消えていく。


  それすら意に介さず振り上げた腕に生成された大鎌でとどめを刺しに迫った魔女。うずくまるヘルトは反撃できず、俺も法技を放った直後で対処できない。


  「やめろー」


  黒光りする魔女の大鎌がヘルトの首筋に届こうかという瞬間に、叫ぶ俺の横を光弾が駆け抜け魔女を弾いた。


  その威力もさることながら純度の高い輝力の光弾は、魔女を護る様々な障壁を消滅させる。


  魔女の注意が()れたとき、ヘルトは()いつくばりながら魔女を見上げて叫んだ。


  「レッパトウゲキショウ!」


  体を包む赤い光が膨張する。これはやばいと思わせるその現象は、次の瞬間に爆発という形でそれを証明した。


  悲鳴じみた魔女の声を飲み込みんだ自爆を思わせる闘技の威力は、俺の爆裂法術の何倍だろう。


  距離を取って後方にいた俺を押し飛ばした爆発は、さらに後方の法術士団にまで爆風を叩き付けた。


  爆風が収まり立ち上がった俺の目の前には、大きなくぼみができていて、その広さと深さから技の威力の大きさがうかがえる。


  基本的に闘技は法技と似通ったもので体術要素の強い技術のはずだが、今のような法術を思わせる技もあったようだ。それもこれほどの規模の闘技があるとは驚きだった。闘技恐るべし……。


  諸々の感覚がマヒした状態のままで視力を頼りに様子を伺うと、半分土に埋もれて倒れているヘルトが見えた。


「生きてるか?!」


  全力で駆け寄て抱き寄せると、体はガチガチに硬直していた。


  「蛇の毒だな、すぐに消してやる。マキュロン・ライト」


  解毒の法術によって硬直していた体の力が少しずつ抜けていく。そのまま肩に担ぎくぼみの坂を上がった。


  「どうやら助かったみたいだね」


  「気が付いたか。無茶な技を使ったもんだ」


  「魔女に接近していたし体も動かなかったからあれしか思いつかなかったんだ」


  「これでパシルとの約束は果たせたな」


  「うん、謝ることが増えなくて良かった」


  ヘルトの無事を確認してほっとしたところで光弾を放った者のことを思い出し、出所を探して目を凝らす。その先には聖獣エイザーグとなったグラチェが悠然と立っていた。


 それはイーステンド王国の大聖堂で、アムの魂を捕らえていた邪念の闘士との闘いのとき、クレイバーさんの輝力を取り込み変化した姿だ。同じように誰かが力を注いだのだろう。その誰かは恐らく、グラチェの背中に乗ってこちらに向かって来るウラとハムに違いない。


  アムも一緒に乗って3人はヘルトが作った爆心地のくぼみのふちに降り立つと、それに続いて心配顔のパシルが走り寄ってくる。


  「ヘルトさん!」


  その勢いのままにヘルトへ跳び込んできたので、俺はひっくり返りそうなのをなんとか耐えてふたりを支えた。


  「ヘルトさん、生きてますね。良かったです、本当に良かったです」


  「心配かけたね。大丈夫、体の頑丈さが取り柄だから」


  これが素の彼女なのだろう。昨日会ったときの堅苦しさはなく、ヘルトの無事を喜んでいる。他の人たちも警戒しつつもゆっくりとこちらに向かってきた。


  横を見るとウラとハムが無言でたたずんでいる。魔女となったとはいえ生きていた姉が討たれるのを目にする彼女らの心情を察すると胸が痛む。


  「無茶なことをする」


  俺の肩に担がれたヘルトにそう伝えたアムに対して、


  「それが使命なんだ」


  「使命というなら逃げ出すこともできたはずだぞ」


  その返しに少し考えてから、


  「他に天命やら宿命やらがあったとしても、自分で決めた使命の方が僕にはずっと大事なことだよ」


  街を護るために捨て身の技を放ったヘルトは笑顔でそう応えた。


  この街の英雄である彼の英雄の在り方を見て、アムは何を思うだろう。捨て身の闘いは自分と重なるものがあったはずだ。


  「グラチェの援護が無かったら危なかったな」


  紙一重でヘルトの窮地を救った恩人の首筋を撫でてやると、牙を剥いて唸りを上げ、俺とヘルトを横に押しやった。


  「おいおい、何を怒って」


 俺が手を引っ込めたところでグラチェはさらに俺たちを押しのけて踏み出し、わずかに下げた頭を突き出したかと思うとエイザーグを彷彿させるような轟音の叫びを上げた。


 その咆哮は舞い上がる土煙を引き裂いて突き進み、その先に潜んだ魔女を捕らえた。


  「きあぁぁぁぁぁぁ」


  隠れて反撃をうかがっていたのであろう魔女はグラチェの聖なる咆哮を受けて撃ち落とされた。


  俺たちは身構え、闘士団と法術士団は再び後方へ退き距離を取った。


  「ノラたーん」


  もう魔女にさっきまでの力はないようだ。この場に漂う陰力に紛れるほど弱まったその力が何よりの証拠。そのおかげで逆に気付くことができなかった。


  それでもふらふらと立ち上がり俺たちを睨む。その目からはいまだ狂気をはらんだ殺意の意志が感じられるのだが……。


  「ノラ、もうやめて」


  「ノラ?」


  たまらずウラが叫んだ名前にヘルトが問うてくる。


  「あの魔女はウラの姉なんだ」


  「どういうこと?」


  アムの回答にさらなる疑問が浮かんだであろうヘルトに説明を付け足す。


  「大昔に人間がおこなった実験が失敗して森の妖精族であるウラの姉が魔女になってしまったんだ。寂しさが嫉妬となり、嫉妬は怒りを生んでその感情を人間や妖精にぶつけた。そうとは知らず友人だった仙人ハムと妹のウラは魔女と闘い、長らく大地に封印してきたのさ」


  無防備にノラに向うウラに突き出した手から陰力の衝撃を放つ。その力でウラを何度も撃ち飛ばすが、その度にウラは立ち上がりノラへと足を進める。ハムも一緒になって近づこうとするがノラはそれを許さない。


  「ごめんにゃぁ、今まで気が付かなくて」


  執拗に歩み寄ろうとするふたりはボロボロになりなっても諦めない。止めなきゃと思いながらも俺はそれをできずにいた。


  何度目のことだろう、ウラとハムはとうとう魔女の前に辿りついた。そしてふたりはノラを強く抱きしめた。


  「ごめんなさい、私たちがノラを傷つけてしまったのは知っていました。でもそれがこんなことになるなんて」


  ふたりはそのまま号泣する。嗚咽(おえつ)(まじ)え謝罪する言葉はノラに届いているのかわからない。力を失っているとはいえ魔女は危険な存在に変わりない。ふたりの気持ちが通じたなどという奇跡が起こりえるのかとハラハラしながら様子をうかがっていると、ヘルトが剣呑(けんのん)な声で言った。


  「何かおかしい」


  「え?」


  「この大地の鳴動(めいどう)はなんだ」


  ヘルトが察知した異変に、マヒしていた感覚と散漫(さんまん)だった集中力を使ってあたりを探ると高まる力を感じる。確かな大地の鳴動が聞こえてきたときには、その力は少しずつハッキリとしていき一点に収束し始めた。その収束点は俺たちのいるここだ。もっと正確に言えば、ウラとハムの居る場所。つまり魔女に向かって力が集まっている。


  「あ、ああ、ああ」


  天を仰ぎ震える声と震える手。その手がウラに近付いて行く。


  『まだ力を残していたのか』


  「ウラ危ない、魔女から離れろ!」


  アムとヘルトと3人でウラたちを引き離そうと腕を伸ばすが、それよりも早くその力は魔女に吸い寄せられるように集まった。


  天を仰いでいた魔女はこちらを見ると口元に薄っすらと笑みを浮かべた。だがそれが、どことなくさっきまでとは違う笑みだと感じた矢先、魔女がふたりを勢いよく弾き飛ばした。


  「ノラ……!」


  俺たちはウラとハムを受け止めつつ一緒に押し戻された。


  名を呼び腕を伸ばすウラ。その先で笑みを浮かべたノラを大地から伸び上がった巨大な手が掴み取った。

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