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前哨戦

  「そんな、それじゃぁウラは自分の姉を敵として、これまでずっと闘ってきたってことか?」


  思いもよらない、あってはならないことがアムの口から告げられた。


  ウラはアムの言ったことを理解できていないのか固まったままだ。


  「そうだ、姉妹で殺し合いをさせるわけにはいかない。だが、魔女をこのまま放っておくわけにいかない。ならばわたしが代わりに魔女を討つ」


  「うそです」


  ウラが呟く。


  「そんなはずはありません。あの優しくて穏やかで、誰からも慕われるノラが魔女なはずはありません」


  焦点の合わない目でそう言ったウラは、ゆらりと立ち上がった。


  「多くの命を奪い何百年も呪いを放ち続けるおぞましい魔女がノラなわけがない!」


  振り絞った声で叫び否定する。


  「ウラたん」


  呪いを引きはがされ陰力が抜け、元の小さな獣人に戻ったハムが意識を取り戻した。


  「アムたんの言ったことは本当にゃ。あの魔女はノラたんだったんだお」


  アムが語った事実はウラにとっての真実とは違ったのだ。強く否定する心は、ハムの言葉で折れてしまい、その場に泣き崩れてしまう。


  「知っていたのか」


  「魔女の呪いの浸食を受けていたぼくの半身が戻ってきたときにわかったにゃ」


  ハムも仰向けのまま涙を流している。


  ノラが魔女だったとわかった以上ふたりははもう闘えない。むしろこの闘いを止めようとさえ考えるかもしれない。だけど街の存亡を思えばそれはできない。ふたりには恨まれるかもしれないけど魔女はここで倒すしかないのだ。


  アムは自分が討つとは言っているがこの状態では無理なの明白だ。


  『俺がやるしかない』


  心で自分にそう言い聞かせ、剣を強く握り直すと、上級空圧防御、対物理攻撃防御、対法術大耐性、陰力減衰光幕が半ば無意識に展開する。少しずつラディアだったときの力を取り戻し始めたのだろう。


  続けて高速移動法術で倍速した体ごと、ヒラヒラと舞いながらヘルトと闘う魔女に向って猛然と走り寄り、側面から袈裟切りにした。


  「ぅらぁ!」


  そのまま足を踏ん張り勢いを止めてヘルトの横に並んで構え直す。


  「そっちは終わったんだな」


  「あぁ、助太刀に来た。でもこれ以上の戦力は期待しないでくれ」


  「君が来てくれただけで十分だ」


  見ればまともに闘えそうなのはヘルトだけだった。さっきまで闘っていた闘士のひとりは呪いにやられたのであろう。人の心を失った獣となりノーツさんによってその命を絶たれていた。グラチェもへばり気味で息も絶え絶えながら残った妖魔を押さえつけ、喉笛に噛み付いていた。


  「グラチェ、おまえはアムのところに戻れ」


  魔女を睨んだまま数歩後ずさりしたグラチェは身を(ひるがえ)してアムのところに戻った。


  「これでもう僕たちふたりで闘うしかない」


  「だなぁ」


  人生で何度目かの命を懸けた闘いだ。もう震えて動けないということはないが、恐怖で体がすくむ衝動は抑えられない。心力を高ぶらせてその衝動に抗い、最大限の力を発揮することが最低条件。


  ふわりと地に素足を付けた魔女の左腕には今俺が付けた傷がある。


  『魔女だって不死身じゃない』


  そう自分に言い聞かせた俺にヘルトが合図する。


  「いくよ」


  「おう」


  静かな掛け声で応え、俺たちは同時に踏み出した。


  ヘルトが突き入れた槍をかわしたところに死角に入って下段から切り上げる。


  重力に縛られずに上下左右に動く魔女を捕らえるのは容易ではない。


  駆け寄る俺たちに向って差し出した2本の指を上向きに持ち上げると地面が棒状に突き上がる。微かな精霊の働きを察知する俺と超人的な反射速度でかわすヘルト。再び詰め寄る俺たちに黒いボロ布のような法衣から炎の矢が射出された。


  ヘルトは槍を振り回し、俺は正面の矢だけを叩き斬ると、それらは炎の矢とは思えない割れるような音を発して砕け散る。


  『これは属性偽装か』


  魔女が使う特殊な力だ。


  散った炎は氷の破片となり、飛び散って白い霧に変化して俺たちを包んだ。


  まわりの空気の温度が急激に下がり、付着した霧が俺たちを()てつかせ、みるみるうちに体温は奪われ体の自由が利かなくなっていく。


  そんな俺たちにとどめを刺すべく、両手でこねるように黒い塊を生成した。


  「セイング・フレア」


  正面に構えた左手が聖なる炎の閃光を発して黒い塊を打ち消しつつ、場に満ちた冷気を吹き飛ばす。それによって上がった温度が霜を溶かして体の感覚が少し戻りだした。


  俺の発現した法術が勢いを失い消えようとしたときには、ヘルトは槍の旋風を纏いながら魔女に向かって飛び掛かっていた。


  ヘルトの槍をひらりとかわす魔女。俺は氷結によって動きの鈍った体を気合で無理やり動かし、ヘルトに合わせて魔女を左右から挟み打つ。


  だが、(かすみ)のように消えた魔女を捕らえることはできず、俺たちの攻撃は空ぶりヘルトとすれ違った。


  消えた魔女の気配を探ると異様な気配を背後に感じ、俺は振り向きざまに剣を薙ぐ。剣は魔女が出した黒い棒状の武器に阻まれて甲高い金属音を奏でた。魔女は続けて黒い棒を振り回し、その棒が俺の肩や(すね)を打った。


  『速過ぎる』


  防御を鎧に頼って振るう俺の剣は空を切るばかりで当たらない。胸部に3度突き入れられて後ろに倒れた俺は、迫る魔女に妙な気配が重なっていることに気が付いた。


  「セイング・ピュリフ・ライト」


  倒れざまに発した光を受けて、迫る魔女の姿がブレてぼやける。


  胸に迫った黒い棒は脇腹をかすめて地面に突き刺さり、俺の前には目を見開いたヘルトが居た。どうやら魔女の幻術にかかってしまっていたようだ。


  驚き顔のヘルトを足の裏で蹴り飛ばし横に転がると、地面に炎の槍が突き刺ささり大きく()ぜた。


  「すまない」


  上空に視線を向けたまま謝罪するヘルト。


  「気にしないくていいよっ!」


  と語気を強めて手のひらを上から下に振り下ろす。俺の発現した法術陣が上空に展開し、熱波を放って不敵に浮かぶ魔女を地面に押し落とした。


  鎧を纏った俺の能力は普段に比べて格段に上がっている。強力な法術の錬成も発現の早さもあのころのアムに匹敵するだろう。それでもまだ魔女に対しての優位を得られない。


  風の波動で柔らかく着地した魔女はその場でくるりと回って見せる。はためいた漆黒の法衣から同じ色の礫が無数に飛び散った。


  「センプウソウ」


  ヘルトは槍のひと振りでその(つぶて)を跳ね返し、風の衝撃が魔女を撃つ。


  俺は反応が遅れ左腕をかざして(つぶて)の攻撃に耐えるのだが、その攻撃は大した威力はなく、さして影響はなかった。


  広範囲に撃ち出された漆黒の(つぶて)は後衛や法術部隊にも届くのだが、法術士や闘士たちによって大半は防がれ、大した被害は出ていない。


  ヘルトの闘技によってふらついている魔女のそれはわざとらしい演技にも見えたが、それを見逃さずヘルトは猛然と詰め寄った。その彼に対して腕を振るった魔女の袖がはためくと、それは鞭へと変化。軽く振り回したような動きだったが、先端は音速を超えて衝撃波が地面を弾いた。


  さすがの反応でヘルトが回避したところにもうひとつの鞭が襲いくる。


  鞭という武器に対する戦闘経験の無い俺は援護に入れない。地面への衝撃を見れば通常の鞭とは違うのは歴然だった。


  さしものヘルトも左右から繰り出さされる鞭の攻撃を槍で()なしたり(かわ)したりは無理なようで、大きな範囲での逃げの一手だった。


  高らかに笑いながら鞭を振り回して追いかけるこの魔女が、ウラの姉である妖精とは想像すらできない。いったいどうしてこんなに変わり果ててしまったのだろう。


  障害となる小屋や丸太の山を砂の山でも蹴散らすように砕き飛ばす。その破壊力と速度に成す術がなく逃げ回っていたヘルトは大きく跳躍した先で槍を横に突き出し構えた。


  「モード・ファイガル」


  おそらく法文ではないだろう言葉に反応してヘルトの槍に紋様が浮かぶと、それを握る彼の体がぼんやりと赤く光りだした。


  そんなヘルトを容赦なく鞭の波が飲み込んだ。


  だが、先ほどまでとは違い縦横無尽に襲いかかる超高速の鞭打を、ひとつとして受けずにヘルトはジリジリと間合いを詰めて行く。


  【モード・ファイガル】という言葉によって起こった現象は肉体強化のみならず、反射速度や動体視力をも向上させるものだと推測できる。今のヘルトは体術面において超人と言って差し支えがない。


  あの中に無理に飛び込めば足手まといになることは必至。剣を握る手に力を込めてヘルトが掴み取るであろう来るべき機会に備えた。


  槍が届く間合いに踏み込むみ、今度はヘルトの反撃が始まる。

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