緑のフードの女
わたしのぼやけた視界に飛び込んできた光景は止めることのできなかった凄惨な闘いだった。街の人々は獣や妖魔や精霊幻獣と闘い、その向こうではヘルトが漆黒のローブを纏った怪しげな女性に槍を突き伸ばしている。
『英雄たる者が女性に刃を向けてはいかんな』
視力と同様にハッキリしない思考の中でそんなふうに思っていると、いきり立ったラグナの声が耳に届いた。
「この野郎、しこたま殴りやがって、あったまきたぞ。今から俺がハムに喝を入れるから、その隙にそいつをぶち込んで目を覚まさせてやれ」
視線をそちらに向けるとたくましく強大な力を持った獣人と対峙していた。
「うらぁぁぁぁぁ」
その獣人に立ち向かうラグナは奇跡の鎧に身を包んでいる。その姿を見てどうにか意識が鮮明になり、よくよく観察するとその獣人がハムだということに気が付いた。
内に秘めた渦巻くドス黒い陰力はいったいどうしたモノなのか? 聖霊仙人と呼ばれた聖なる者とは思えない汚れたその力は、溢れんばかりにハムの体を浸食していて、とてもひとりで相手にできるような相手ではない超ド級の化け物となっていた。
「メガロ・ザンパクト」
そんな化け物を相手にラグナひとりで闘えている理由は、ハムの中に埋もれた意識が抵抗しているからだ。それがなければ如何に奇跡の鎧を身に着けていたとしても、今のラグナでは到底太刀打ちできるものではない。
『助太刀しないと』
激痛を通り越してマヒした体に力を込めるが起き上がることができない。どうにかうつ伏せになって上体起こそうと歯を食いしばって顔を上げた視線の先に奇妙な感覚を覚えた。
怒声や剣撃音、踏み叩く大地の震動。その中に自然と紛れる異質な何か。それはすでにすぐそこに迫っていた。
どういうわけかそれと意識しなければ見えているのに気が付かない。空気に溶け込んでいるようなその者は、腰に細身の長剣を差して緑色のフードを被っている。
誰にも気づかれず闘う人々の合間をぬって、こちらに向かって歩いてくる。
目の前で立ち止まったフードの者は片膝を付いてわたしの肩に手を置いたが、これほどにまで近づいてもフードの中の顔を確認することはできなかった。
『認識阻害を起こす法術か?』
ただ、その者が女性だということはわかった。
『緑のフードの女。ヘルトたちが言っていた者だな』
ならばこの者は敵である可能性が高い。そう考えて立ち上がろうと力を込めるわたし対して静かに言葉を発した。
「動かないで」
目の前にいるのに存在感の無い彼女は、押さえつけるでもなく優しくわたしの体を地面に伏せさせる。
「ガイア・カレント・ケアリオーラ」
呟かれた法文により大地に法術陣が広がった。
「肉体の損傷が激しいですね。貴女の特殊な体ならば体力を回復させてから自力で再生させた方が良さそうです」
「どういうつもりだ、おまえは魔女の復活を望んでいた魔女の使徒だろ?」
「魔女は再封印せずに倒したかった。封印すればその苦しみがまた続きます。私と貴女ではやり方が違うだけで、その思いは変わらないのだと思います」
「思いは変わらない? おまえは何者だ!」
「ここに長くとどまると私の存在が気付かれてしまう恐れがあります」
すくりと立ち上がった彼女はわたしに背を向ける。
「待て、おまえの目的はなんだ」
「私には魔女を倒せません。ですから必ず魔女を倒してください」
彼女は現れたときと同じように荒れ狂う戦場を何ごともなく歩き去っていく。追いかけて何者なのか問いただしたいが、そんな状態でも状況でもない。ただ見送ることしかできずもどかしく思うわたしの耳に届いたのは、勝負をかけたラグナの声だ。
「エレクト・ショック」
魔獣化したハムと絡み合いながら上空から落下し、電撃の法術で一瞬動きを封じ、その隙を突いてウラがハムを法術陣で包み込んだ。
解呪の法術によって魔獣化したハムを救うつもりなのだろうが力が足りていない。あれだけの強大な呪いの陰力に対抗するには継続した高出力の輝力が必要だ。それを可能にする力をラグナは持っている。
「ラグナ、グランの法文だ」
出しうる最大の声で叫んではみたがラグナには届かない。
敵か味方かわからない緑のフードの女が施した回復法術陣は、地脈の流れを利用した法術だ。今のわたしの特殊な体にも効果があるらしいことを、握った拳の力入り具合で確認できた。
いくぶんか回復した力で傷ついた体を再生治療する。ウラの超高密度の輝力によって消し飛ばされた陰力は、幸いにもこの一帯に満ちた陰力が回復の手助けとなった。
脇に置かれたリンカーを掴み、それを支えに起きたわたしは震える膝に喝を入れる。
どうにか2本の足で立ったところで強い輝力の光がラグナから発せられた。
「あれは、グランの法文」
握ったウラの手を通して伝わった波動が解呪の法術を強化し、ハムに巣くった呪われた念を剥ぎ取っていく。だが、輝力に当てられたとはいえ、まだ余力を残しているその念は、宿主であったハムに再び憑りつくためにうごめき出した。





