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魔女と聖霊の能力

  少し離れた場所の戦場に目を移すとヘルトたちが奮闘しているた。しかし、サウスさんは倒れ、闘っているのはヘルトとノーツさんともうひとりの闘士だけ。そんな中でグラチェも懸命に闘っている。


  辺りは午前中だと言うのに薄暗い。雲が多いが太陽の光も届いているにもかかわらずだ。


  「ここはもう魔女のテリトリーです。この空間では起こりうる事象が通常とは異なります。あなたが思いもよらないことも起こると思ってください」


  俺の思いを察してウラはそう説明する。


  呪いひとつとっても俺の常識にはないことだが、その他にも何かあるというのか。


  ヘルトの動きは鬼神のごとき冴えを見せ、致命傷を与えることはないにしても圧倒的に押している。魔女も瞬間移動のように気持ち悪い動きでかわしながら法術を使って反撃してはいるが、ヘルトは超人的な反射と運動能力、そして耐久力によってそれをしのいでいた。


  厳しい状況とは言えヘルトは魔女と渡り合っている。彼らの一族に伝わる魔女の恐ろしさを考えればこれを善戦と言わずなんというのか? ウラやハム、俺やアムが完全な状態ならば、それほど恐れるほどではなかったのかも知れない。


  だが、ヘルトの猛攻に襲われながらも魔女は薄い笑みを浮かべ、顔の前に指を一本立てると軽く息を吹きかけた。その指先から噴き出した火炎が彼を包み込むが、素早い反応で振り回した槍が巻き起こす旋風が火炎を巻き取った。


  「あっ!」


 俺は思わず声を上げる。魔女のそれを見たとき、なんとかなるという考えが荒唐無稽なものだと思い知らされるのだった。


  巻き取った火炎は水へと変貌し凍りついた。その氷は槍と体を地面に縛りつけてヘルトの動きを封じてしまう。さらに魔女はヘルトを小馬鹿にするようにヒラリと舞っい、渦巻く水の矢を数本生成した。


  槍を固めた氷を膝で蹴り砕き撃ち出された水の矢を槍を振り上げて叩き落としたヘルト。だが、その体を石の散弾が撃ちつけるという不可思議な現象が起こった。


  「なんだ今のは?」


  「あれは属性偽装とでもいうのもでしょう。見た目の属性と本来の属性を変えてしまうのです」


  いよいよ魔女が本領を発揮し始めたようだ。この空間の支配によって何が起こるかわからないのは恐ろしい。そんな闘いをヘルトたちだけにさせるわけにはいかない。


  「早くハムにゃんを助けて私たちも加勢しましょう」


  俺たちはデコボコになった地面を乗り越え暴れるハムに接近する。ハムが動くたびに大地が揺れ、暴風が吹き荒ぶ。炎獣はますます激しく燃え上がり、法術で耐火しないと近付くだけで大火傷してしまいそうだ。


  風の鳥に上空に巻き上げられる闘士が叫びを上げて落下する。魔女と交戦する者もすでに数名は戦闘不能になっていた。


  「ハムにゃん、今助けます」


  左手の平に圧縮した解呪の法術陣を構えて盛り上がった地面を駆け下ると、側面から近付く俺たちに気が付いたハムは振り上げた右腕に炎を纏わせて振り下ろした。


  俺はウラを後ろから抱きかかえて後方に跳び下がり着地と同時にハムの懐に飛び込もうとするのだが、ハムが繰り出す攻撃は魔獣と呼ぶに相応しく簡単に近づくことができない。


  「鈍そうなナリして機敏な動きをするな」


  機動力はともかく攻撃の回転が速く隙がない。


  「エルス・トルネイダー」


  吐き出さされた炎の息に竜巻の壁をぶつけて防御すると、巻き上がる炎の中から竜巻を突き破って直径五十センチほどの岩石が飛んできた。


  咄嗟に腕を交差してウラを抱え込む。岩石が腕に激突した直後、上空から氷の矢が雨のように降り注いだ。続けざまに目に見えない衝撃が俺の【エルス・トルネイダー】を撃ち破り、俺とウラは弾き飛ばされ、もんどり打って地面に倒れた。


  「なんだ今の法術の連続使用はっ。あれはもう連続を超えて同時発現の域だろ?!」


  「ハムにゃんは心力の増幅と法術の錬成をせずに瞬時に発現が可能なのです。ですので法術と違って法文も必要ありません」


  「それじゃ無声文どころじゃないな。聖霊の能力ってわけか」


  上級法術士ともなれば単純な法術や自分が得意とするいくつかの法術であれば無声文発現は可能だ。アムはその体が法具に近い特性を持ってしまったため、様々な法術を無声文で発現させることができる。だが、それでも使える法術はひとつずつだ。聖霊であるハムは精霊に直接命令または協力を得ることで同時発現できるらしい。


  聖霊の能力に面食らっている俺に向かって、ハムは獣らしい瞬発力で突進してきた。ハムの拳は精霊の力で纏わせたであろう岩石に覆われている。


  「あぶねぇ」


  俺の横で起き上がろうとしているウラを突き飛ばした俺をハムは押し倒した。そして、5発、10発と拳の嵐を浴びせる。殴るたびに岩が割れ剥がれるほどの打撃。そのたびに鎧は光を弾けさせその攻撃に抵抗する。


  『これがあの可愛らしいナリをしたハムかよ』


  近年、人型に近い魔獣と闘った経験といえば、王都街にあるクレイバーさんの研究施設に現れた邪影獣くらいだ。そのときはまだ俺がこの鎧だった記憶が戻る前で、鎧も纏っていなかった。


  『あいつも強かったけど知能が高い分こっちの方がよっぽどやっかいだぜ』


  両腕で固めたガードに対して角度を変えて岩石の拳を叩きつけるハム。


  「なぁめんなっ!」


  上体を半身に捻りながら振り下ろされた腕の内側に腕を入れて捌くとハムの拳は頭の横の地面にめり込んだ。その腕を掴み引き寄せて起き上がりながら左の拳をハムの顔面に叩き込む。


  大したダメージではないだろうがわずかに怯んだその隙に素早く法術を錬成して叫んだ。


  「ガイア・ランザーラ」


  背にする地面から突き上がった硬化した土の柱が、振り下ろす拳を打ち返してハムの胸や頬を打ち上げた。上体が仰け反ったところでその場を脱出しウラのそばに駆け寄った。


  「この野郎、しこたま殴りやがって。あったまきたぞ!」


  ダメージはともかくボコボコに殴られた俺は、その屈辱に頭に血が上っていた。ハムもすぐに体勢戻すとこちらに踏み込む。


  ハムに向かって駆け出した俺は、ハムの大振りの拳を体を捻ってかわしつつ鞘を付けたままの剣で法技を放った。


  「メガロ・ザンパクト」


  その衝撃が肉厚な巨体のハムの胸部に打ち込まれ、ハムを2メートル後退させる。 一瞬動きを止めたハムに対して俺は、剣をヒュンヒュンと振り回して挑発。そしてウラに言った。


  「今から俺がハムに喝を入れるから、その隙にそいつをぶち込んで目を覚まさせてやれ」


  魔獣化した聖霊仙人に勝つ自信があるわけではないが、頭に血が上っている俺はやり返さないと気が済まない気分だった。だがそれは、殺すべき敵との死闘ではなく、知った仲であるハムとの喧嘩という感覚だった。

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