準備
俺は自室に入ってベッドに寝転がり、今までの出来事を整理しようといろいろと考えを巡らせていた。
「考えはまとまったかい?」
いつのまにかアムサリアも部屋に入っていた。
「わたしと事件の関連性を考えているのだろ? わたしもなぜキミのところにこんなふうに現れたのかずっと考えていたんだ。ふたりの息子であるラグナのもとに現れたことは偶然のひと言では片付けられないからな」
それはもっともだ。しかし、俺ではなくて父さんか母さんのどちらかのもとに現れるのが自然だと思う。対象が俺だった意味は……まったく思い当たらない。結局俺たちにできることがあるとしたら、クレイバーおじさんに協力してもらうことと例の事件の真相をあきらかにすること。このふたつしかない。
「そうなんだけど……。考えても答えはでないな。父さんたちも明日には出るかもしれない。俺たちものんびりしていても仕方ないから、準備して飯を食ったら午後の馬車で出よう。そうすれば夜には到着できる」
「さきほどとは打って変ってやる気になったな」
「やると決めたら即実行。父さんの教えだ」
俺はベッドから起き上がりながら答えた。
実は博物館にはちょっとした楽しみがある。心をウキウキさせ、口元をゆるめながら荷物をまとめていた。
父さんたちは俺が予想していたより早い今日の夕方には家を出るとのことだった。
「母さんには話したけど、俺たちは午後の馬車で行くよ。一時過ぎには出るから」
「行動早いな。リナちゃんに会いたいか?」
父さんはいつものように大声で下品に笑った。
「違うよ、即実行は父さんの教えだろ」
図星を突かれた俺だが冷静に対処。
リナさんとはクレイバーおじさんの秘書をしている女性だ。クレイバーさんは魔獣との闘いで両親を失った大勢の子どもたちの暮らす孤児院を経営している。孤児院を出た何人かはおじさんの平和博物館で働いており、リナさんもその中のひとり。そして、俺の気になる人でもある。
急いでご飯を食べている俺に、父さんは帯剣していけよと言った。
「もし赤黒い獣が陰獣だったらどこに現れるかわからないからな」
「あぁ、そうだね」
事件現場に行くわけじゃないから、そんなこと考えてなかった。確かに帯剣せずにそんな奴に出くわしたらたまらない。
「そういえば、わたしが使っていた剣はどうなったか知っているかい?」
目の前に座り俺のご飯を恨めしそうに見ていたアムサリアが聞いてくる。
「アムサリアが使ってた剣はどうなったかって聞いてるよ」
「金色の邪聖剣クリア・ハートか。あれは確か聖シルン教団が管理してるはずだ。あの闘いのあと、その場に残っていたクリア・ハートを教団員が『我々が預かる』って言って持っていった。もともと聖都の使者が教団に与えた物だったからな」
「そうだったんだ。あれも神が力を与えた奇跡の剣なのかと思ってたよ」
俺は夢で見たその剣を思い返した。
「奇跡の……か」
アムサリアがぽそりとつぶやく。
邪聖剣の話は童話や物語には出てこない。一般的には【聖剣】という名前程度の認識で、俺もクレイバーさんが著書の本に少しばかり書いてあるのを読んだことがあるだけだ。
「確かにとんでもない法剣だったようだけど、アムはあまりお気に召さなかったらしい」
俺はアムサリアを見て意見を求めた。
「あの邪聖剣はラディアと一緒に闘い初めて一年ほど経った頃、失った剣の代わりに借り受けた。あの剣があったからこそエイザーグとの決戦を決意できたのだが、その剣はわたしの指示に従う心ない物で好きにはなれなかった」
(心ない物?)
剣に心なんてないだろうに。
俺が彼女の話を聞き終えると、父さんはお茶を飲んでから話を進めた。
「教団は鎧の方も管理を主張してきたらしいけどクレイバーがそれをさせなかったんだ。王都側からも圧力をかけてもらってゴリ押しであいつが管理権を得た。元々国民がアムに贈るためにクレイバーが作った鎧だからな。教団も邪聖剣みたいには管理権を主張できなかったんだろう」
奇跡の鎧はおじさんが作った鎧に天使の力が宿ったとされている。奇跡の鎧の管理権を得たいがために、国王の権力も使ってもぎ取るとは、さすがはクレイバーおじさんだ。
「あっ、のんびり話しながら食べてる場合じゃなかった。午後の馬車に遅れちゃう」
素早くご飯をかき込んでお茶でそれを流し込む。
「ごちそうさまー」
食器を運んで洗面台へ急ぎ手早く歯を磨き自室に戻ると、「帯剣して行け」と言った父さんの言葉に従って、収納してある愛剣を取り出した。
「これを本気で振るうことになるのかもしれないのか……」
期待と恐怖のまざった感情が剣をいつもより重く感じさせている気がした。
「良い法剣を持っているじゃないか」
後ろから声をかけられてドキッとする。
台所に残っていたと思っていたアムサリアがいつの間にか部屋に来ていた。
「法術錬金鍛冶による重複錬金技法だろ? それもかなり高等なやつだな」
「お、脅かすなよ。アムサリアは台所に残ってたんじゃないのか?」
「わたしはキミからあまり離れられないらしいんだ。距離は良くわからないが、ラグナが部屋に入ったくらいでいつのまにかわたしもこの部屋に来ていた」
台所から部屋まで五メートル程度だ。父さんとの剣術訓練や馬で山に出かけた屋外では三十メートルくらいは余裕で距離が離れていたのに。
「今まで気にしていなかったが、キミが見える範囲とか、何か条件があるのだろう」
「たまにいなくなるときがあるけど、そういうときはどこに行ってるんだ?」
「……わからない。そういうときもあるようだけど、どうしているんだろうな?」
彼女は軽い笑いで応えた。
「それでどうなんだ?」
「ん? なにが?」
「キミの法剣のことだよ」
「あぁ、アムサリアの言うとおりさ。昨年の誕生日に両親からプレゼントされたクレイバーブランドだよ。刃渡りが広めの両刃の直剣。法術と相性の良い魔鉱青石製で、少し重いけど頑丈さが売りの俺好みの剣だ」
俺はアムサリアに抜剣して見せた。
「父さんが持つアース・シェイカーには及ばないけど、おじさんが俺に合わせて特別に作ってくれた上級闘士仕様に勝るとも劣らない逸品だぜ」
クレイバーさんの剣を個人で所有している奴なんてそういるもんじゃない。ちょっとした優越感を感じることのできる俺の宝物である。しかし、それに見合う強さを持たなければ宝の持ち腐れであり、騎士団の入団試験に合格できないとなったらおじさんに合わせる顔がない。
「アムサリアは剣に詳しいじゃないか。そんな勉強もしたのか?」
剣を鞘に納めながら聞いてみた。
「そうだな、やはり剣で闘う者として、自分の命を預ける法剣がどういった物か良く知っておきたくてな」
「へぇぇぇ」
少々間の抜けた反応をしてしまったが素直に敬意を持った。
「そう意外そうな反応をするな。これでもわたしは勤勉で通っていたんだぞ」
「そんな勤勉なアムサリアだからこそ、奇跡の英雄と言われる強さだったわけか」
「どう伝わっているのか知らないが、わたしはそんなたいそうな人間じゃない。英雄像なんて周りが勝手に作り上げたものだからな」
英雄アムサリアが虚像? 十分英雄だと思うけど。
「わたしは英雄などと呼ばれるほどの人間ではないんだ」
彼女が謙遜して言っているのではないことは表情や声からわかる。このあたりを突き詰めていけば、彼女が現世に現れた理由や未練などがわかるのかもしれない。そして、『英雄などと呼ばれるほどの人間でない』と言うアムサリアが、どうやって恐ろしいエイザーグと闘えるほどの闘女になったのかもわかるはず。これは個人的に興味があることだ。
「じゃぁ、アムサリアはどうやってエイザーグを倒すような闘女になったんだ? そのあたりの話を是非とも聞かせて欲しいんだけど……」
時計を見ると時刻は十三時二十五分。あと三十分ほどで午後一番の馬車が出てしまう」
「馬車乗り場までの道すがらに聞かせてくれないか?」
「わたしがどうやって偽りの英雄になったのか……。わかった話してやろう」
悩んだような表情をしつつも了承してくれた。
荷物を持って再び台所に行くと母さんが皮袋をひとつ差し出した。
「はい、これは旅費とお弁当ね」
「ありがとう、でも今夜には着くんだから弁当は要らないんじゃない?」
「まだまだ育ちざかりなんだから馬車の中で食べなさい」
母さんは父さんと違って心配性だ。良く言えば用意周到。父さんとは正反対の性格でバランスが取れているのかもしれない。
「連絡もなしに行くんだからちゃんとご挨拶するのよ」
「わかってるって。親しき中にも礼儀ありってね」
居間から父さんもやってきた。
「気を付けろよ」
その声はいつもより重みを感じる。
「別に俺たちは危険なところに行くわけじゃないよ。それより父さんたちのほうが心配だな。元勇闘士だからっていい歳なんだから油断しちゃダメだぜ」
「そのあたりはわきまえてるさ。ヤバそうならクランを担いで速攻で逃げる」
そう言ってニヤリと笑って見せた。
「じゃぁ行ってくるね」
机にあるカゴからパンをひとつ取って玄関に向かう。
「アム、聞いてくれ」
俺が靴を履いている後ろから、父さんは見えないアムサリアに声をかけた。アムサリアも振り返り父さんを見たので、俺はうなずき彼女が聞いていることを知らせる。
「もし上手くいったら酒を飲みながらクレイバーも一緒に思い出話でもしようぜ」
胸を打ち拳を突き出すこの国の誓いのしぐさでそう言った。
父さんがアムサリアのことをどこまで本気にしているのかわからなかったけど、そのしぐさで話すということは、俺の言うことを信用してくれているようだ。
「うむ。酒は飲めんが、そのときを楽しみにしているぞ!」
彼女も拳を前に突き出して応えた。
「酒は飲めないけど楽しみにしてるってさ」
俺とアムサリアは手を振って町の馬車乗り場に向かって歩き始めた。