魔女の使徒
森の中の開けた場所に建つ祠の周りに、傭兵や守護獣が集まっており、俺を見るなり鋭い視線で睨みながら警戒の行動を示した。それを見て俺たちも足を止める。
「なんか物々しいな」
俺たち睨む兵士たちに緊張しつつもゆっくりと足を進めて林道から広場に出た。
「……子どもか? 脅かしやがるぜ」
最初に俺たちに気が付いた傭兵のおじさんが胸を撫でおろし息を吐きだした。
他の兵士たちも構えを解いて安堵の表情を覗かせるが、三匹の守護獣は低く身構えたままだ。
「旅の者か。こんな時期にここに来るとはついてないな」
「こんな時期って?」
そう質問を返したとき、祠の周りで法術陣を形成している法術士のひとりが叫びを上げた。
みんなが一斉にそちらを見ると、顔面蒼白の術者がこちらを見ている。続けてふたりの法術士も俺たちの顔を見るやいなや、表情を驚きに変えた。
「魔女の使徒だ!」
俺たち、いやアムを指さして魔女の使徒と叫ぶ。
「え?」
顔を見合わせる俺たちに視線が集まり、兵士や傭兵は臨戦態勢へと移行。
「やつらを殺せ!」
殺気立った掛け声に背中を押されて傭兵たちが一斉に襲い掛かってきた。
「どうなってんだ?!
「わからん。わからんが闘うしかない」
こちらも抜剣し戦闘態勢に入る。だが、この事態が飲み込めない上に相手は人間。思うように剣が振るえない。
後方より走ってくる守護獣に向かってグラチェも飛びかかる。
傭兵や兵士が繰り出す攻撃にはなんの躊躇も感じず、その目からは何かに対する覚悟が伝わってくる。
『なんだそのへっぴり腰は』
防戦一方の俺に対して茶々を入れるリンカー。
「相手は人間だぞ」
とは言え、兵士も傭兵も一流らしく手加減して闘う余裕は欠片もないが、俺は彼らを斬るとう行動に出ることはできなかった。アムも攻撃を捌くだけでこちらから攻撃していはいないようだ。
「こんな子どもが魔女の使者とはな。油断させる作戦だったか」
「何を言ってっ、ぅわっ」
祠の周りで陣の形成をしている法術士のひとりが放った火球弾が、横っ腹に炸裂して俺は横倒してしまう。
倒れた俺に傭兵のひとりが剣を突き立ててくる。その攻撃を横に転がってかわし、起き上がりざまに足を払って傭兵をひっくり返した。
「くそっ」
吐き捨てて回転しながら起き上がりその勢いで振るわれた横なぎの剣を、一歩間合いを空けてかわすと、傭兵の後方で手をかざした法術士の姿が目に映った。
「オーガン・ストーム・アローラ」
法術士が俺に向かってかざした手のひらの前方に、多数の炎風の矢が生成され撃ち出される。
「ガイア・ウォーラル」
俺は左腕を下から掻き上げながら法文を唱える。土壁が地面から立ち上がり炎風の矢を遮った。そして、そのまま左拳を握り込む。
「セメンツ・ブリッド」
その握り込んだ拳を土壁に向かって叩きつけてると、押し出された土の塊が二十メートル先の法術士の顔面に炸裂して飛散した。
法術士はそのまま後ろに倒れて動かない。
『やりすぎちまったか』
威力を抑えたつもりではあったが当たり所が悪かったのか気を失ったようだ。
「このやろう!」
法術士を倒されて頭にきたであろう傭兵が無造作に間合いを詰めてくる。そこから繰り出される剣戟は一流の使い手の中でもかなりの腕前であることがうかがえた。
弾かれるように後方に跳び下がりアムと背中を合わせる。
「この人たちそうとう強いぞ」
「あぁ、無傷で抑え込むのは厳しいな」
三人を相手に攻撃を捌き続けるアムだが、護りだけではさすがに余裕がない。
グラチェも自分より一回り大きい守護獣三匹相手によく立ち回っているが、幼獣であるため体力的に不利なのは否めなかった。
「この者たちが悪しき者ではないのはわかるが、このままここで殺されてやるわけにはいかない」
アムは兵士が突き出す槍を体側に受け流して横蹴りで腹部を蹴り飛ばすと俺に届く程度の声でボソッと注意を促した。
「本気か?!」
俺がその危機感から声を上げ、アムは陰力を解放し剣を腰に構える。
全力ではないのは明らかだが、それでも上級闘士の域に軽く達っした余剰陰力が体外に発せられ、俺の背中を何かが浸食するような冷たい感覚が押し寄せた。
「そいつを殺せ!」
リーダーらしき法術士が焦りと恐怖の感情を乗せた表情で叫ぶと、アムに意識を向けていた俺に向かって傭兵の男が踏み込んできた。
「ヘビー・ファルッシュ」
踏み込みながら法文を唱え、その勢いのままに高速斬撃の法技を撃ち放とうとする傭兵が迫ると、俺の背後で猛烈な風が膨れ上がった。
「ゴーラ・ストーム・ザンバー」
傭兵の無駄のない法技発現に対して、剣を振るうと同時に法技を発現させたアム剣は、風に押されて前のめりに倒れる俺の後頭部の直上で傭兵の剣とぶつかった。
重さと速度が強化された傭兵の斬撃をアムの後出しの剣が纏う暴風の斬撃が軽々と弾き、傭兵をも飲み込み吹き飛ばす。
「ぬぅおぉぉっ」
アムを中心に全方位に放たれた法技は地面をえぐって祠もろとも全ての者を吹き飛ばしてしまった。





