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魔女の封印<プロローグ>

挿絵(By みてみん)


 熱く、高く燃え上がる炎。闘士たちが駆けまわり、無数に湧いた妖魔に抵抗する。


  「もうひと息だ」


  息を切らしながら仲間たちに声をかけて士気を上げる上位闘士。彼の手足は黒く変色し、鋭い爪と体毛が覆っている。

  一緒に闘う仲間たちの中には焦点の定まらない視線で武器を振り回す者や恐怖に怯えうつ伏す者、空を見つめて発狂する者。さらには強靭な牙を生やし肥大した筋肉をもって仲間たちに襲い掛かる者までいた。


  闘士たちをそんな異常な状態にしているのはその中心に漂う黒い霧だった。

  そこから撃ち出される炎や吹雪や暴風といった攻撃には強大な陰力の呪いの波動が含まれていて、それによりさまざまな副次的効果を与えている。呪いと言われるこの力に肉体的、精神的に抗えなくなった者はその影響を受けてしまうのだ。

  そんな呪いに負けずに先陣を切って戦場を走り回り、槍を振りかざして戦う青年がいた。

  湧きあがるそばから妖魔を斬り倒し、黒い霧を削り散らす。


  「ヘルト、漏れ出す陰力が密度を増してきています。このままでは封印術の発動までに魔岩石の封印力を超えかねませんよ」


  絶大な戦闘力を持って戦線を支える槍使いヘルトに後方から状況分析した伝令部隊員が叫んだ。


  「第二部隊退避、第一・第四部隊前へ。妖魔を一匹も逃がすな。第三部隊は結界強化と呪いの解呪を。法術部隊は封印術発動の最終段階へ」


 ヘルトは部隊へと指示を飛ばす。

  上空には巨大な立体法術陣が形成され完成しつつあった。高い壁に囲われた街は夕暮れを迎え薄暗くなってきていたが、組み上げられる立体法術陣の輝きは闘う者の影をもかき消すほど強くなる。その光は妖魔の力を削ぎ呪いをも弱めていく。


  「火陣、水陣完成しました。続いて地陣組み上がります」


  封印術を強化する四大精霊法術陣が次々に完成していく。


  「ヘルト、今です!」


  ビートレイの掛け声を聞いてヘルトは槍を構えた。

  青白く光る槍は破魔の力を宿した霊槍ローングニル。ヘルトの心力を力に変えて余剰光を溢れさせる。


  「ザンフウラン」


  ヘルトの闘技と同時に部隊は瞬時に後退を開始。呪いにかかった仲間を抱え第三部隊が張る結界まで全力で走る。

  ヘルトが全身を使って槍を振り回すと槍が纏っていた青白い光が広範囲に広がり暴風の陣が巻き上がった。その光に飲まれた妖魔は風に斬り裂かれると霧となって消えていく。

  周囲の妖魔の大半を蹴散らしたヘルトは霊槍を体側で後方に引き絞り、鈍く光る鋭利な槍先を黒い霧に向けた。

  ヘルトや闘士たちに削り散らされた陰力の霧は先ほどまでより早い速度で増殖して密度を増し、何かしらの形を成しはじめた。


  「魔女よ、もう一度地の底で眠れ。エイショウイッセン!」


  ヘルトは光弾となって黒い霧を貫いた。集まりつつあった霧は中心から四方に吹き飛び密度を失う。

  魔女と呼ばれた黒い霧を闘技で貫いたヘルトは、着地後に槍を横一線に振り払い漂う霧を吹き散らした。


  「ビートレイ」


  名前を叫んで封印術の発動を促したヘルトにビートレイは首を横に振った。


  「完成間近だった風陣が消失。封印法術陣は完成していません」


  ヘルトがすぐさま上空を見上げると、陣の東側で組み上げられていた風の陣が光を失い消えていく。


  「なんで……」


  呆然と見上げるヘルト。

  準備は万端だった。弱まった封印の綻びから妖魔が湧き始めたのは三十年近く前のことだった。そんな大昔から計画されていた魔女の再封印は順調に進行し完了目前だったのだ。

  少なくない死傷者を出しながらも封印術発動直前に起こった思わぬ事態に、ヘルトを含むすべての者たちが動揺していた。


  「ヘルト、魔女がっ!」


  上級闘士サウスの声に我に返ったヘルトを黒い霧が包み込んだ。

  わずかな気のゆるみを突かれたヘルトを魔女と呼ばれる霧が次々集まり深く包み、ヘルトは溺れたようにもがき苦しむ。


  「サウス、光術だ!」


  サウスの反対側から駆け寄る双剣使いの声を受けて、サウスも自身の長剣を構えながらヘルトのもとへ向かう。


  「レッコウショウ」


  ヘルトを挟むように左右から同時に光術の闘技を手のひらから放つとヘルトを包んでいた霧が弾け飛んだ。


  「作戦は失敗だ、撤退するぞ」


  サウスの兄ノーツは地に倒れ呻き声を漏らすヘルトを担ぎ上げ、撤退を躊躇するサウスの腕を引いて走る。

  走りながら上空に目を向けると、保持されている不完全な封印法術陣の風陣部は完全に消滅していた。


  「ヘルトは大丈夫ですか?」


  結界を張る第三部隊に合流したノーツにビートレイが駆け寄る。


  「わからん。意識が上空に向いているところを襲われたからな。早めに対処してやりたい」


  ビートレイは気を失ったヘルトを見て小さく笑みを浮かべる。


  「そうですね、大丈夫そうですが早めに対処するに越したことはありません。塔の結界まで下がりましょう」


  「封印法術陣はどうするんだ?」


  サウスの問いにビートレイは少し試案する。


  「発動しちまえ、封印できなくても少しは時間が稼げるかもしれないからな」


  「しかしそれだとっ」


  ビートレイの心配を察してノーツ言葉を付け足す。


  「放っておいて魔女が復活しちまったら元も子もない。封印が解ける前になんとしても準備し直して、もう一度完全な形で封印し直すんだ」


  「わかりました、封印術部隊に掛け合ってみます。術者たちもこのまま術の維持をし続けられるわけじゃありません。力尽きて術が消えてしまうくらいなら不完全でも発動させてしまう方がましですからね」


  再び湧きあがり始めた妖魔を見て戦線維持が困難と判断した彼らの提案に同意し、封印術部隊の部隊長へ発動を知らせに向かった。


  「トラスさん」


  「ビートレイ、どうなっている?!」


  魔女の封印を監視する守人の中で唯一の女性のトラス。最年長であるトラスは術の発動という大役の責任者であり、術の組み上げに全力を注いでいたために状況を把握できていない。彼女は後ろで結ばれた髪を振ってビートレイに向き直り声を荒げた。


  「封印法術の維持はなんとかなっても充填した輝力が臨界状態だ。このままじゃ陣に流す前に暴発してしまうぞ」


  輝力を蓄えている魔鉱青石は眩く輝いている。蓄えられた輝力は限界を超えて弾けようとしているのを無理やり抑え込んでいる状態だ。


  「見てのとおり風陣は完全に消失しました。何かしらの事故が発生したのでしょう。不測の事態に不意を突かれたヘルトさんが魔女の霧に襲われて意識不明です。ですが命に別状はありません」


  ヘルトの状態を聞いてトラスは大きな衝撃を受けたが、眉根を少し動かしただけでそれ以上は表に出さずビートレイの言葉を聞き続けた。


  「ノーツさんはこのまま風陣の復活を待つより不完全でも術を発動させた方がいいと」


  「だが、次に術を発動させるのに丸1日の準備がかかる、もう一度封印法術陣で魔女を再封印するにしても、妖魔が湧きだし魔女の力が漏れ出した今の状態では、封印法術陣形成まで戦線を維持できるかわからない」


  トラスの言うことはもっともだ。作戦の決行から約2時間で部隊は半壊状態となった。一度撤退して態勢を立て直しても、丸一日を持ちこたえられるはずがない。


  「パシル!」


  トラスの呼び掛けに素早く応えて少女が現れた。短く切った黒髪にハチガネを巻き、強い使命感が年齢より大人びた雰囲気を醸し出している。


  「今すぐ風陣の祠に向かえ。風陣の発動が可能なら青、無理なら赤、1時間以内の発動が可能なら黄の信号弾を。それ以上の時間なら発動可能な時間の本数だけ信号弾を上げなさい」


  「わかりました」


  パシルは指示を受けると立ち上がり、素早く馬に飛び乗って走り出す。


  「アロス、ポルト、アラミンはパシルを追って合流、護衛に着け」


  封印法術を形成する法術士の護衛に支持を飛ばし、それを聞いた三人の闘士は一瞬の迷いもなく動き出して馬を走らせた。


  「ノーツとサウスに伝令、信号が上がるまで現状維持と。陣はなんとか保持する」


  「わかりました、頑張ってください」


  ビートレイはノーツたちにトラスの指示を伝えに戻った。


  「現状維持?!」


  トラスの支持を聞いたノーツは焦りと驚きの声を漏らす。


  「風陣の祠まで馬を出しました。到着まで25分といったところでしょうか。風陣再形成が可能だった場合はその時間の数だけ黄色い信号弾が上がります」


  「到着までおよそ25分。そこからすぐに風陣の形成に入ったとしても更に1時間強だ。ヘルトを欠いた状態で半壊した部隊がその時間を持ちこたえるにしても全滅必死だな」


  「兄さん、全滅と引き換えに魔女を封じれるなら作戦は成功ってことじゃないか」


  サウスの言葉を聞いてノーツは一瞬ぎょっとした顔をするが、すぐさまニヤリと笑う。


  「おまえにそんなことを言われるとはな。その通りだ!」


  ノーツは気合を入れ直し戸惑う部隊兵に向かって叫んだ。


  「作戦続行だ! 風の法術陣の状態がわかる信号が上がるまで戦線を維持する。第三部隊は引き続き結界の展開と解呪を担当。第二部隊は後退し第四部隊は前へ。第一部隊は魔女を斬る俺たちの支援。英雄ヘルトは働き過ぎで休憩中だ。ヘルトの活躍を無駄にするな」


  「ぅおぉぉぉぉぉぉ!」


  ノーツの掛け声でスイッチが入り部隊の士気が一気に上がった。

  そこから数十分、英雄ヘルトを欠く彼らの過酷な闘いがおこなわれた。

 

       ※

 

  パシルが馬を走らせて数分の内に彼女の護衛に就いた三人の闘士が合流する。その三人を横目で確認したパシルは馬にふたつムチを入れて速度を上げた。


  『風の法術陣形成部隊に何があったというの。万が一にも妖魔や魔女教徒の妨害を考えて屈強な闘士と聖獣で万全を期したのに』


  ここは妖魔の湧き出す地域からは外れている。例え魔女教徒の一団が現れても、それを跳ね返すだけの戦力を備えていた。

 風陣は完成目前まで形成されていたことを考えると、そこから数分で部隊に深刻な事態が起こったと予想される。


  「門を開けろ!」


  パシルが語気の強い声で守衛に向かって叫ぶと、それに気が付いた守衛が急いで開門のハンドルを回す。

  最低限の減速で門が自分の通れる程度の幅になるよう速度を調整し、四頭の馬が走り抜けた。

  パシルは一度振り返り街の上空に不完全な封印法術陣が健在なのを確認する。


  「アロスさん」


  右後方でパシルを追走するアロスに叫ぶ。


  「アロスさんは祠についたら即座に風陣の再発動の手助けをしてください。敵対者がいた場合はポルトさんとアラミンさんに対応してもらいます。状況を見て、私も陣の再発動を手伝います」


  まったく状況がわからない中で立案したこの作戦は、一番法術に長けたアロスと自分で一秒でも早く風の法術陣の形成を再開し、街で闘う仲間たちの士気を高めるのが目的だった。


  「わかった、任せてくれ」


  アロスは頷き力強く答える。

  街門を出て林道の入り口が見えてきたとき、その道に人影が見えた。大きめの荷物を背負った旅の若い男女と守護獣一匹が歩いてくる。

  今の街の状況に似つかわしくない表情で話すふたりにパシルは焦りを含んだ声で叫んだ。


  「道を開けてくれ、緊急事態だ!」


  その声を聞いたふたりと一匹は馬を減速させないようにすぐさま林道の脇に寄った。

  パシルはすれ違いざまに、おだやかな表情で青年と話す女性の顔を見て何かを感じたが、その何かは街の危機を救うという強い意識に埋もれて消えた。

  ただ早く、そう考えて走った四人は風の祠に到着して絶句する。

  林道の先に広がる小さな空き地は荒れ、闘士たちは横たわり、守護獣もうずくまっていた。


  「何があったのですか?」


  アラミンは倒れている法術士に駆け寄って声をかける。

  法術士は唸りながらわずかに目を開けた。

  見ると怪我をした箇所が治療され帯が巻かれている。周りを見ると皆同じように手当てを受けていた。


  「命にかかわるような怪我はないようですね」


  ポルトが倒れる闘士たち全員の状態を確認してアロスに報告する。


  「そうか」


  パシルと並んで立ち尽くすアロスはわずかに震える声で返した。

  ふたりの視線が揃う先には半壊した祠があった。地面ごと斬り裂かれた祠は崩れ去り、いつも静かに発せられていた輝力は感じられない。


  「これではもう……」


  大規模精霊法術陣を発現させるための触媒となる祠がなければたった数人で短時間に陣を再発現させるのは不可能だった。

  護衛部隊を一蹴し祠までも破壊する者とはいったい何者なのか? 想像を超えた状況を受け止めきれずにいると、


  「ま……」


  アラミンの治療を受けていた法術士のひとりが何ごとか呟く。


  「魔女……、魔女の使徒」


  半目で恐怖とわかる声を出す彼はそう言って気を失った。


  「これはやはりやつらの」


  ようやく状況を整理ができ始めたところで、パシルは信号弾を上げていないことを思い出し、慌てて腰に付けた信号弾の中から赤い筒を外す。

  それを空に向けて筒の下から伸びた紐を力いっぱい引くと、ドンという音が林の中に響き、赤く光る玉が煙の帯を引いて夕暮れの近い澄み渡った空に高く撃ち上がった。

  数秒後、街の上空で煌々と輝いていた不完全な封印法術陣がさらに強く輝き、光の柱が街に撃ち落とされた。

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