解放
「何をするのです?!」
光を強く明滅させて、蒼天至光に組み込まれた天使シルンは声を荒げた。
「すべての邪念が祓われたとはいえ、またいつかは同じ苦しみがやってくる。そうなれば新たなエイザーグを生み出すなどの悲劇が起こらないとも限らない」
「やめなさい。下等種族のそなたが、天人類であるワタシを殺すというのですか?!」
「天使シルン、おまえも苦しかっただろう。数百年もの蒼天至光の投獄から、わたしが解放してやろう」
心に直接流れ込んでくる感情は恐怖。天使が人間に恐怖を抱きおののいている。
後ろからではアムの表情は見えない。果たしてその感情はどういったモノなのか。俺がシルンに怒りの感情をぶつけようとしたとき、それを制したアムの行動が頭を過ぎったが、その胸中までは推し量れなかった。
アムの右足が激高した感情を発するシルンの光に向かって一歩踏み出されると、言葉にならないシルンの絶叫が俺の頭を撃ち抜いた。
「ゴーラ・エクソシス・セパレード」
明暗を反転させた眩い闇が、シルンの絶叫を打ち消す轟音を発し、青白い光を放つ光球を斬り裂いた。
斬撃に飲まれた光の玉は白い素肌をさらけ出す。輝力を放って浮遊していた蒼天至光は、直径二メートルほどの真っ白な真円の玉となって大聖堂の壇上に落下した。
再び音を失った大聖堂で白い玉を見上げる俺たちの頭には、もうシルンの声は届かない。
アムは片膝を突いたままひとつ大きく息を吐くと、剣を支えに立ち上がった。
「どうして……」
俺が声をかけると、アムは壇上の白い玉を指さした。
「見ろ」
玉の向こうに誰かがいる。その者は玉に手を付きフラフラとした足取りで俺たちの前に現れた。
長めの金色の髪とぱっちりとした大きな目、白装束に身を包んだ小柄な女性だ。
「おはよう。気分はどうだ? 天使シルン」
俺たちと変わらない姿をしているこの少女が天使。彼女は訝しむ目でアムを見ている。
「これは……どういうことですか?」
小さく震わせた体を玉で支えながらアムに問いかけた。
「言っただろ、解放してやると。二度と同じことが起こらないようにな。蒼天至光から切り離すために少々手荒になったことは勘弁してもらおう」
つまり助けたのだ。アムの人生を混乱させた張本人である天使シルンを。助けられた本人もこの事態を理解できずに戸惑っているようだ。
「霊的にシステムと繋がったシルンを切り離したのか?」
さしものクレイバーさんもこれまでにないほどの驚き顔だ。
「わたしの魂も繋がれていたしな。魂の端を斬り飛ばしてしまったが無傷で何よりだ」
その言葉を聞いてペタリと座り込んだ天使シルンが仏頂面でこう言った。
「どこが無傷だというのです」
「おまえの可愛い顔と高飛車な態度がだ」
天使が相手でもアムはやはりアムだった。
アムも多少ヨロヨロとしていたが、壇上に上がるとシルンに手を差し出した。
シルンは視線を合わせずフンッと鼻を鳴らし、玉にしがみつきながら自力で立ち上がろうとする。そんなシルンの腕を強引に掴んでひっぱり上げ、腕を肩に回した。
「無礼者!」
天使は高みからののしるが、「おまえに礼を持って接する義務があるのか?」と、跳ね返した。
ゆっくり壇上から下りてきたふたりを見てなんと言ったら良いものかとまごまごしていると、クレイバーさんがシルンに近寄っていく。そして、下から上に視線を送る。
「天使の体は私たちと少し違うようだな」
どこか失礼に聞こえなくはない言葉を口にした。
「そなたたち下等種族と違い、高密度の輝力が肉体と結びついているのです。今はアムサリアによって大半を吹き飛ばされてしまいましたが」
「そう言うな。おまえを助けた結果だ。本来強力な呪いを断ち切るのに使う法技だったが、力の質が変わってしまったのでね。無理やり分離させることしかできなかったのさ」
アムは悪びれることなく笑顔で言った。
「アムサリアも質は違えどワタシと変わらない体になったようですね」
「高密度の陰力によって作られた体だからな。失ってしまった元の体と同じというわけにはいかないのだろう」
「興味深い。天使とそれに相反する身体を持つアム。ふたりの体を是非調べさせてくれ」
素直な研究者クレイバーさんの言葉に、ふたりはそろって高みからののしった。
「「無礼者!」」
こうして、アムが現れたことで始まった謎解きの日々に終止符が打たれたのだった。





