神具
蒼天至光の祀られた壇上前に俺たちが立ち並ぶと、アムはリンカーを鞘から抜いた。
「その中にリンカーはいないが、再接続できるのか?」
クレイバーさんの問いにアムはうなずきリンカーを掲げた。
リンカーの剣身からリーンという音と波動を感じる。その力に共鳴するように蒼天至光が小さく明滅した。
「蒼天至光よ、お前の願いは叶えたぞ」
願いを叶える神具の願いを叶えたとはいったい?
数秒待ったが何も起こらない。リンカーに反応したように見えたのは勘違いか? そう思った矢先に声が聞こえた。
「ワタシに語りかける者は誰ですか?」
それはわりと幼い女性の声に聞こえた。
「わたしはアムサリア。おまえの願いを叶えた者だ」
「概念伝達ではなく、心力による思考伝達術か」
蒼天至光からの言葉はハッキリと伝わってくるけど、確かにそれは『声』ではない。
「おまえに聞きたいことがある」
神具である蒼天至光に対して、アムサリアは凛とした態度で問いかけた。
「アムサリア。罪深き下等種族よ。ワタシは蒼天至光に蓄積した邪念が発する陰力によって、数百年に渡る苦しみを強いていました。その苦しみからの解放というワタシの願いを叶えてくれたことに感謝し、そなたの問いに答えましょう」
丁寧な口調で感謝すると言いつつ、罪深き下等種族と見下す物言いに嫌悪感が湧く。
「数百年の苦しみとはわたしの比ではないな。だが、感謝の念があるというなら是非教えてもらおう。おまえはいったい何者なのか」
神具に対して何者とは質問の意味からしてわからない。だが、そのアムの質問と俺の疑問に蒼天至光は答えた。
「ワタシの名はシルン。そなたたち下等種族が現れる前から、この惑星に繁栄する高位種族の天人類。そなたら下等種族からは天使と呼称されている者です」
シルン。それは伝説にある蒼天至光を人間に授けたという大天使の名前だ。神具を授けたはずの天使が蒼天至光とはどういうことなのか?
「ではシルンよ。なぜおまえは蒼天至光となって人々の願いを叶えているんだ?」
「それは違います。ワタシは蒼天至光となって願いを叶えていたのではありません。意図的に奇跡を起こす、この装置に組み込まれているのです」
アムの問いに対する回答は驚くべきものだった。
「心願集積装置?!」
クレイバーさんがつぶやいた言葉の意味はわからないけど、彼の驚きは伝わってきた。
「組み込まれただと? いったい誰がそんなことを?」
「人間世界の中心。聖都と呼ばれる場所の支配者たちです。遠い昔、人間と天使の闘いがありました。そのとき、そなたたちの祖先は我ら天人類の力の源とされる蒼天の秘密を探るために、天使であるワタシを捕らえたのです」
「人間と天使の闘いだって?」
そんな歴史は聞いたことがない。いったい、いつの頃の話なのだろう。
「蒼天とはいったいなんだ?」
アムは天使との闘いに関心を示さない。
「この世界の力や成り立ちを司るモノです。神がいらっしゃる神域として伝わっています。ワタシを通し道を開き、願いと共に集めた希望の光を蒼天へと送り届け、任意的に奇跡を起こすために作られたのがこの装置です」
装置とはすなわち誰かが作った人工物ということだろう。
「任意ということは、誰がなんの願いを叶えるか決められるということか。つまり、わたしの願いをあんな形で叶えたのはおまえなのか、天使シルン!」
アムの言葉はわずかに心の乱れが感じられる。
「あんな形とは……グラチェを母体とし、そなたの半身をエイザーグとすることですね」
アムは無言でその答えを待った。
「聖闘女リプティのような英雄になりたいという願い。それはすなわち聖闘女リプティがそうであったように『英雄』には『宿敵』が必要ということ。アムサリア、そなたが宿敵を望んだのですよ」
「わたしが……? そんなバカなことがあるか!」
「何千何万という溢れる願いの中で、そなたのリプティへの強い憧れの念は別格でした」
「別格だと?」
「そうです。それは強さだけではなく、ワタシの願いと同調したのです」
天使の願いとの同調。このことが、アムに悲劇をもたらした要因なのかと、俺は緊張に息を飲んだ。
「蒼天至光の中で意識が朦朧としていたワタシは、アムサリアの英雄願望によって目覚め、その願いを蒼天へと送りました。願いは消えることなくたどり着き、蒼天によって新たな世界として作りあげられたのです」
「蒼天によって、作られた世界……」
クレイバーさんの口から漏れたつぶやきも気になるのが、英雄願望というこの言葉に、強い違和感を覚えた。





