凌駕
「ラグナ、動きが硬いぞ。怖がるな」
(あぁ、わかってる)
「それでは力が乗らない、動きに逆らうな」
(そう言われても……)
「踏み込みが甘いぞ」
(あれに踏み込んで行くのか?!)
矢継ぎ早に飛んでくるダメ出しを受けながら、俺の常識を超えた闘いが繰り広げられている。法術の撃ち合いでは分が悪いために間合いを詰めての近接戦闘。さらに法技を出させないための超接近戦。
「エアロ・スピアー」
刺突の法技が弾かれた。
ときおりこちらは速度重視の初級・中級法技を織り交ぜつつ、手数で相手の強攻撃を抑える闘いをしている。だが、戦況は六対四で押され気味だ。
俺は今、命を懸けた闘いの中で聖闘女の名が本当に伊達じゃないことを痛感していた。
「せあぁぁ!」
俺を狙う剣に向かって踏み込んでいくのだが、その恐怖に体が強張りブレーキをかける。さらに、俺の考える動きより一段早く二段深い。結果として彼女の思い描く闘いにはならないのだ。
(深い踏み込みとはこれほどなのか?! 攻撃を引き付けるとはここまでやることなのか?!)
自分とのレベルの違いと恐怖によって、彼女の意思を追従できない。
「大丈夫だ、キミの鎧はクリア・ハートにも劣らない奇跡の鎧だ。リンカーが抜けた空っぽの剣になど負けるものか!」
そう、そのクリア・ハートが曲者だ。彼女はそう言うが、俺は過去にその強大な力を見知っている。この鎧すらも豆腐のように斬り裂くのではないかという恐怖が足を引っ張っていた。
そんなアムの闘いは基本に忠実であるのだが、俺の父さんよりもさらに攻撃特化の剛速の剣。相手の間合いとタイミングを潰す先の先を主軸としながら、後の先でカウンターさえも合わせていく。防御さえも攻撃に転じさせる、まさに攻めるための剣術だった。
「あいつの剣技はわたしと違う。過去に存在した達人の邪念が振るっているのかもしれないな」
俺を数段上回る剣技を持つ彼女が苦戦するのは、俺が足を引っ張っているからだ。過去の闘士の剣技に邪聖剣の力が乗った攻撃に、力が出し切れない俺たちの不完全な剣撃が弾かれ間合いが開いた。
「くっ」
その間合いを使って振り上げられた剣に漆黒の光弾が纏われる。
「輝力を上げろ!」
言葉以上の危機感が俺の中に響き、その危機に反応して俺は全力で輝力を増幅した。
「セイング・エクソシス・ウォーラル」
彼女にとって禁断の輝光法術による防御障壁が一秒足らずで打ち破られた。そのわずかな時間を使い危ういところで漆黒の光弾をかわすと、後方の壁が大きく吹き飛んだ音が響いた。そんなことには目もくれず、すかさず間合いを詰めて休みない攻撃を再開した。
「あれは暗黒力の領域に達しつつある。そこまで深く沈んでいるのか」
(どういうことだよ)
その言葉からは大きな焦燥感を感じる。
「覚えているか? わたしが神聖法術の絶対断絶障壁をエイザーグとの闘いで使ったことを。聖なる力を上回るのが神聖力で、その対極にあるのが暗黒力だ。クリア・ハートの作用だろうが、あいつは旧エイザーグを上回る力を身に付けつつある」
危機的状況が絶望に変わろうとしている。あいつの繰り出す法術法技はさらに一段上に向かっているらしい。対してアムの力は極大の輝力を使ったために、かなり消耗している。それでも彼女は弱音など吐かない。
ダメージや疲労があるのは俺の体だ。憑依状態のため感覚が鈍く、アムザーグ次第で無理が利く。だけど、操るアムザーグの力が衰えたことで少しばかり動きが悪くなっていた。
一気に押し切られないのは黒いアムの力も暗黒力を使ったからだろう。でもそれは一時的だ。クリア・ハートを通して無限に近い陰力が流れ込んでいるのだから。
「暗黒力を使わせて力が落ちた隙を突くのが最良の策か」
「わたしもそう思うが、力を使わせたとしてもあの剣技を打ち破ってこちらの攻撃を打ち込むことができるとは限らないぞ」
(力を使わせつつ反撃する方法……)
「ギャァウ、グガァァァ」
グラチェが広い大聖堂内を縦横無尽に駆け回り、ときには取っ組み合い、ときにはぶつかり、必死で偽エイザーグ闘っている。聖獣に変化したとはいえ、生まれて間もない幼獣が、ひと回り大きい相手に対して一歩も引かないのだから、俺たちも負けるわけにはいかない。
クレイバーさんから借り受けた剣がいくら高い等級でも、邪聖剣には及ばない。俺の剣があっという間に折り砕かれたのに対し、この剣は微細な刃こぼれがいくつかある程度で済んでいる。それはアムザーグが極力攻撃をかわすことで剣への負担を抑えているからだ。この超接近戦で達人レベルの攻撃を十のうち七はかわしている。
(こんなに厳しい闘い方をしているのに優位に立てないのは俺のせいだ。俺があいつを恐れているせいで力を出し切れないんだ。俺が足を引っ張ってどうする。逆だろ! アムを助けるんだろ! この手で護ると願い、誓ったんだろ! この根性なしが!)
無声の気迫をみなぎらせ、懸命に彼女の意思を読み取り動きを追従する。
「もう三センチ深く」
斬撃の手応えが重い。
「逃げるんじゃない。攻撃の側面へ踏み抜けるんだ」
小さな衝撃と光の飛沫が舞う。
「敵は恐怖じゃない。こいつだ」
深く底が見えない眼光を見据える。
「それだ!」
押し出されるように体が動き、振り下ろされる脅威の剣の側面に潜り抜け、返す刃よりも早く反撃の剣が無防備の胴を斬り払った。
会心の手応の横斬りは鎧に阻まれて黒い霧へと変換される。
「あががががが」
振り上げていたクリア・ハートに暗黒の力が纏われた。
やむなく下がろうとする彼女の思考を察し、『打ち込め!』と強い意志を込めると、彼女は最上の踏み込みでそれに応えた。
目一杯捻転し力を溜める俺の背に、暗黒の力が打ち落された。
大岩が落とされたかと思わんばかりの重さと、体に浸食してくるような気持ちの悪い感覚が全身を貫く。その威力に抗う光が大聖堂を隅々まで照らし、鎧には亀裂を走らせながらも耐え抜いた。
彼女は溜め込んでいた力で左下段から右上に斬り上げる。
「ヴォルド・セイザー」
上級精霊法技である雷属性の刃が胸元で爆発したような雷鳴を轟かせる。黒い鎧の胸部が砕けて霧が噴き出した。
「ファイム・アクセラル・セイザー」
宙に舞った黒いアムに対して、続けざまに炎の剣が超高速で閃いた。瞬く間に四連撃が打ち込まれると赤黒い陰力のオーラを削り散らし、その先の本体に刃が届く。
追撃に飛翔した俺は大上段に剣を構えた。
「(必倒! グラン・ファイス・ブレイバァァァァ!)」
俺とエイザーグ、そしてアムの闘気と心力が込められた法技が渾身の力で炸裂した。
暗黒力の使用で消耗させ、偽りの黒い鎧を打ち砕き、連撃で陰力のオーラを削り取ったところに、必倒の法技を叩き込む。
黒いアムは吹き飛んだ先で地面を二度、三度と跳ねながら床を転げて大の字で倒れた。一拍置いて、上腕から切り離された右腕ごと剣が地面に突き刺さる。
(やった……)
もう一度できる自信はないが、あの一瞬は恐怖をいなしてアムサリアの力を発揮できたようだ。
床に倒れるアムは動かない。今の攻撃で陰力はかなり散り、クレイバーさんの言うとおり、新たな流入もなくなった。
(俺の役目はここまでだな。あとはお前次第だ)
「そうだな。行ってくるよ」
目の前に横たわる邪悪な念の中から、自身の半魂を取り戻すために彼女は飛び込んでいった。





