代償
「お前がエイザーグ……」
クレイバーさんすらも驚愕の表情で見ている。これはいったいどういうことなのか?
だが、彼女が本当にエイザーグだというのなら、クレイバーさんの研究所であったことの説明がつく。保管されていたエイザーグの肉体の破片が奇跡の鎧へと集まろうとしたことも、邪念獣が奇跡の鎧を狙っていたことも、鎧の中のエイザーグの心と魂を求めていたからだ。
俺との闘いの中で邪念獣が霊体となったアムサリアに向かっていたのは、彼女が告白したように自身がエイザーグである証拠とも言える。この衝撃的な真実に俺は驚かずにはいられなかった。
「アムサリアはずっとずっと願っていた。聖闘女リプティのような人々に希望を与えられる英雄になることを。誰よりも強い想いで、毎日のように友人に話し、毎晩蒼天至光の守護獣であるグラチェに語って聞かせていた。グラチェも彼女の願いを叶えたいと思っていたんだ。そして、ある日その願いは蒼天至光によって叶えられた。ただし、大きな代償を払うことでな」
彼女はキッっと歯噛みした。
「うっぐあぁぁぁぁ」
俺の後ろで片膝を突いていたアムの魂である黒き闘士が叫びながら立ち上がった。しばし抑えられていた陰力はさきほどより荒々しい。
「キミの輝力に感応したアムサリアの魂が邪念を抑えていたようだが、そろそろ限界かな。キミが護りたかった聖闘女の魂は無数の邪念に取り憑かれて苦しんでいるようだぞ。まぁそれも自業自得だがな」
確かにアムの苦しみが伝わってくる。その苦しみは憑依されていたリナさんの比ではないだろう。魂が消失してしまわないのが奇跡だと言える。
「自業自得ってのはどういうことだ。大きな代償ってのはなんなんだ?!」
アムサリアを名乗っていた彼女は、しばしうつむいていたが、寄り添うグラチェを見つめながら口を開いた。
「アムサリアとエイザーグの闘いのあと、この場に残っていたのは損壊した奇跡の鎧と金色の邪聖剣クリア・ハート。そして、光る玉だったそうだ」
「なに?」
「その玉から生まれたのが、この子なんだと昨日クレイバーが言っていた。つまり、この子は蒼天至光の守護獣として、わたしと共に闘ったグラチェなのだろう」
俺の質問に答えるでもなく、このグラチェも二十年前にアムサリアと共に教団にいた守護獣だということを告げる。しかし、それが何を意味するのかはまったくわからない。
「それがどうした」
「アムサリアの誕生祭以来、大聖堂はエイザーグに占拠され、教会やその周辺は邪念獣や陰獣の巣となった。あのとき大聖堂には負傷したグラチェがいた。そのときからアムサリアはグラチェとは会っていない。そのグラチェの眠っていた玉が決戦の場にあった」
「だから、それがなんだってんだ!」
イラつく俺に視線を向けず、グラチェを見つめている。
「蒼天至光がエイザーグを生み出したと話したが、エイザーグには陰獣のように母体があるんだ」
「それがお前なんだろ」
「わたしは人間体、エイザーグは四足獣だぞ」
すり寄るグラチェの頭をひと撫ですると、寄り添っていたグラチェが目を閉じて小さく鳴いた。
「……まさかっ?!」
「そうだ、グラチェがアムサリアの宿敵になったんだ。そして、あいつはグラチェに大聖堂に集まる参拝者を皆殺しにさせ、自分だけ生き残るという演出をさせた」
これまで教会上空でくすぶっていた雷雲が、溜めこんでいたストレスを発散するかのように雷鳴を轟かせて大聖堂を照らした。
「人々を救うために闘ったアムがグラチェに参拝者を殺させただって?」
そんなこと信じられるはずもない。彼女は人々のために命を賭して闘い、最後はその命を使ってエイザーグを討ったのだから。
だが、研究所での闘いで途中で乱入してきたグラチェに対し、邪念獣が攻撃をしなかったのは、グラチェがエイザーグの母体であったためだとするならどうだ? 初めてエイザーグが大聖堂に現れたのも、アムの誕生祭に突如として奴が現れたのも、蒼天至光の守護獣であるグラチェがエイザーグであるのなら説明がつく。
(エイザーグが神出鬼没なわけだ)
だが俺は、自分で導きだした答えを否定する。
「お前がエイザーグでグラチェもエイザーグだと? そんなおかしなことを言う奴の言葉が信用できるもんか!」
そうあって欲しくないという思いで叫んだ。
「あぁぁぁぁぁ」
狂気をはらんだ叫びを上げ、赤黒い濃密な陰力を纏ったアムがクレイバーさんの法術の檻を撃ち破った。そして、向かっていったのはエイザーグだと告白した彼女だ。
「ぐがっ」
咄嗟にあいだに割り込んだが、大きな力を使ったために強大な陰力を防ぎきれない。力も速さも上となれば、守るだけで精一杯だった。そんな俺の後ろから、エイザーグが問いを投げた。
「なぜわたしを庇う?!」
黒いアムの一合は必殺の一撃に相当する。鎧の力を取り戻してなければ受け止めることすらできなかっただろう。金属が歪み削られるような金斬り音が鳴り、それによる振動が腕の筋骨を軋ませて話してる余裕などない。
「なぜだ、なぜ庇うんだ」
「それはっ、お前の中のっ、アムの心をっ、護るためだぁ!」
重撃に抗う声をかき消す金属音が空気を震わせ、俺の自慢の剣は半ばから斬り砕かれた。強度重視で作られていたクレイバーメイドの法剣は、都度十回程度の打ち合いで限界を迎えてしまった。
黒いアムの剣はそのまま俺の右肩に打ち込まれ、鎧が光の飛沫を散らしながらその剣撃に抵抗している。一撃で斬り抜けなかった黒いアムは、剣をもう一度振り上げた。
「せいっ!」
振り上げているアムの腹部を横蹴りで蹴り飛ばして下がるが、その剣にはよりいっそうの力が込められていった。
慈悲の欠片も感じない鋭く尖らせた目からは、俺もろとも自身がエイザーグだと告白したアムサリアを粉微塵にする殺意が込められている。そう感じたとおりに黒いアムは、激烈な陰力を纏った剣をいっさいの躊躇もなく振り下ろした。
「セイング・シルド・アブソール」
白い菱形の法術の盾がその殺意の攻撃を受け止めた。
振り向くとクレイバーさんがリナさんの治療をしながら懸命に法術を発現させている。
「お前がラディアだったとは驚きだぞ。ここを出たらじっくり訊かせてもらおう」
苦しそうだがいつもどおりクールにそう告げた。
「セイング・プリズン・ウォーラル」
続けて使った法術が黒いアムを光の檻で囲い込む。
重症を負い、リナさんを護りながらも、クレイバーさんは力を使ってくれた。その時間はアムサリアを語った彼女の問いに答えるためのモノではないが、その理屈は通用しそうもない。
「わたしの中のアムの心を護るためとはどういう意味だ?!」
エイザーグはしつこく俺に問いかける。法剣も折られ喋る時間も惜しいこの窮地に、そんなことでつっかかってくるのは豪胆なのか、わがままなのか。
「言葉のとおりだ。お前の中にはあの夜明け前に俺の部屋に現れたアムの心がある。だから出ていけと言ったんだ」
「なに?」
「お前はあの日に会ったアムじゃない。今ならわかる。おじさんの研究所で邪念獣と闘ったあのときから感じていた違和感の正体はエイザーグであるお前だ」
「わたしに言った『出ていけ』という言葉はリナから出ていけということじゃなかったということなのか?」
彼女は呆然と俺を見ている。そして、わずかに口角を上げた。
「さっきの話には続きがある」
「続き?」
そして、神妙な声で語った。
「アムサリアが叶えた願いの大きな代償だ」
「それはさっき聞いた。グラチェがエイザーグの母体になったってことだろうがっ」
吐き捨てるように言った俺の言葉にわずかに悲しげな表情を含ませた。
「違う……」
「え?」
「違う、グラチェは自らの意志でエイザーグになることを選んだ」
クレイバーさんが張った法術の盾が何度目かの攻撃を受けて明滅する。
「アムサリアが英雄になる願いはグラチェがエイザーグの母体になるだけでは叶えられなかった。代償を払ったのはアムサリア自身。自分の心と魂をふたつに分け、母体のグラチェと一緒にエイザーグを生み出した」
「それって、まさか……?」
シャリーンという音を発して法術の盾が霧散した。
「わたしはアムサリアの半身。エイザーグであるわたしもアムサリアなんだ」
その言葉を口にした彼女は泣きすがるような声だった。





