告白
黒き闘士の猛烈な陰力の斬撃を受け止めたと同時に、赤黒いオーラの向こうにあった双眸と俺の視線が交錯した。瞬間、体の芯を突き抜ける衝撃と心に大きな波紋が広がり、頭に何かが湧き上がる。
「ラグナ？！」
リナさんを操るアムサリアが俺の名を叫んだようだが耳に入っても頭には入ってこなかった。なぜなら、そのとき俺の頭の中には多くの情報が駆け巡り、胸は強い想いで溢れかえっていたからだ。
剣を受け止めてからほんの二、三秒だったのだろうが、俺にはかなり長い時間に感じた。近接戦闘中に夢を見たかのような致命的な隙だったが、黒き闘士も押すでもなく引くでもなく動かなかった。
「ゴーラ・サーク・ブラスト！」
だが、アムサリアはその隙を見逃さない。動きの止まった黒き闘士を目がけて力強く踏み込んでくる。転身させた体で速度を増し、赤黒い光芒を纏った錫杖を横薙ぎに振るった。
【ゴーラ】とは陰なる力を与える法文だ。輝力を扱うリナさんにとって心力を陰力に練り上げることは大きな負担となる。そんなことはお構いなしに、極限まで練り上げた心力によって錬成された法術を、ボロボロのリナさんの体を使って法技として発現させたのだ。圧縮された陰力の重断撃が炸裂し、衝撃と共に白い光の飛沫をまき散らした。
だが、その錫杖は黒き闘士に届いていない。発現された法技の力も薄暗がりの大聖堂に広がり消えていった。
「ラグナ、何をするんだ？！ それにその姿は……」
「お前こそ、何をするんだ！」
憑依されたリナさんの顔が驚きと戸惑いの表情を作り出す。なぜなら、俺は受け止めていた黒き闘士の剣を弾き、振り向きざまにアムサリアの法技を受け止め防いだからだ。
そして、ゴーラの法文を使った彼女の上級法技の力は、今この身に纏っている奇跡の鎧が光の飛沫へと変えて打ち消した。
二十年前にアムサリアが身に着け破壊魔獣エイザーグと闘った奇跡の鎧が、その姿と力を取り戻して俺を包んでいる。
俺の発した言葉に彼女は一歩二歩とあとずさり、鎧が発する輝力が煌々とあたりを照らし、後ろに立つ黒き闘士もたじろいでいた。
「リナのことならすまない。だが、そうしてでもエイザーグを倒さなければ……」
「エイザーグじゃない！」
俺はアムサリアの言葉を遮った。
鎧が発した高密度の輝力を受けた黒き闘士は、陰力のオーラを弱めたことで、おぼろげだった姿がハッキリと浮かび上がる。
「エイザーグじゃない、こいつは、その魂までも懸けてエイザーグと闘った、聖闘女アムサリアだ！」
漆黒の色をした奇跡の鎧を身に着けた黒き闘士は、この数日間、俺のかたわらにいたアムサリアと同じ姿をしている。
聖闘女とは思えない強大な陰力を放ち、戦友であるクレイバーさんを容赦なく攻撃した。すべてを破壊しかねないほどの荒れ狂う殺意の秘めた目をした黒き闘士こそがアムサリアなのだ。
「感じるんだ。そいつからアムの魂をな。そして今、アムの魂は無数の邪念とそれが放つ陰力によって苦しんでいる」
「なんでキミがそんなことを……」
彼女は疑問とも恐怖とも思える表情でそう言って、フラフラと後ろに下がった。
「すべて思い出したんだ。俺が見ていた二十年前の夢はアムの記憶ではなく俺自身の記憶。アムの魂に触れて気がついた。俺こそがアムを護りエイザーグと闘った奇跡の鎧、ラディアなんだってな」
「ラグナが……奇跡の鎧ラディア」
よくよく考えてみれば、これまで見てきた夢が主観的だった理由もうなずける。なぜ俺が人として生まれ変ったのかはわからない。父さんと母さんの愛情を受けてラグナとしての人生を送ってきた俺も本当の俺だが、二十年前にアムと一緒にエイザーグと闘ったのも間違いなく俺自身だ。
後ろに立つ黒き闘士との一合の剣により、その魂がアムであり、俺がラディアなのだと悟るに至った。
「お前はいったい何者だ！」
俺の前に突如現れ、自身の存在の意義と謎を追って数日間一緒に過ごしたアムサリアを名乗る彼女の正体はなんなのか。
「わたしが……わたしがアムサリアだ！ わたしがアムサリアなんだぁ！」
問い詰められた彼女は猛然とアムに襲いかかった。
「やめろ！」
錫杖を振り上げた彼女と黒いアムのあいだに飛び込んでその一撃を受け止めると、さきほどを上回る衝撃が俺を襲った。
「お前はアムじゃない。アムはずっと言っていた。エイザーグを救いたいと。あのとき、自分が消えるその瞬間まで、ずっと言っていたんだ！」
錫杖は軋みながら陰力の波動を撒き散らし、鎧は激しく光りを放ってその力を打ち消していく。
「邪魔をするな！ これがわたしとあいつの宿命なんだ」
白と黒の光は荒れ狂ってせめぎ合い、黒いアムは俺の輝力の波動にたじろぎ唸っている。
助け、護ることしかできなかったあの頃とは違う。自分の意志で力を振るい、自分の腕で掴み取れる。
「お前はそこから出ていけぇ！」
白い輝きが大聖堂内を照らす。大量の輝力を増幅させて爆発させる対陰力滅減の波動が彼女の陰力を打ち負かした。その爆発の圧力に吹き飛ばされたリナさんの体は宙を舞い、力なく地面に落ちた。
「はっ」
強大な彼女の陰力に打ち勝つには本気で力を使うしかなく、弱くはない物理的衝撃を与えてしまった。
リナさんに走り寄ろうと足を踏み出すと、力が入らず膝を突いた。一気に心力を振るったからだろう。俺に代わってクレイバーさんが重症の体を押して駆け寄り、リナさんを助け起こした。
「リナ！」
心配なのは体もさることながら、度重なる強大な陰力による心と魂の汚染や消失だ。
「体はともかくリナの心と魂は無事だ」
膝を突く俺の横から声が聞こえる。振り向くとそこには霊体のアムサリアが立っていた。俺の輝力の力によって憑依していたリナさんの体から弾き出されたのだろう。その存在感はいくばくか薄く、力を消耗していることが霊波動から察することができる。
「リナは無事だ。だが急いで処置をした方がいい」
クレイバーさんの言葉を聞いて安心したものの、この混乱した状況は変わらない。立ち上がった俺は警戒を強め、アムサリアに酷似した謎の霊体に向き直った。
その彼女は、さきほどとは打って変って覇気を無うつむいている。
「くわぁぁぁぁ」
場違いな幼い鳴き声が大聖堂の大扉から聞こえた。馬車を降りてからヨチヨチと付いてきていた牙獣類エルライドキャルトのグラチェだ。グラチェはうつむくアムサリアに寄り添って心配そうに顔を覗き込む。
彼女は強大な黒き闘士を前にしてから攻撃的な衝動になり、強制的にリナさんの体を乗っ取ってまで討ち倒そうとしていた。聖闘女の使命としてエイザーグの復活の阻止を叫び、その衝動は常軌を逸していたが、今は観念したかのように静かにたたずんでいる。
「ふふ、ふふふ……」
わずかな沈黙を破って彼女は低く笑い出した。
「あははははは、わたしが何者かって？ あいつがアムサリアだって？」
これまでに何度か見たさまざまな感情の入りまじった表情で言葉を続ける。
「そうさ、あいつはアムサリア。民衆の期待をその身に受け、己の強い願いであった英雄になるために憧れの聖闘女の称号を冠され、悪しき魔獣と闘い人々を救った奇跡の英雄。聖闘女アムサリアさ」
さらに剣呑な瞳で俺を見据えて彼女は言った。
「そして、わたしは……わたしは、その英雄の宿敵である破壊魔獣エイザーグ。あいつを英雄にするために生まれた英雄の影だ」
