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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~英雄と宿敵の章~
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憑依

 森の木々の枝に捕まりながら高速で多角的な移動が得意であるため、公園という平地での戦闘はその能力が使えない。ただ、精霊法術に強い耐性を持っているということは、私はもちろんのこと霊体であるアムサリアに取って相性が悪すぎる。


 精霊法術の中で質量攻撃である土属性も、私の力ではダメージにならない。アムサリアが氷塊の法術を使ったのも、質量をいかした物理ダメージを狙ってのことだろう。


「輝光法術なら効果は高いはずよ」


 耐性があるのが四大精霊法術なら聖闘女の使う上級輝光法術に期待が持てる。だけど、アムサリアからの返事がない。


 グラチェが駆け回り撹乱しつつ跳びかかって牽制してくれてはいるけど、生まれたての幼獣とでは力の差があり過ぎる。


「アムサリア?」


 立ち尽くす彼女にもう一度問いかけた。


「すまないリナ。今のわたしは輝光法術は使えないんだ」


 その言葉は絞り出すように強く、かすれた声だった。


 霊体では輝光法術の錬成はできない? 確かに使えるのならここまでの闘いで使っているはず。


 打つ手のないこの状況を待ってくれる陰獣ではなく、手の止まった私に向かって四本の足を使って駆け寄ってきた。


「ストーム・キャノン」


 眼前に迫った陰獣をアムサリアが圧縮空気の砲弾で打ち飛ばした。


「リナ! 足止めだ」


「ランド・ディグル」


 地形変化の初級法術を選択してび錫杖を突き立てると、さきほどとは違う波動が陰獣へ向かっていった。


 アムサリアに吹き飛ばされた陰獣は背中で一度バウンドし、一回転して着地したが、やはりダメージは認められない。


 博物館への進撃を邪魔する私を睨み付けたその瞬間、陰獣の真後ろの地面が隆起する。同時に足元の地面は密度を失って地中に落ちた。


「うまいぞ」


「ぐぅぅぅがぁぁぁぁぁ」


 アムサリアの褒め言葉に続いて飛び上がったグラチェは、地中に没した陰獣に圧縮空気弾を撃ち込んだ。アムサリアはとどめとばかりに水の上級精霊法術の法文を唱える。


「エクス・アイス・グロック」


 形成された巨大な氷塊が陰獣の穴に落とされた。それは大地を揺らし土砂を巻き上げて四割ほど地面にめり込み、ズズズとゆっくり沈みながら氷塊は白い冷気を上げて静止した。


 全力で駆け回り火球弾や空気弾を撃ち続けて懸命に闘っていたグラチェは、小さな体で大きく息を切らし、その場にへたり込んだ。生まれて四日目だという幼獣はもう限界なのだろう。


 陰獣は体積で自身の三倍ほどある氷塊を受けて地中で圧死したようだ。


「やったわね。さすがは奇跡の英雄だわ」


 感心しつつ声をかけるとアムサリアは厳しい視線を向ける。その視線の意味がわからず少し戸惑う私に彼女は言った。


「リナ、頼みがある」


 そして、真剣な声色でさらにこう言葉を続けた。


「私に体を貸してくれ!」


「え? え?」


 突然の理解不能な申し出に困惑していると、地面に突き刺さった氷塊がぐらりと揺れた。


「あいつはまだ生きている。もともと強靭な肉体と生命力を持っていた魔獣が陰獣となったんだ。あのくらいでは倒せない。やはり強力な物理攻撃が必要だ」


「私の体を貸してくれっていうのはまさか?」


「そうだ、キミの体を使ってわたしが闘う」


 絶句とはこのことか。


「でも、どうやって、どうすればいいの」


「拒否しないところはさすがはクレイバーに育てられただけはあるな」


「この状況下で駄々をこねてる場合じゃないわ」


「簡単に説明する。悪霊に取り憑かれる者は、その感情や思考がその悪霊と同調しているからだ。つまり、リナとわたしが同調すればリナの中に入ることが可能なはずだ」


「悪霊って。物々しい言いようね。本当に簡単な説明だし」


 突飛なことを言う彼女に少しの皮肉を込め返してみた。


「我々が同調できることと言えば、ラグナや街の人を救うために、この陰獣を倒すということだ」


 確かに今成すべきことはその一点のみ。


「だが、同調してキミに入れたとしてもリスクはある。もしリナの心力が弱かった場合、最悪キミの魂が消えてしまう可能性があるんだ。わたしが出ても抜け殻になってしまう。リナ、キミに街の人たちを、ラグナを護るという、わたしに劣らぬ強い意志があるか?」


 その質問に対する答えはひとつしかあり得ない。


「愚問ね。いいわ、やってちょうだい。あなたに比べたら軟弱な体だろうけど、その意志で負けるつもりはないわ」


 ふたりで顔を見合わせると、氷塊が横転して陰獣が這い上がってきた。


「行くぞ、奴を倒す!」


 その意志表明と共にアムサリアが私の中に入ってきた。

 

    ***

 

 どこかにフワフワと浮いていて、ぼやっとした窓から見ているような感じだ。体の感覚も薄いけど動かせないことはない。


「ここはどこかしら? 何をしていたんだっけ?」


 名前を呼ばれている気がする。


「剣が欲しい? 私は持ってないわ。なんで剣が必要なの? 法剣なら自警団の人が持っているんじゃない?」


 あたりを見回してみると公園の端の木々の間で倒れている自警団員の近くに落ちているのが見えた。

「あそこに行くのね。なんでそんなに急ぐの?」


 全力疾走。走りながら剣を拾い上げ、右足で急制動して反転。視界にはこちらに向かってくる赤黒い怪物が見える。


「あれは確か……こっちに突っ込んで来る。逃げないと」


 体が思うように動かない。


 右側に逃げようと踏み出そうとするが、体が左に戻されてこの場に踏みとどまろうとする。


「どうしたの? 逃げないと」


 誰かが叫んでいる。


「私が逃げたらどうなるかって?」


 あいつをここで食い止めなかったら……誰かが、私が困る?


「リナー、ラグナを護るんだろ!」


「そうだ、ラグナくんを!」


 ぼやっとしていた視界がグッと晴れた。


「エアロ・セイザー」


 空圧によって加速された斬撃が繰り出され、右腕に痛みと全身に衝撃が走った。


 突進してきた陰獣は、その勢いのままに私の左側へ逸れて並木道の木に衝突した。私がバランスを立て直すと、頭の中にアムサリアの声が広がった。


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