解明
消えた奇跡の鎧とは? そういえば俺が意識を取り戻したとき、あの部屋にはなかった気がする。
「それについても話さなければならないな」
クレイバーさんはわずかに重く感じる口調で驚くべきことを俺に明かした。
「今、お前の中にはアムの魂が抜けた奇跡の鎧がある」
その内容にもはや思考が付いていけない。
「さっき怪我の具合を調べたときに心力が異常なほど輝力に傾いていた。この輝力の質は当時のアムサリアに匹敵する。アムの話だと邪念獣との闘いの中で、光がお前を護ったらしいじゃないか」
そうだ、まともな防具もなしに受けた攻撃は、生きているのが不思議なほど強烈な一撃だった。なのに外傷的にはほぼ無傷だった。よくよく思い出してみれば切断されそうな勢いで左腕をかき切られたあとも、その腕を使って闘っていた。
「あの白い輝きはラディアの護りだ!」
奇跡の鎧と一緒に闘った聖闘女は確信を持ってそう言った。
「なんで鎧が俺の中に?」
「ラディアは生きているに違いない! そしてラディアがキミを護ってくれたんだ」
なんという奇跡だろうか。奇跡の鎧という名にふさわしい奇跡で俺は護られたらしい。しかし、アムサリアの回答はラディアが生きていることと、俺の中に入ったことの繋がりの説明にはなっていない。
「アムサリアが俺の中から出たら、今度は鎧が入っちゃうなんて、いったい俺の体ってどうなってんだよ」
「ラグナくんを邪念獣から護るために入ったと思えばいいんじゃない?」
「そうだね、あははは」
そのおかげで命拾いしたわけだ。
「ラグナの心の中にあったアムの心。鎧に保管されていたアムの魂。ラグナの中に入ってしまった奇跡の鎧。すべて予想外のことだ」
予想外の結果にもかかわらず、おじさんは不敵な笑みを浮かべている。これが研究者というものなんだろう。
クレイバーさんの推測では納得のいく内容だった。納得したところでフィフスイーティの町に陰獣が現れたことを思い出して、俺はふたりに伝えた。
「そうそう。俺たちがここに来る前に、フィフスイーティの街に陰獣っぽい奴が現れたって知らせがあったんだ」
その理由もクレイバーさんは説明してくれた。
「完全に解明はしてないが、陰獣はエイザーグの邪念が放つ陰力の影響を大きく受けた獣が変異すると考えられている。エイザーグが討たれた今の世に陰獣が現れたというなら、エイザーグに近しい陰力を放つ者の影響だろうか」
「なら俺が闘った邪念獣は?」
邪念獣はエイザーグの分離体だ。それこそエイザーグが存在しないなら現れようがないはず。
「考えられるのは研究所にエイザーグの肉体が多数保管されていたからだろう。それはひとつになろうという性質があることはわかっていた」
このことはリナさんに聞いたとおりだ。
「その結果、邪念獣になるであろうと予測は立てていたが、輝術結界を破ってしまうほどの力を出すとまでは思わなかった。残りカスの寄せ集めにしては、そこそこの強さだったことも含め、これは私のミスだ」
あの闘いは今思い出しても背筋が冷たくなる。その邪念獣を「そこそこの強さ」と言ってしまう勇闘士は、さすがに強さの基準が違う。
「それで、町に現れた陰獣の対処は?」
「そっちは父さんと母さんが行くことになったんだ。だから心配ないと思うよ」
クレイバーさんから陰獣の説明を聞けて少し安心した。あのふたりなら問題ないはずだ。こっちも無事とは言えないけど邪念獣も倒したし、アムサリアの謎もかなり解明できた。
「この闘いでアムサリアもエイザーグとの因縁も断ち切れて、未練もなくなったんじゃないか?」
「そうだな、わたしが再び眠りにつくのも時間の問題かもしれない」
そう答えるアムサリアにチラリと視線を向けると、やはりその表情は険しい。悲しい表情に見えなくもない。闘いも終わりラディアが生きている可能性もあるとわかったのに、なぜなのだろうか。
それはやはり何かしらの未練? 単純な生への執着の可能性も捨てきれない。
「ラグナの中に入った奇跡の鎧とアムの今後については、明日以降考えるとして今夜は休みなさい。リナは所員に、研究所はしばらく閉鎖すると連絡してくれ。今回のことで命を落とした者もいる。供養と親族への謝罪もしなければならない」
「わかりました。じゃぁラグナくん、治療は戻ったらまたするから少し待っていてね」
リナさんは立ち上がるとソファー横にかけてあった若草色のカーディガンを肩に羽織って足早に部屋を出て行った。
「リナが帰ったら食事を持ってこさせよう」
「はい」
「アム、君は一緒に来てくれないか。久しぶりの再会だ。少々ふたりで語らおうじゃないか。グラチェの話も聞きたいだろ?」
薄っすらと笑って誘うクレイバーさんに、アムサリアはうなずき付いていく。
「あれが大人の誘い方なのか……」
寝ていたグラチェも大あくびをして起き、彼女のあとを追っていった。
アムサリアは扉の前まで行くと一瞬止まり俺の方に振り向くが、表情はやはりどこか元気がない。
「ラグナ、またな」
小さな声でそう言って部屋を出た。
ひとり部屋に残された俺は、元気のないアムサリアの顔を思い浮かべる。
おじさんの話は推測ではあるけどつじつまは合う。難しい話もそれなりに理解したつもりだ。だけど、何か引っかかる。思考の鈍った今の状態ではこれ以上考えても無駄だろうけど、頭から離れそうもない。
俺はリナさんが帰ってくるまでひたすら考え続けていた。





