予感
薄暗い夜の庭園にいくつもの松明を持った男たちが駆け回っていた。
「そっちに行ったぞ、気を付けろ」
豪気な男の声が指示を飛ばす。
「第二陣は障壁を展開、あいつを逃がさないで。結界班は包囲網を縮めなさい」
黒い影が庭園を縦横無尽に駆け、警備兵たちを翻弄する中で、的確な指示を叫ぶ凛々しい声が場を仕切る。
俊敏な動きの陰獣に劣らぬ速さで追いかけるのは、王国の十大勇闘士として名を馳せたタウザン=ストローグ。ラグナの父だ。
「どうした陰獣。そんなんじゃ俺からは逃げられないぜ」
数分前とは打って変って、闘いは一方的な展開だ。
右腕に握った大地の剛剣アース・シェイカーを振りかぶり、庭園に流れる小川を飛び越えて空中から剣を振り下ろす。
「メガロ・ザンバー」
増幅された巨大な心力の斬撃が陰獣に向かって放たれると、陰獣は前脚を踏ん張って速度を落とす。その前方に斬撃は炸裂し、衝撃で地面が吹き飛んだことで陰獣は行き場を失った。
方向転換しようと陰獣の凶悪な鋭い爪が地面をがっしりと踏みしめ制動をかけるのだが、その足をタウザンは斬り飛ばし、勢い余った陰獣が斜め前方に転がっていく。
もんどりうった陰獣は地面に伏したまま剛剣を振るう追跡者に向けて火球弾を吐き出す。
その火球弾に対して避けるそぶりも見せないタウザンだったが、火球弾は彼に届く前に青い障壁に衝突してかき消えた。
「クラン、ありがとな」
剣を肩に担いで左手で軽く手を振ると、タウザンはずんずんと陰獣に近寄っていく。
「大型犬て言ってたのに馬ほどあってちょっと焦ったぜ。だんだん勘が戻ってきたが、もしお前が大型の熊みたいな奴だったらけっこう苦戦したかも知れんけど」
足を一本失った陰獣は全身が傷だらけで息を切らしており、立ち上がれないままタウザンを見上げている。
「どうしてお前がこの時代に現れたのか知らないが、出てきちまったからには覚悟しな」
タウザンは剣を逆手に持って大きく振り上げた。
「ランド・タァク」
剣を大地に突き刺すと、倒れている陰獣の左右の土が盛り上がり中から現れた岩石が勢いよく挟み込んだ。巨大な岩石同士が粉砕するほどの勢いで挟み込まれ、一瞬低い奇声を上げると残忍な笑みを浮かべる正義の闘士を睨みながら黒い霧を吹き散らかして果てた。
岩石が崩れ土に戻ると、そこには一匹の野生獣が倒れていた。ボロボロの首輪が付けられていることから、守護獣として飼われていたと思われる。
「やっぱり母体があったのね」
駆け寄って来たクランが言う。
「どういった理由で陰獣になったのか知らないが、俺たちにはそれを浄化して助けてやれる術がない」
タウザンは自らトドメを刺した守護獣に手を合わせた。
「念のためこの子の飼い主を調べてもらいましょう」
「そうだな、なにかの手がかりが得られるかもしれん」
轟音と衝撃が途切れて土煙が晴れ始めると、警備兵が集まりだした。闘いが終わったことを知って警備兵の隊長が寄って来たので、クランが事後処理と守護獣の調査の説明を始める。
「よし、あとは任せて俺たちはゆっくり休ませてもらおうぜ」
クランはうなずいてタウザンのあとを付いてくるが、チラリと見たクランの表情が気になり声をかけた。
「どうかしたのか?」
「いえね、強さはたいしたことなかったけど間違いなく陰獣だったわ。ということはエイザーグに関連している可能性が大幅に上がったわけよね」
タウザンはクランが懸念していることに気が付いた。
「アムのことだな」
「えぇ、こうなってくるとアムがいるラグナの方に大きな危険があるのじゃないかって思えてくるの」
「確かに心配な部分はあるが、向こうにはクレイバーが……」
そこまで言ってよく考える。
「……クレイバーがいるから安心というのは楽観的過ぎるわよね。彼がいるからなにかが起こりそうで気がかりなのよ」
「確かに。今回の騒動にあいつが絡んでいるっていう嫌な予感がするなぁ。今から馬車を出してもらって追いかけるか?」
不安になってきたふたりは顔を見合わせると、同時に走り出した。
「タウザンさーん、クランさーん」
後ろから彼らを呼ぶ声が聞こえ振り返ると、ふたりに陰獣の討伐依頼をした自警団員が追いかけて来た。
「大変です」
「どうしたんだ、俺たちもちょいと急ぎの用事ができたところなんだが」
彼は息を切らしながら話した。
「それが……陰獣が市街にも現れたんです」
「なんだと?!」
「お疲れのところ申し訳ないのですが、どうか手を貸してください」
ふたりは再び顔を見合わせてため息をついた。
「わかったよ、放って行くわけにはいかないからな」
「急いで片付けてラグナのところに行きましょう」
「だな……。闘いの勘は戻って来たから十分で片付けてやるぜ」
タウザンは威勢の良い言葉を吐いて肩をぐるぐる回してみせる。
「そうしてもらえるとありがたいのですけど、今度の奴は今の陰獣の倍ほどある熊のような奴でして……」
申し訳なさそうに言葉が尻つぼみになる自警団員。
「熊……」
「それも、三匹です」
「早く終わりそうにないわね」
クランは眉をしかめた。
ちょうどそのころ、クレイバーの地下研究所では、ラグナが邪念獣と死闘を繰り広げているときだった。





