助っ人
動けない俺に邪念獣の無慈悲な凶撃が襲う。
「やめろ!」
そのとき、アムサリアが俺の前に立ち塞がった。
彼女の前に赤黒く光る障壁が現れて、邪念獣の剛腕とぶつかり爆散した。後方にたたらを踏んだ邪念獣の背中に何かが衝突して、さらに圧縮空気弾と思われる炸裂音と衝撃が追い打ちをかけた。
邪念獣の巨体の向こう側に黄緑色の獣が見える。見たことのない獣だ。どうやらあいつが助けてくれたらしい。その闖入者を見てアムサリアが何事かをつぶやいた。
「グラ……チェ?」
邪念獣は振り返ったが怒りに任せ雄叫びを上げることはなかった。グルグルと唸る声も消して立ち尽くしていた。
数秒の間を置くと、黄緑色の獣はひと声上げ、邪念獣に向けて火球弾を吐き出が、邪念獣は防ぐようなそぶりも見せず、その火球弾をただ受け止めた。
この行動の意味はなんなのだろう? そんな攻撃は防ぐまでもないってことなのか? 謎の行動から一転、邪念獣は俺に向きなおり、激しい殺気を向けてきた。
突然の状況変化に不意を突かれた俺は、まだ自由に動かない体で逃げようともがく。
「ガァー」「ラグナっ」
黄緑色の獣とアムサリアの声のあとを追うように法文が唱えられた。
「セイング・ファイム・ボマー」
邪念獣の背中を巨大な爆発が襲い、両膝を突いて前のめりに倒れてきた。どうにか転げて逃げる俺の背で、追い打ちの攻撃がおこなわれた。
「エクス・ファイム・ジャベリアーラ」
上級法術が聞き覚えのある声で叫ばれ、倒れ込んだ背中に複数の炎の槍が突き刺さり、大火炎を巻き上げて邪念獣を焼き焦がす。
「セイング・ロッグ・ハンバー」
炎に巻かれ苦しむ邪念獣に、床を突き破って隆起した巨大な岩石の槌がトドメの一撃として容赦なく叩きつけられた。
上級法術の三連撃を受けて、俺を追い詰めた邪念獣はあっと言う間に黒い霧となって消滅した。
「すげぇ」
感心する俺のほうにバサバサと尻尾を振りながら黄緑色の獣が寄ってくる。
立派な牙と鋭利な爪、毛筆のように綺麗でムチの如くしなる尻尾を持ち、黄緑色の体毛に覆われた牙獣類だ。長めの尻尾を抜かすと体長は一メートルちょっとでまだまだ幼獣だ。
その獣は俺の前というよりアムサリアの前で止まった。
「こいつは?」
「聖都周辺に生息する四聖獣の一種でエルライドキャルトという獣だ」
なんとなく出た俺の質問に彼女は答えた。
黄緑色の獣はアムサリアが差し出した手に頬をこするように頭を差し出した。
「グラチェなわけはないな。あの子はふた回りは大きかったし、それにもう……」
「そいつの名はグラチェだ。私が名付けたんだがな」
それは、彼女の尻切れになった言葉に被せられた。
巻き上がる黒煙の向こうから混乱する俺たちに向かって歩いてくる人影がふたつ。ひとつはここを脱出したはずのリナさん。そして、もうひとつは煌びやかな装飾の付いた群青色のスーツの上に白衣を纏い、アムサリアに似た銀の長髪を後ろで束ねた長身の男性だ。
上級法術三連撃なんてとんでもないことができるのは、俺の知る限り聖闘女アムサリアと彼だけ。
クレイバー=ドルス。元十大勇闘士の称号を持ち、その中でも一目置かれる存在だ。
「新開発のこの法具はやはり一度使うと術式回路が壊れてしまうな。改良の余地ありだ」
彼の後ろでリナさんが涙で瞳を潤ませている。
「危なかったなラグナ」
「ありがとう、助かったよ」
俺は激痛の残る上体を起こしながらお礼を伝えた。
「お前をかばって飛び出したアムにも感謝するんだな」
実態のない彼女が身を挺して飛び出したことに意味があるかはともかく、その行為と思いに感謝しないわけにはいかない。
「ありがとう、アムサリ……ア?!」
ここで重大なことに俺は気がついた。
「おじさん、アムサリアが見えてるの?!」
「見えているさ」
クレイバーさんはとうぜんのように答え、今まで誰にも見えていなかったアムサリアに視線を送っている。視認どころか気配さえ感じることができなかった彼女が、クレイバーさんには見えるとは、さすがは国が誇る勇闘士だ。
「そんなことより、この子がグラチェとはどういうことなんだ?!」
自分自身の大問題を『そんなこと』と言った彼女は、クレイバーさんに詰め寄った。
「いや、君が可愛がっていた守護獣に似ていたんでな。同じグラチェと名付けたんだ。生まれたのは三日ほど前だから、まだ幼獣さ」
「そうか、そうだよな。グラチェが生きているはずはないよな」
悲しそうな声でそう言いつつ、彼女はエルライドキャルトの頭を撫でた。
「その話も後々するとして……」
「そうだよ、まずはアムサリアのことだろ!」
話が途切れたところで俺は話題を戻した。
「アムサリアのことでおじさんに相談しに来たんだ。信じてもらえるかが一番の問題だったんだけど、おじさんには見えてるなら話が早い」
「んっんっ! あぁ、そのことだが……」
咳払いで場の空気をあらため直し、アムサリアが口を挟んだ。
「ラグナが気を失っているときにリナとも話をしたんだが……」
「リナさんにも見えているの?!」
彼女はこくりとうなずいた。
そういえば、俺が邪念獣と闘っているとき、アムサリアがリナさんに「走れ」とか「逃げろ」って叫んでいた。
「久しぶりだなクレイバー。ラグナを助けてくれてありがとう」
何がどういうことなのかと俺が考えているあいだに、アムサリアとクレイバーさんは再会の挨拶を交わしている。
「礼には及ばんさ。私の研究所で起こった事故を処理したに過ぎない」
「あれから二十年ほど経っているらしいが、あなたはあまり変わらないな」
「その言い方だとタウザンとクランにはもう会ったということか?」
「会ったよ。だが、そのとき彼らには姿どころか声も届かなかった」
アムサリアは両手を腰に当ててため息まじりに言った。
「そうだよ、父さんたちには見えなかったのになんでおじさんには見えるんだ?」
俺はそれが気になってしょうがない。
「それについてなんだが……」
彼女がさきほどの続きを話そうとしたところで、おじさんは会話を切った。
「まぁ待て。ラグナと生きている所員の治療もしなければならないし、まずはここを出よう。その件についても極上のハーブティーでも飲みながら話そうじゃないか」
クレイバーさんは自分が着ている白衣を俺にかけ、倒れている所員を抱き上げた。
「リナ、ラグナに肩を貸してあげなさい」
「はい」
クレイバーさんの白衣は俺を支えるリナさんに血が付かないようにする配慮だった。
白衣越しながらも肩を組まれることを気恥ずかしく思う。それを遠慮できないくらいのダメージがあるため、俺はそのまま彼女に体をゆだねた。
「では行こう」
おじさんは俺を見てウインクすると出口に向かう。肩を貸してくれているリナさんは心配そうに俺を見ているが、俺は彼女の顔を見ることができなかった。





