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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~英雄と宿敵の章~
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奮闘

「ラグナくん、ラグナくん」


 誰かが俺の名前を呼んでいる。その呼び声に引っ張られて急激に意識がハッキリしてくると、天井のまぶしい光がまぶたを透けてくる。


 俺の手を握っている。俺は柔らかな感触の手を握り返した。


「ラグナくん!」


 その声がリナさんだと気づいた俺がゆっくりとまぶたを持ち上げると、思ったとおり目の前にはリナさんの顔があった。


「良かった、目が覚めたのね」


 俺は奇跡の鎧に触れたことで意識を失った。体を起こしながらそのときのことを考えると、アムサリアも一緒に苦しんでいたことを思い出した。


「アムサリア!」


「わたしはここだ」


 後ろからの返事に振り向くと彼女が片膝を突いて座っている。その表情は非常に厳しく、声も強張っていた。何より彼女の雰囲気が妙に……?


 ドーンという低い音と部屋を揺らす振動が、俺の思考を上書きした。


「キミの寝坊によってまた厳しい状況になっているぞ」


「寝坊?」


「外を見てみろ」


 飲み込めなかった状況は部屋の窓から外を覗いたことで理解した。俺の心に恐怖を刻み込んだ邪念獣がこの部屋を破ろうと元気に暴れている。電撃を発する法具によって動きを封じられていた邪念獣はすでに解放されていた。


「俺はどれくらい気を失ってた?!」


「二分ないくらいかな。ラグナくんが気を失ってからすぐに法具は効果を失ったの。法具も動きを抑制するくらいで完全に拘束できなかった」


 部屋の外でこれでもかというほど邪念獣が暴れ狂っている。さっきの闘いを思い起こすと背中にぞくっと冷たいモノが走った。


 そんな状態ではあるが、手を握り込み足の裏の地面の踏み返しを確認すると、手足の力が入らないというようなことまではなかった。


「プラズハ・ルード……、リンカー」


「ん?」「え?」


 遠い夢のような記憶を思い起こす俺にふたりが視線を向けるが、部屋へ伝わる振動が大きくなってきたことでその意識はすぐに邪念獣へと向けられた。


 部屋を護る輝術障壁も限界のようだ。俺は焦り顔のリナさんの肩に手を置いた。


「大丈夫。俺があいつをなんとかするから」


「無茶よ、ひとりで邪念獣と闘うなんて」


「確かに勝てるとは断言できないけど、君が逃げるくらいの時間は稼ぐ。それに俺はひとりじゃない」

 アムサリアは「もちろんだ。ラグナにはわたしが付いている!」と胸を張った。


(この場合は『付いている』というより『憑いている』だよな)


 床に転がっている剣を拾いながら、こんなふうに心の中でつっこむ精神状態はさきほどまでとは違う。そう思えることが、より心を落ち着かせた。


「リナさん、いい? 俺が合図したら扉を開けて」


「うん、わかったわ」


 邪念獣が大振りの攻撃を振りかぶった瞬間に俺は合図を出した。


「開けて!」


 リナさんが壁のプレートに手を当てて開錠する横を、素早く抜けて部屋の外に飛び出した。


「ランド・バズーガン」


 強力な震脚によって大地から得たエナジーにより自身を頑強な岩の塊と化して相手を吹き飛ばす、父さんのオリジナル法技だ。効果範囲は極めて小さいが体重七十キログラムちょっとの俺が、三百キログラム以上は確実な邪念獣の体を浮かせて吹き飛ばした。


「リナ、走れ!」


 リナさんも驚いたのかすぐに行動に移れず、アムサリアは叫び、俺とリナさんは我に返って次の行動に移った。


 左薙(ひだりなぎ)で横へ抜け振り向きざまの袈裟斬り。赤黒い体毛の向こうの肉厚な体の感触が俺の腕に伝わる。そんな俺に横殴りの爪撃が払われる。身を引く俺の肩をかすめると、反対の腕も俺の鼻先を通過した。


 剣を持っている俺のほうがリーチが長い。だけど防御力は段違いでかまわず突進してくる。俺の優位な俊敏性も攻撃直後は隙がある。深く強く踏み込むほどに傷は増えていく。リナさんが大広間の扉にたどり着く数秒で、俺の体は切り傷で血まみれになっていた。


「リナ、ラグナを気にせず早く逃げろ!」


 部屋の出口で立ち止まったリナさんにアムサリアが叫んだ。


「そうだ、早く外へ!」


 俺の声を聞いてリナさんは研究所の外へ向かった。


「リナは行ったぞ。ラグナもだ」


「わかった!」


 身を引く俺の足元に、邪念獣は持ち上げた両腕を打ちつけた。両腕が纏っていた陰力が邪念獣を中心に床を走り、その衝撃波が俺を下から突き上げる。


 衝撃波もさることながら、陰力が浸食する独特の気持ち悪さに襲われて、俺は倒れて床を滑った。


「大丈夫か?!」


「なんとか」


 駆け寄ってくるアムサリアに返事をして彼女を見ると、その視線が俺ではなく少し横を向いていた。


「生きている」


「え?」


 視線の先に所員が倒れている。つまりこの所員が生きていると言っているのだ。


 彼を置いて逃げるわけにはいかない。だけど彼を連れて逃げる余裕はない。瞬間の思考が導き出した答えを決心しきれない俺に邪念獣が迫ってきた。


「ランド・メイラ」


 咄嗟に使った大地の防御法術だったが、邪念獣の強力な振り下ろしを防ぎきれず、法術は弾け飛んで俺は左腕をかき切られた。


 その腕にそれなりの痛みが走ったとき光が散った気がしたが、そんなことに思考を割いてはいられるはずもない。


「倒すしかない」


 初戦に受けた恐怖で闘志を失った自分とは思えない。今も強い恐怖を感じているにもかかわらず、俺の体は動き、まだ生きている所員を護るために闘っている。


 その俺の動きは剣を振るたびに、攻撃をかわすたびに、どんどんよくなっていく。これまで猛進していた邪念獣をその場に止めるほどに。


 体は軽く、力が湧いてくる。恐怖こそ感じるがそれを抑える心の力が俺の中で躍動しているようだ。


「ちくしょう、こいつの剛毛と肉が強すぎる」


 だけど、闘えることと勝敗はまた別の話だ。


 何度も打ち込んでも決定打にはならない。邪念獣の攻撃は俺に血しぶきを舞わせ重苦しい鈍痛を与えながらも、俺を戦闘不能にさせることはできない。


 そんな攻防の中で薄っすらと光の粒が散っていることに、そのときの俺は気がついていなかった。


 身を震わせる邪念獣の一撃。その合間に二つ三つと斬撃を返すが、法技の錬成をする余裕はない。だからといって中途半端な法術法技では反撃を受けかねない。深呼吸を三回くらいはしたいがそれを許してくれそうもない。


 逆袈裟(ぎゃくけさ)斬りに重い手応えを感じたが、返す攻撃で胸当てごと身を切り裂かれた。


「まだまだ!」


 濃縮された圧を感じるこの二十秒ほどの攻防で妙なことに気がついた。それは、俺を倒そうとして攻撃しているのではなく邪魔する俺を排除しようとしているということだ。


「狙いは後ろの所員なのか?」


 その予想はすぐに違うと気づく。


「まさか、アムサリアが見えているのか?」


 左足を横に開き右足をその後ろに引きつける足さばきで素早く邪念獣の側面に移動すると、邪念獣は体の向きを変えずにそのまま前に踏み出した。


 この行動を予想していた俺はいち早く法技の錬成に入っていた。俺という妨害がなくなった邪念獣の三歩目に俺は踏み込む。


「バスター・ストライク」


 渾身の筋力と心力を込めた法技が背を向ける邪念獣の肩を斬り叩く。俺が使える中で最大の威力があるだろう法技で赤黒い体毛が宙を舞っていた。 渾身の力の開放はとうぜん俺の動きを止める。


 振り向きざまに下から振り上げられた邪念獣の剛腕には、黒く禍々しい陰力が集束しており、その一撃が動けない俺を張り飛ばした。同時に目もくらむ白い光が部屋を照らした。


 壁を割って凹ませるほどの勢いで叩きつけられた俺は、ズルリと床に滑り落ちる。


「ラグナァァァァ!」


 普通に考えれば即死を免れない攻撃を受けたはずだが、激痛を感じる確かな意識がある。大きな衝撃を受けた体には、風穴も開いてなければ骨折すらもないようだ。だが、さすがにその衝撃によって呼吸がうまくできない。


 駆け寄ってきたアムサリアは俺の存命のほうに驚いているのか、安堵ではなく驚き顔だった。


「大丈夫なのか?!」


「あぁどうにか。今の攻撃で死なないならどんな攻撃でも耐えられそうな気がするぜ」


 強がりを言って口だけ笑って見せたが、直ぐに立ち上がれそうもない。俺をぶっ飛ばした邪念獣は、俺の法技で傷を負った右腕をだらりと下げながらこちらに歩いてくる。


 今の攻撃で剣はどこかに飛ばされた。剣がなければ法術も法技も使えない。


 どういうわけか外傷はないのだが、体の芯を震わせた衝撃で立ち上がることすらできず戦闘不能だ。


 驚きから心配の表情に切り替わった彼女が、この化け物よりも数段強い破壊魔獣を倒したかと思うと本気で恐れ入る。


「奇跡の英雄の実力は伊達じゃないんだなぁ」


 危機的状況の中でそんな言葉が口から漏れた。


「こんなときに何を言っているんだ!」


 その破壊魔獣の分離体である邪念獣が俺たちの前で立ち止まり、大きく振り上げた左腕に空気が歪むほど圧縮された陰力を纏わせていく。


 体のしびれが心も麻痺させたのか、死を目前にしてもなぜか恐怖に負けてはいなかった。とはいえ、打つ手もない。


 邪念獣はうっぷんを晴らすかのように叫び、強大な力を溜め込んだ腕を振り下ろした。


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