闘刃(とうじん)
『置き去りにして逃げた』というアムサリアの告白が、何も無かった真っ白な空間を大聖堂に変えた。そして、そこにはエイザーグに追われているアムサリアが映っていた。
「ここは人の記憶を投影することができるようだ」
この場に映し出されたエイザーグは、本物と見紛うほどの存在感だった。いや、もはや本物としか思えない。姿も臭いも空気も威圧もすべてが本物だった。
「見るかい? わたしの犯してしまった過ちと、それによって起こった悲しい結末を」
それはきっとアムサリアにとって辛い記憶のはずだ。それを俺に見せるのは、同じように恐怖に負けて闘志を失ったからか? それとも彼女自身の……。
俺がそう考えているあいだも過去の記憶は進んでい、だんだんと記憶の中に意識が入り込んでいった。
ここからは、この空間に映し出されたアムサリアの過去の記憶を見ながら、彼女自身が解説してくれた。
リンカーとラディアを連れてひとり大聖堂にやってきたわたしに、エイザーグは容赦のない攻撃を次々に繰り出した。逃げ腰のわたしはまともな反撃もできない状態でありながら、かろうじて生き延びていた。
わずかにでも天秤が傾けばその先に待つのは……。
『死』という現実が繰り返し繰り返し脳裏を過ぎり、その度に体をすくめ『死』への階段を一段ずつ下っていく。
それに抗う心がわたしにはなかった。それにもかかわらず今生きているのは、わたしを護るふたりの相棒のおかげだったのは言うまでもない。
***
「心力を高めろ。護りの力が弱っている」
輝力の力場により如何なる攻撃も無効化、及び減衰させる奇跡の鎧ラディアも、その効果はわたしの心力の強さが基盤になっている。輝力を蓄えて増幅させるにしても、わたしの心力がなければその力を発揮しようがない。
「下っ腹に力を入れて気合入れろや。そんなんじゃ奴をぶった斬れないぜ」
威勢よく喝を入れるのは奇跡の闘刃リンカー。わたしの弱々しい心力により錬成された脆弱な法術法技をその大発現力によってどうにかまともなものにしていた。
しかし、振り回す剣は空を斬り、法術は魔獣の陰力の幕すら貫けず、法技も悪魔的敏捷力によって当てることすらままならない。わたしに比べれば遥かに巨体のエイザーグだが、スルリと死角へと忍び込んで死に至る攻撃を叩き込んでくる。
対物理攻撃の防御法術も、陰力減衰光幕も、風属性の空圧防御も展開する余裕はなく、最後の砦は今にも消えそうなラディアの護りだけ。そんなわたしの胸にエイザーグの凶角が突き立てられた。
ミギビギッ
嫌な音がわたしの体と空気を伝って耳に届いた。直後に、ギーーンという振動と大量の光がラディアから放出され、わたしはエイザーグに突き上げられて宙を舞った。
「バカ野郎!」
リンカーの怒声を聞きながら背中から床に落下し、その衝撃によって飛びかけた意識が覚醒した。だけどそれは落下の痛みによる覚醒ではない。落下の衝撃が緩和されなかった事実に気がついたからだ。
「ラディア?!」
起き上がったわたしが鎧を見ると、その輝きは消えて艶のない灰色に変色していた。
「輝力が……尽きた」
わたしの呼びかけに少し遅れて応えたラディアの声は膜がかかったように聞こえづらい。わたしの心力を充填して力を発揮するラディアだが、心力が弱り充填よりも早く次々に攻撃を受け過ぎたためだろう。蓄積した損傷と消耗が限界を超えてラディアの輝力が尽きてしまった。
胸部に走った亀裂は今の攻撃の強さを物語っているにもかかわらず、骨の一本も折れてはいなかった。ラディアの最後の力が振り絞られて護られたんだろうけど代償は大きかった。
「アム、私を捨てろ」
ラディアの言葉に驚愕した。
「今の私はただの荷物だ。アムが生き残ることだけを考えてくれ」
「バカなことを言うんじゃない!」
大聖堂の奥へと飛ばされたこの状況で出口まで逃げる手立ては思い浮かばない。かといって闘う手立てはそれ以上に考えられない。
こんなやり取りや手立てを模索している余裕などないはずなのだが、どういうわけかエイザーグは頭をブンブンと振り、足取りはおぼつかない。『どうする、どうする』と思考がループする中で、この状況とは似つかわしくない声でリンカーが言った。
「何を慌ててるんだよ」
陽気と言っていい声がほんの少しだけ心を緩めた。
「少々甘く見ていたようだ。おれもアムと力を合わせれば楽勝とか思ってたけどそれはさすがに過信だった。でも足りなかったのは力じゃない。エイザーグの力量と見抜く力と経験だ。場数を踏めばアムがエイザーグなんかに後れを取るもんか」
この追い詰められた状況からすれば場違いとも思えるような物言いに唖然としてしまった。だが、次の機会があるのなら、こんな無様な闘いをするものかという思いの火が、心の奥底でチロリと燃えた気がした。そうわたしに思わせるのがリンカーの持つ力のひとつだとわたしは思っている。
「それじゃぁ今回は潔く負けを認めて帰ろうぜ」
「ぐぅうぉぉぉぉぉぉぉ」
夕暮れまで遊んでいた子どもが、帰宅時に挨拶するような軽い口調で放ったリンカーの言葉にエイザーグが吼え応えた。
「アムが帰るのが淋しいのか? また遊んでやるからそれまで大人しく待ってな」
子どもをあやすような状況にそぐわぬ口調で、この場の支配者である魔獣の叫びに言葉を返した。
「帰ると言って帰れる状況じゃないぞ」
「落ち着け。おまえはラディアの護りを失って状況が悪化していると思っているだろ?」
「そのとおりだ。ラディアはもう奇跡の力を発揮できない」
「確かに勝機はないけれど、ここを出るのなら今が最大の好機だ」
リンカーの言わんとすることがわからない。何をもって好機だというのだろうか?
「アム、おまえにはこの場を切り抜ける三枚の札がある。そのうちの一枚はもう切られている。そして、もう一枚は切るまでもなく仕込まれている」
札が切られている? 仕込まれている?
「なんだ、その札とは?」
「時間がない、ともかく俺の言うとおりにやれよ」
わたしの問いに答えるでもなく、リンカーはそう言った。





